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Case1 僕とくまのぬいぐるみ

ペーターとアーコード3

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 僕が取り出したのは、ぼろぼろのくまのぬいぐるみだった。


 大きな黒いボタンで縫われただけの、でも何度ほつれても直した瞳。何度も使っているうちにくたくたになり、重い頭は重心が不安定で、もたれかけたり支えていないと倒れてしまうようになった。
 ぬいぐるみの布はごわごわで、耳も口も綿がこぼれて取れかけてる。飲み物をこぼしたシミもあって、正直見せるのが恥ずかしい。
 このぼろぼろのぬいぐるみが、僕にとって思い出の品。今回の依頼品。
「年季の入ったぬいぐるみね。可愛らしいわ」
「驚かないんですか?」
「?」
「その、高そうなアクセサリーとか、骨とう品じゃなかったから、がっかりするかなって」
「そんなことないよ。ぬいぐるみを直して欲しい依頼はあるわ」
「そう、なんだ」
 僕は胸をなで下ろした。気になっていたから。
「重要なのは値段や価値じゃない。どうしてそのぬいぐるみを直して欲しいのか、よ」
 アーコードさんはぬいぐるみを持ち上げ、膝に座らせた。ぬいぐるみの腕に触れ、やあ、と手を挙げてあいさつした。
「……ふっ」
「なぁんで笑うのよ」
「ごめんなさい。ちょっと、おもしろくて」
 アーコードさんはぬいぐるみと目線を合わせ、じっ、と見つめる。
「ふむふむ、なるほどね。直せるところ、沢山あるわ。依頼品はこれで全部?」
「はい。あ、剣は直せますかね」
 僕は剣を見せた。魔物との戦闘でなまくらになった真剣だ。
 アーコードさんはじっと剣を観察して、手を振った。
「剣は無理よ。さやとかはばきの装飾ならできるけど、剣身は専門外だから。直して欲しいなら鍛冶屋にあたるといいわ」
「そうなんだ」
 僕は剣とリュックを作業台に置いて座り直す。残念だが、新しく買うか鍛冶屋に行くしかない。
 ああ、そうか。クーリエと鍛冶屋の違いはここか。クーリエはモノを直せるけど武器は直せないのか。納得した。
 ぬいぐるみがなくなったリュックは、薄くて軽かった。
「基本的には、直すべき所をすべて直すから、直して欲しくないもの、あえて残して欲しいものがあれば遠慮なく言ってね」
 直して欲しくないところ?よく分からなくて僕は首を傾げる。
「直す前と後でギャップを生まないために聞いているのよ。私はなるべく依頼者の要望に沿った直し方をするから。
 あなただって、くまのぬいぐるみが『耳が可愛くないから長い方がいいよね』って勝手にうさぎのぬいぐるみになっちゃったら、怒るでしょう?」
「そんなことあるんですか?!」
「あるわよ。事前確認は大切よ」
 恐るべき事実にがく然として、僕はまた首を傾げる。
「でも、直して欲しくない所って急に言われても…何をどう話せばいいのか」
「あなたとこのぬいぐるみの思い出を聞かせてちょうだい」
「思い出、ですか」
「このぬいぐるみをもらったとき、一番印象に残ってる出来事、普段からどう使っているのか……とにかく何でもいいわ。端的でも、思い出を話してくれれば、私がそれを汲み取ってあげるから」
「は、はあ」
 説明が分かりやすくて助かる。
 ぬいぐるみを最初にもらったとき、印象に残った出来事、普段使い…。
 話すことが下手な僕でも、語れることは、ある。
「長くなるけど」


 僕はぬいぐるみとの思い出を話し始めた。
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