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忠次の本心

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 決闘の翌日、俺は刀を研いでいた。
 海賊との戦いでボロボロに刃毀れした、孫左衛門の長巻なんだけどな。俺の瓶割は昨日のうちに研ぎ終わってるんだ。

「へえ、大したモンだねぇ! あれだけボロボロだったのに、前より斬れそうだ!」

 俺の仕事を面白そうにずっと見ていた孫左衛門に、仕上がった長巻の刃を渡す。こいつも研ぎの間ずっと見てるだけなのに、退屈じゃねえのかな?

「そいつの玉鋼は、正直あんまりいい材質じゃねえんだ。斬るよりぶん殴るくらいのつもりで使った方がいいだろうな。打ち合いしてたらまたすぐ刃毀れすんぞ?」
「そうなんだよなぁ……」

 俺にそう言われた孫左衛門が難しい顔で考え込む。

「まあ、金が溜まったらアンタにいいヤツ打ってもらうとするかねえ!」
「ははは! 俺の逸品は少々値が張るぜ?」
「そこはお安くしてくれよ! 知り合い値引きで!」

 そんな軽口を叩き合い、俺達は笑いあった。
 で、なんでコイツがここにいるかって言うとだ。こいつは元々戸田家の家臣って訳じゃないらしい。徳川家臣団のそこそこの家柄の将に仕えていたお方のところの家臣の息子だそうで。
 つまり、徳川様の陪臣ばいしん。家臣のそのまた家臣の放蕩息子って事だな。
 で、その放蕩息子が戸田様の所に流れ着いて、食客としてこの城にお世話になっていると。

「で、いつまでいる気だ? 長巻の修繕は終わったぞ?」

 なぜかコイツは昨日の決闘の後から、俺の鍛治屋敷に来て入り浸っている。

「いつまでって……俺ぁアンタに惚れたんだ! ずっとに決まってンだろ?」

 男前の顔でニッと笑いながらそういう事を言うな!
 俺は男色の気はねえ!
 思わず俺は尻を隠した。

「バッ! 違う! 俺もそんな趣味はねえよ!?」

 ――アンタといると、退屈しねえからだよ

 極上の白湯を注いだ湯飲みの奥で、そう呟く孫左衛門の声が聞こえる。ったく、俺は退屈しのぎのオモチャじゃねえっつーの。そういや、島から出て来て、友達って呼べるのはこいつが初めてかも知れねえな。
 まあ、悪くねえかな。

 その時、天井裏からおなつさんの気配がした。その天井裏に向かって声を掛ける。

「おい、普通に玄関から入ってこいよ」

 スッと物音も立てずにおなつさんが降ってきた。

「えへへ、やっぱりバレちゃった?」

 なんで普通に訪ねてこねえかな……てへぺろな顔して誤魔化すんじゃない。孫左衛門が普通にびっくりしてるじゃねえか。

「殿様が今日の夕餉ゆうげを共にするから来いだって。ちょうどよかった、奥山様もだよ」
「へえ? 俺もかい?」

 俺は殿様から呼び出しがある事は聞いていたから意外じゃないが、孫左衛門もか。

「そう。詳しくは行けば分かると思うよ? 二刻(約四時間)後、また迎えにくるから、それまでに支度しててね!」

 そう言っておなつさんが天井裏に戻っていく。だから普通に玄関から出ていけっての!

△▼△

 さて、指定の時刻より少し前、おなつさんに連れられた俺達は、本丸屋敷の一室に通された。
 上座に二席。下座に三席。下座の中央には俺の名前が。右には孫左衛門、左にはおなつさんの名前が書かれた札がある。それぞれ指定された席につき、待つこと暫し。

「おう、よく来たな! 楽にしてよい。今宵は無礼講じゃ」

 ドカドカと豪快な足音をさせて入ってきたのは殿様。そしてその後ろには楚々とした装いの桃がいる。チラリとこちらを見た時に目が合った。ポッと頬を染めて視線を逸らす仕草が何とも可愛らしい。
 まあ食え、という殿様の言葉に、俺達は遠慮なく料理に箸をつけていく。俺もそうだけど、孫左衛門もお偉いさんに遠慮するタチじゃねえし、おなつさんもそうだ。二人共、桃の護衛を放りだして俺の救援に来るような大馬鹿だからな。

「今宵お主らを呼んだのはだな、これの父親として礼を言いたかったからじゃ」

 食事の途中だが、盃の酒をクイと飲み干した殿様が、隣にいる桃をちらりと見ながらそんな事を言う。

「話は全て桃から聞いておる。だが、家臣の手前、公平さを示す為にもお主らの事を簡単に認める訳にはいかなかった。許せ」

 なるほどなあ。上に立つってのは、間違いと分かっていても敢えて毒を飲む覚悟が必要って事か。大変なこった。

「とは言え、桃がお主の事をあまりにも持ち上げるのでな、実力を見たかったというのもあったが。がっはっは!」

 それを聞いて、俺は桃を見る。この人は父親に何を言ったんだろう? 視線に気付いた桃と目が合ったが、彼女は気まずそうに俯いた。うむ、よいものを見せてもらった。
 そして、当の殿様は盃を置き、姿勢を正した。その姿を見た俺達も箸を置き、自然と背筋が伸びる。

「その方ら三名の活躍により、海賊共を殲滅出来たと聞き及んでおる。バカな娘が無事帰還出来たのも、その方らのおかげという訳じゃな。礼を言わせてもらおう」

 さっきは父親として、なんて言ってたけど、この改まった感じは、五千石を治める領主としてのお言葉だろうか。
 殿様がそう言って頭を下げた。殿様がだ。さすがに俺も、両隣の二人も驚いている。こういう時、どう言ったらいいんだろうな。適当な言葉が見つからず、俺達三人は沈黙だ。

「お主が決闘の負けを認めおったおかげで、公明正大に褒美をくれてやる訳にはいかなくなったのでな。こうして宴に招いた訳じゃ」

 顔を上げた殿様のその言葉で、俺はなんだか申し訳ない気持ちになった。
 そうか。俺の感情一つであの時はああ言ってしまったけど、考えてみれば、身体を張って桃を守ったのは俺だけじゃなかった。おなつさんだって、孫左衛門だって、死地に飛び込んで奮戦したんだよな。しくじったな、こりゃ。

「殿!」

 俺は目の前のお膳からやや下がり、平伏した。

「何じゃ?」
「は! 俺の褒美はいりませぬ。ですが、あの時利島に上陸した他の五人には何卒褒美を!」

 しばらく沈黙が続く。静まり返った部屋で、ひたすら俺は床板に額を擦りつけていた。

「面をあげい」
「は」

 言われて顔を上げた俺の視界に最初に入ったのは、今にも吹き出しそうな殿の顔。そして苦笑している桃。さらに両隣でバツの悪そうな顔をしているおなつさんと孫左衛門。

「えっと……?」

 なにこの空気?
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