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王の命だと聖女の私を旅に送り出した婚約者の王子は、その間に妹と結ばれるつもりでした。

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「祈りを捧げる巡礼旅に出よと、王からの命だ。早速荷物をまとめ、出発しろ。」

「ですが王子…私たち、婚約したばかりじゃないですか。」


 
  王子との突然の別れに、私は戸惑いを隠せなかった。



「君は素晴らしい聖女だ。君の救いを待っている民が大勢居る。それを無視する気か?」

「そ、そういう訳では…。」

「君は聖女だ、自分の気持ちを優先しては駄目だろう?」



 確かに、王子の言う通りだわ。

 私には、この国の民を救う責任がある。



 王子のその言葉を受け、私は覚悟を決め巡礼の旅に出た。

 そして今日、やっと彼の元へ帰ってくることができたのだ─。



 しかし、そんな私を王子は歓迎してはくれなかった。




「お前、何で戻って来た!」

「お姉様、あなた生きてたの!?」

 そこには、抱き合う王子と妹の姿があった。




「お二人こそ、これはどういう事です!?」

「見ての通りだ、俺たちは深い仲になったんだ。だって…お前が生きて帰ってくるとは思わなかったし…。」

「そうよ…。ねぇお姉様…もうここにあなたの居場所はないの。だからこのまま旅を続けるか、どこかの神殿にでも入ってよ。」

「そ、そんな…。」



 王子…私は…あなたの元へ帰って来てはいけなかったのね─。



 私は、悲しみのあまり二人の前から駆け出した。




※※※



「チッ…あれだけ刺客を送ったのに、あいつら失敗したのか?」

「お姉様の護衛に腕の立つ騎士が付いたとは聞いていたけど…皆、そいつにやられちゃったのかも知れないわ。」



 聖女の巡礼旅は危険が多く、魔族や夜盗に襲われる事が多々あると聞く。

 だから刺客を放ち、それに紛れあの女を殺そうと思ったのに─!



 実は俺とあいつの妹は、かなり前から男女の仲にあった。

 だから邪魔なあいつを消そうと、巡礼の旅を利用したのだ。



「…旅の間に、何とか始末したかったのに。」

「でも旅が終わったっていう事は、もうその護衛の騎士は傍に居ないんじゃ…?刺客が駄目だったなら、私たち自らお姉様を消しましょう。」

「そうだな…もう、それしかないな─。」



※※※



「私に、謝りたい?」

「そうよお姉様。この前は私たち、あなたの突然の帰還に驚きあんなおかしなおかしな事を言ってしまったの。だからそのお詫びとして、今日はお食事にお招きしようと思って。」

「…そう言う事なら。」

 私は妹に案内され、彼女の後をついて行った。



「ここを抜けた方が近道なのよ。」

 そして、森の中に入った時だった。



「死ね!」

 叫び声と共に、剣を手にした王子が私に襲い掛かって来た。



 が…その剣が、私に届く事は無かった。



「うわッ…!」

「きゃああぁ─!」

 王子と妹の叫び声が響く中、私は大きな背中に庇われていた。



「彼女には、指一本触れさせない!」

「お、お前は…!?」

「俺は彼女の騎士…お前たちのような悪から彼女を守る為、俺は今も傍に居るんだ。旅の間刺客を何度もよこし、それが駄目なら今度は自らが仕掛けて来たか─。だが王子…あなたのその腕前では、俺は倒せないぞ?」

「なッ!?騎士の分際で、王子の俺によくも─!」

「あなたは、もう王子ではない…ただの犯罪者です。だって、巡礼旅を終え大聖女となった私に、剣を向けたのだから。」



 そんな私の言葉に、王子は戦意を喪失…と同時に、彼にやられた傷の痛みに漸く気付いた様だ。

 そして妹は、そんな王子の背に隠れただ震える事しか出来ないでいる。



「た、頼む…この傷を治してくれ!痛くて死にそうだ。」

「私だって痛かったわ…心が壊れそうなくらい。あなたと妹の裏切りを知った時はね…。そもそも王子…私に巡礼旅の命など、出ていなかったでしょう?旅から帰って来た私を見て、王が驚いてました。出発は、もっと後でも良かったのにと。あなた…私に嘘を付きましたね?どうせ、一刻も早く愛する妹を傍に置きたかったんでしょう?」

「そ、それは…その─。」

「その傷は、彼女を殺そうとした罪の証だ。それと、もうすぐここに兵がやって来る。大聖女殺しの容疑者である、お前たちを捕える為にな─。」



 そして二人は兵に捕らえられ、すぐに王の居る城に連れて行かれた。



 すると王は私たちの話を聞き、彼の腕の傷を見てこう言った。



「大聖女に対し、お前たちはなんて事を…!聖女殺しは神を殺すも同然…お前たちは、その命を持って償え!近く処刑とする─!」

「お、王子の俺を…息子を処刑とは─」

「神の罰がこの国に与えられるよりマシだ!…私には最初から、お前の様な息子は居ない。もう一人の息子だけが、私の子だ。」

「そんな…俺はまだ死にたくない─!」

「わ、私だって嫌よ!許して、お姉様─!」

 そう二人は泣き叫ぶも…私はそんな二人を無視し、城を後にした。



※※※



「…今度は私が自分で決めた旅だから、あなたにずっと守って貰うのは悪いわ。」



 二人の処刑を見届け、私は再び巡礼の旅に出る事にした。

 そしてその隣には、騎士の彼の姿が─。



「俺も決めたんです。今度は騎士としてだけではなく、一人の男としてあなたを守ると。…俺が傍に居ては迷惑ですか?」

「まさか…。ではどうかこの先も…一生、私の事を守って下さいね?」

 彼は私が差し出した手を取ると…跪き、そっと誓いのキスを捧げるのだった─。
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