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「この手帳をその女生徒に見せれば、お前は彼女から訴えられるだろう。そうなれば、お前に甘い養父も流石に目が覚めるはずだ。何せその女生徒の家は、今やこの王都でも評判の商家だ。お前の養父も、その家には色々と頭が上がらないだろう。」

「や、辞めて…それを返しなさいよ!」



 マリアンヌ嬢は、手帳や契約書をレイモンド様から奪い返そうと彼に飛び掛かったが…逆にその腕を掴まれ、その場に引き倒されてしまった。


 
 するとマリアンヌ嬢は、近くに居るルーカス様に助けを求め必死に手を伸ばした。

 しかし、ルーカス様は真っ青な顔でその手を振り払った。



「な、何で、ルーカス様?あなたは私をいつだって助けてくれたでしょう?私が初めて学園に来た日、迷って困って居る私に優しく手を差し伸べてくれて…。だから私は王子様のようなあなたに一目惚れし、あなたに馴れ馴れしい女を排除したし…婚約者候補だったこの女だって、上手く消そうとしたのに─!」

「お、俺はお前がか弱くて一人じゃ何もできないような女だと思ったから虐めからも助け、そして俺の新しい相手に選んだんだ。でもお前が裏でこんな恐ろしい事ばかりして居るとは知らなかったし…もうこれ以上はついて行けない!」

「な、何ですって!?」

「それに…エミリーを捨てお前に走っても、今後の生活は何とでもなるとお前は言ったじゃないか!父のこの別荘で、送られて来るお金で一生楽しく暮らして行こうと言ってくれたから、俺は留学を終えてもこいつの所に戻らない事を決め実行したのに…お前が平民に戻りでもしたら、そんな暮らしも出来なくなるんだろう!?俺はお前の貧乏暮らしに迄付き合う気は無い。お前との事は無かった事にし、今日で縁を切らせて貰う!」

「そ、そんなぁ…!」



 ルーカス様の突然の決別宣言に、マリアンヌ嬢はその場で号泣─。
 
 父は可愛い私を絶対に見捨てない、血の繋がりは無くても見限らないから自分のもので居て欲しと訴えた。 


 しかしその時、部屋のドアが開き…彼女の養父と思われる人物が部屋に飛び込んで来た。

 そして、先程憲兵が家に訪ねて来て…私を襲う為に男達を雇った容疑がかけられて居る、それは本当なのか話を聞きに来たと言う。



 どうやら私の従者が後を追って居た男を捕え、そのまま憲兵の元へ連行─。

 尋問の末、男はマリアンヌ嬢との関係を白状する事になったらしい。



「お前がそんな悪事を働くような子だったとは…お前を娘にした事は間違いだったか。」

「お、お父様…違うのよ!これはこの女が騒ぎを大きくしただけで─!」



 すると反省しないマリアンヌ嬢を見たレイモンド様は、手にして居た誓約書や彼女の手帳を養父に差し出した。

 そして、今までの事を説明したのだが…それを聞かされた養父は激怒。

 マリアンヌ嬢の髪を掴むと、そんな悪女は今すぐ憲兵に突き出す─。

 今日限りでお前とは赤の他人だ、この先は牢の中で面倒を看て貰えと言い…泣きじゃくる彼女を憲兵の元へと連れて行ってしまうのだった。



 そうして、部屋には私とレイモンド様、そして呆然とするルーカス様が残されたが…彼はハッと我に返ると、急に態度を変え私にすり寄って来た。



「俺はあいつの可愛さにすっかり騙されて居たようだ。女は顔や愛嬌では無いな、やはり中身が大事だ。それこそ、俺の事を長年一途に想ってくれるような─。どうだろうエミリー、改めて俺と正式に婚約関係を結ばないか?再会の場がお前の待つ故郷では無いが、せっかくこうして会えた事だし…。」



 な、何を言って居るの、この人は…?

 彼女との幸せが手に入らないと分かった途端、急に手の平を変えて来るとは─。



 するとその言葉を聞いて居たレイモンド様は、どこまで彼女を傷付けたら気が済むのかと私を背に庇ってくれた。

「お前のような不誠実な男に彼女は勿体ない、不釣り合いだ。」

「何だよ…お前は以前からやたら俺とこいつの関係に口を出して来るが、一体何の権利があってそんな事をする!赤の他人は引っ込んで居ろ!」

「俺は─…」


 
 その時、凄まじい怒鳴り声が響きルーカス様のお父様が部屋に入って来た。

「こんな所であんな娘と何をやって居るんだ、お前は!彼女と相談の末に婚約の延期を決めた…自分達で決めた事だから、信じて見守って欲しいと言うのはお前の嘘だったんだな。婚約延期になっても家の事業を手伝おうとするエミリー嬢が健気で、私からは何も言えなかったが…裏でこんな事になって居たとは、お前と言う男は本当に愚かだ!馬鹿者だ!」

「ち、父上…!」

「もうお前に父などと呼ばれたくない!お前とは今日限りで親子の縁を切る、もう家には帰って来るな!ただし、エミリー嬢を傷付けた慰謝料はきっちり払え。私の従者を一人監視に付けるから、逃げる事は出来ないぞ!」



 すると父親の言葉に、ルーカス様はショックの余りガクリとその場に崩れ落ちてしまった。

 そして彼は、従者の男に腕を掴まれ部屋を出て行ったが…背中を丸め号泣する姿は余りに情けなく、私の彼への想いは完全に消えてしまうのだった。



 その後、ルーカス様のお父様は今まで事業を助けてくれた私に出来る限りの謝罪をすると言い帰って行った。

 どうやら私の父から、息子に罰を与え縁を切らねば長年の友情はお終いだ…家同士の縁を切る、そうなったら事業の為の土地はもう貸さない…資金援助も打ち切ると迫られたらしい。



 それに焦ったルーカス様のお父様は、すぐさま息子の身辺を調べ…私との婚約延期の話は全くの嘘である事、マリアンヌ嬢と一緒に居る事を突き止め慌ててここにやって来たと言う。


 
 そして去り際、馬鹿な息子の事は一刻も早く忘れ今度こそ素敵な殿方と幸せになって欲しいと言われたが…私の事をそこまで深く想ってくれる相手など、果たして見つかるのかしら?

 新しい恋はしたいけれど、もう傷付きたくないわ…。


 
 するとそんな私に、レイモンド様は自分達も故郷に帰ろうと手を差し伸べて下さった。

 その声の優しさに、私は俯いて居た顔を上げ彼の顔を見ると…先程、彼が言えなかった言葉を聞きたいとふと思った。



「レイモンド様は、どうしてそこまで私の事を気に掛けてくれるのですか?護衛の役目も終わったのに、どうしてまだそんなに優しいのです?」

「それは…君はが俺の初恋相手だからだ─。」



 実は私とレイモンド様は、私とルーカス様が出会う前にお会いして居たのだった。
 
 その頃のレイモンド様は今と違って病弱で色白で小さくて、まるで女の子のようだったと言う。

 そしてそのせいで周りの男の子達から虐められ、追いかけ回されて居たのだが…通りかかった私が偶然そんな彼を見つけ助けたのだった。



 私はその頃から、このキツめの容姿で同い年の男の子たちを怖がらせて居たから…そのおかげで、レイモンド様はそれ以来虐められる事がかなり減ったと言う。



「あぁ、確かにそんな事がありました。これ以上この子を虐めたら私がタダじゃおかないと、相手の子達を逆に追いかけて…まさかあの時の子がレイモンド様だったとは─。」

「俺はそんな君に一目ぼれしたが、その後病で寝込んでしまって…。漸く外に出られる頃には、君はルーカスと出会い恋をしてしまって居た。おまけに、父親同士が婚約まで決めてしまい…もう気持ちの伝えようがなかったんだ。」


  
 でもそんな中、私とルーカス様が留学の話をして居る所に出くわし…思わず隠れ様子を見て居たが、将来正式に婚約しようと言う事に喜びを見せる私と違い、どことなく不満気なルーカス様を見て不審に思ったらしい。



「…あの時俯かず、あの人の顔をちゃんと見ておけば良かったわ。」

「その分、俺が君の事を見守る事にしたんだ。その為に、俺はあいつの一番親しい友人になったと言っても過言じゃない。そして君を見続ける内、君がとても純粋で恋に一生懸命な素敵な女性だと言う事が良く分かった。留学で離れて居る間も、俺はずっとそんな君を想って居た。例え想いが通じなくても、それでも構わないとずっと恋慕って居たが…君を傷付けるような愚かな男を、もう二度と近づけさせたくない。故郷に帰ったら、俺との婚約を前向きに考えてはくれないだろうか?婚約者となって、この先は君を堂々と愛したいんだ!」

「レイモンド様…。」



 先程、私の事を理解し深く想ってくれる方など居るのかと疑問に思ったが…今、私の目の前に居るレイモンド様がその人だったのか…。

 そんな相手は、もうずっと前から存在してくれて居たのね─。



 私はそれが嬉しく、思わず目に涙が浮かんだが…レイモンド様はそれを拒否だと思ったらしく、差し出した手を引っ込めそうになった。



 それに気づいた私は咄嗟にその手を取ると…驚く彼の目を見つめ、こう言った。

「故郷に着いたら、改めて正式な婚約の日取りを決めましょう?私は家でお待ちして居るので…どうかその日、私を訪ねて来て下さい。必ず、来て下さいね?」

「…勿論だ!絶対に訪ねるから…その時は、俺の愛を全て受け止めて欲しい。」



 私の言葉に、レイモンド様はしっかりと頷くと…まるで誓いでも立てるかのように、私の手の甲にそっと口づけを落とすのだった─。
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