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「奥様、しっかりして下さい!さぁ、この薬湯を飲んで下さい。」

「わ、私はもう助からないわ。シャルが手に傷を負ってるから、この子に飲ませてあげて?この子は、私にとってとても大事な子なの。勿論、あなたもよ。二人共、今迄私を支えてくれてありがとう」


 
 私の目は、いよいよ近くにいる二人の姿さえ見えなくなって来た。

 もう自分で薬湯を飲む力も無いし、吐き出してしまい無駄にするならシャルに──。



「奥様……失礼します」

「……ンッ!?」



 サムは手にした薬湯を自身の口に含むと、そのまま私の頬に手を添え口移しでそれを与えた。

 そして私は、口に入って来た薬湯をコクリと飲み干した。

 でも、少しは呼吸が楽になったものの……それ以上の回復は見込めなかった。



「どうしてだ……これを飲んだら善くなる筈なのに!もう遅すぎたのか?」

「そんな……嫌だよ!奥様、僕とお父さんと、三人で家族になろうって言ったじゃない!僕の新しいお母さんになって欲しいって……だから死なないで!何で……何でこのバラは願いを聞いてくれないの!?」

 涙するシャルの手から力が抜け、バラがポトリと床に落ちた。



「シャルと奥様は、そんな願いを──」

 そう呟いたサムは、そのバラを拾い上げこう言った。



「奥様……今までこの願いは叶わぬものと思い口にしませんでしたが……私も、何時しかあなたとシャルと三人で家族になりたいと思うようになりました。私の育てた花を愛で、そしてそれ以上に息子のシャルを愛してくれるあなたに、私は想いを募らせて行ったのです。あなたを大事にしない旦那様よりも、ずっとあなたを大事にしますから……ですからどうか元気になってシャルの母に、私の妻になって下さい。シャル……奥様も、このバラを握って下さい。三人で植えたバラだ……三人同時に同じ事を願えば、今度こそ願いは叶う筈です」

「サムが、私の事を……?嬉しい、とても嬉しいわ。なりましょう、家族に……。その為にも、私は今ここで死ねない──」
 
 私は最後の力を振り絞り、近くあるシャルの手を取ると……サムが握るそのバラへと手を伸ばした。



 そして私達は、同時に目を瞑り……三人で新しい家族になり、この先は皆で幸せに暮らして行きたいと心を一つに願うのだった。



 するとその瞬間、バラは眩い光を放ち……それは私達三人をすっぽりと包んだ。

 そしてその光が消える頃には……私の身体はすっかり元気になり、シャルの手の傷も綺麗に消えて居た。



 それに気づいたシャルは、大喜びで私に抱き着き……私はそれを受け止めると、その頭を慈しむように撫でた。

 そしてそんな私達を……サムがその太く逞しい腕で、二人まとめてしっかりと抱き締めてくれるのだった──。



 その後……ダリスとエリザの罪が確定し、二人は死ぬまで牢に入る事が決まった。

 実は偽薬を入手し、エリザに預けたのはダリスで……彼は私を殺す為、しっかりとその手を悪事に染めて居たのだった。
 
 また彼は、エリザの夫の命が危険に晒されて居る件についても早くに知って居たらしく……それで、彼女と同じように重い罪になったのだ。



 そして暫く牢生活を送って居た二人だったが……劣悪な環境のせいで、ダリスは気がおかしくなり廃人に──。

 エリザは病に倒れ、大層苦しみながらこの世を去ったと言う。



 一方、私はと言うと……思い切って自宅を手放し、サムの故郷で新しい生活をスタートさせる事に──。

 そして新しく済み始めたそこは、周りを山に囲まれて自然が一杯の素敵な所だった。



 花や木が好きなシャルは、毎日楽しそうに家の周りを駆け回って……私とサムは、そんなシャルを遠くから仲良く見守って居る。



 私はここに来てすぐ、サムと結婚した。

 シャルに見守られながらのささやかな結婚式だったが……私にとっては、人生の中でかけがえのない日となった。


 
 すると不思議な事に、こうして三人で暮らし始めてから全員怪我も病気も全くしなくなり……有難い事にサムが近くのお金持ちの別荘のお抱え庭師になれた事で、お金にも困る事なくそれはそれは幸せに暮らす事が出来て居る。



「あのバラは、本当に私達の願いを叶えてくれたのね……」

「えぇ。でも、ここで皆で一緒に暮らしてみて思ったんです。この先もずっと幸せであろうとするなら、そうなれるよう一日一日を大事に生きて行こうと言う気持ちが何より大事だと。あなたとシャルを今以上に幸せにする為、もっと頑張りますね」

「そうね……この先の幸せが続くかは、自分達次第ね。でもね、早速新しい幸せが訪れたのだけど……実は、家族がもう一人増えるの」

 そう言って、私はそっと自身のお腹を撫でた。



「ま、まさか………。あ、ありがとう……本当にありがとう──!」

 サムは喜びの余り、私をその胸にギュッと抱きしめ……するとそれを遠くから見たシャルが、僕も混ざると言ってこちらに駆けて来た。


 
 そんなシャルの胸には、私の手作りのブローチが一つ付けられて居たが……それは、あの日願いを叶え散ったバラの花束をガラスに埋め込んだものだった。



 するとそのブローチは、太陽の光を受けキラキラと眩い光を放ち……それはまるで、バラからの私達家族への祝福のようだと私は思うのだった───。
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