ヒマつぶし

けせらせら

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1.『死者40万人』

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今日も死ねなかった。

苦しい。
ゴミだらけの四畳半、むち打ちになった体を擦りながら一人の男が起き上がった。
蹴られた風呂椅子と、千切れたロープが無惨にも揺れている。

死にたい。そう思うが、死ぬのも簡単じゃない。どこまでも中途半端な自分に嫌気が差す。

床に落ちた督促状を一枚裏返し、ペンを動かす。
○月△日。
今日も死ねなかったです。明日こそ死にます。
ごめんなさい。生きててごめんなさい。

何度目かの遺書を書いた。
決意は緩むと固めなければならない。

ふと隣家の庭から子供の声が聞こえてきた。
思わず窓の外を眺めると、キャッチボールをする親子の姿があった。無垢に笑う子供。穏やかな眼差しの父親。

愛。愛。愛。
眩しいほどの愛を、自分も受けてみたかった。
どうしたら愛されただろう。どうして、こうなったんだろう。自分の過去をほとほと恨んだ。

愛もなし、金もなし、命まで失ったら、俺は本当に生きた意味がない。

思わず男は鞄を手にし、玄関へ向かった。
愛を探すために。己の命の最後の価値を試すために。

久しぶりの外だ。あまりにも眩しく、目の奥がズキズキした。
陰気な空気から逃れたからか、心なしか体が軽い。

久しぶりの電車に乗る。たくさんの人が一気に自分の周りに押し寄せ、俺は体臭がしていないか気になった。

………………………………

「親父、ただいま。」

仏壇に手を合わせる。背中から母のすすり泣きが聞こえる。何十年ぶりかの帰省に、老いた母の姿はあまりにも変わっていて他人な気がしてならない。

帰りたくなかった。いや、帰れなかった。
思い出すのは酒を飲み、荒れ狂う父の姿だけ。

「お父さん、ずっとあなたの帰りを待ってたのよ。」
「…。」

嘘だ。父は自分のことしか考えてないような人間だ。俺のことなんか、もうとっくに忘れている。
そう思ったが、涙ぐむ母の前では何も言えなかった。

「これ見て。」

母が棚から封筒を取り出した。
今まで、初めて見るアルバムだった。
めくると、俺の小さかった頃の写真がところ狭しと貼られている。

「お父さん、病気であんななっちゃったけど、あなたのことちゃんと愛してたのよ。」

おかしいな、涙で見えない…。
俺は目から止めどなく流れる涙を必死でふきながら

「親父…、ごめん…。」





その日、



ミサイルが日本に落ちた。




俺の愛はなかったことに…。
俺の覚悟はなかったことに…。

俺の命は………。

………………………

『速報です。昨夜未明、北朝鮮からのミサイルが日本の首都圏に直撃し…………。」

「ねぇお姉ちゃん!ミサイルで死者40万人らしいよー。」

「え!ミサイルってそんな人殺せるんだ。100人くらいだと思ってた。」

「それは少なすぎでしょ!ミサイルだよ?40万人くらいは余裕っしょ!」

「ふーん。どこぞの誰かが40万とかww
実感わかないわw」

「えー、お姉ちゃんも40万分の1だったかもしれないじゃん!!」

「二人とも!学校おくれるわよ。」

「あ、ヤバっ。お母さん、いってきまーす!」







『死者40万人』

おしまい
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