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交渉するか。それとも斬るか。

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「おなつさん。万が一の為に、島民のみんなを船着き場に集めておいて欲しい」
「御意」

 俺は奴らに聞こえないように、そっとおなつさんに指示を出した。一戦交える事になったら、正直島のみんなは邪魔になる。
 私は今はお仕事中です状態のおなつさんが、短く返事をしてその場から去る。
 さて。

「俺は伊豆下田城からの使者で、伊東弥五郎という。あんたらのお頭と話をしに来た!」

 行く手を塞いでいた海賊達は、互いに顔を見合わせている。俺達が殴り込みにでも来たと思ってたんかな? いや、俺は殴り込みたい気持ちでいっぱいになってんだがな。

「ぷっ! ははは! おいおい、お城から使者だとよ! まさか和平交渉ってんじゃねえだろうな!」
「こんなガキ共だけでか? 舐められてんじゃねえの? 俺達よお?」

 俺の口上を聞いて、海賊達がゲラゲラと下品な声を張り上げて笑う。静かな小島の夕闇に響き渡るその笑い声は、更なる海賊達を呼び込む事になった。

「おいおい、何だ? このガキ共は?」
「いや、それがよ、伊豆下田城からの使者だってよ!」
「へえ? こんなガキ共ををねえ? おい、悪い事ァ言わねえ、とっとと帰って母ちゃんのおっぱいでも飲んでな!」

 そして十五人程に増えた海賊達が、更に高笑いを響かせる。

「……」
「――っ!」

 俺は孫左衛門に視線を投げかけた。それを見たヤツは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに覚悟を決めたようで、ニヤリと笑みを浮かべた。
 無言で交わされた視線での会話。それは、るぞ、だ。
 俺は瓶割の鍔に左手の親指を掛け、孫左衛門は長巻を右肩に担ぎながら数歩進む。今の俺達なら一歩で踏み込める間合い。だが、海賊達にとってはまだ間合いの外という認識なんだろう。
 まだ死地に入った事を知らない前列にいる三人の海賊は、ニヤニヤと笑いながら俺達の後ろにいる桃姫様を見ていた。

「おい、お前ら取り敢えず無礼だからよ、その汚ねえ視線をどっかにズラせや?」

 デカいガタイで傾いたナリの孫左衛門が、ドスを利かせた声で海賊達を威圧する。ふん、ヤツも桃姫様を見る連中の視線が気に入らなかったみたいだな。

「ああン? なんだとコラ――」
「控えろ! こちらにおわすは伊豆下田城主、戸田様の姫君、桃姫様である!」

 孫左衛門の威圧に対して威嚇で返そうとした海賊に、俺は桃姫様の身分を伝えて黙らせようとした。
 現在伊豆下田城の最高責任者は桃姫様だ。その最高責任者が自ら出向いて来たんだ。無礼は許さない。そういう意思表示だ。何しろ、俺の右手は瓶割の柄を握っており、いつでも抜ける状態なんだからな。

「おいおいガキ共、分不相応な得物と後ろの女を置いて、とっと――」
 
 交渉決裂だな。桃姫様に向かってそこの女とか抜かしやがった。正式な使者とは認めてねえって事だよな。
 一歩だ。トンッと軽く地を蹴った俺は、瓶割を抜きながら左から右へと刃を走らせた。それだけで一番前にいた男の一人は言葉を続ける事が出来なくなる。
 
 ゴロリと首が転がり落ち、首からは盛大に血が噴き出す。その様子を、何が起こったか分からないと言った顔で呆けて見ているもう一人を一太刀で斬り捨て、もう一人は孫左衛門が長巻を振り下ろして一刀両断にしていた。
 一瞬で前列にいた三人の海賊がお陀仏だ。ここでようやく海賊共が我に返る。残った十二人が刀を抜き、周囲を囲もうと動き出す。激昂して斬りかかって来るかと思ったが、中々冷静だな。

「孫!」
「応よ!」

 俺達が囲まれちまったら桃姫様が孤立してしまう。俺と孫左衛門も動く。そして桃姫様も。
 取り敢えず、桃姫様が背後を取られにくい場所まで移動する。ちょうどいい具合に掘立小屋があり、それを背後に桃姫様が、そして彼女を扇の要に俺と孫左衛門がそれぞれ右と左に。
 砂浜の猛特訓で鍛え上げた俺達の脚力にはさすがの海賊達も追い付く事が出来ずに、かなり遅れてやって来た。
 戦場となる場所は斜面に作られた畑だ。森に入ると俺の太刀や孫左衛門の長巻は小回りが利かずに不利になる。折角の作物を荒らすのは気が咎めるが、勘弁してください島民の皆さん!

「はあ、はあ、やっと追い詰めたぜクソガキ共が……あっ!?」
「追い詰めただと? バカ言うな。俺達がてめえらを誘い込んだんだよ!」

 先頭を切って走って来た男を逆袈裟に斬り捨てて、俺は太刀の切っ先を海賊達に向けて言い放つ。

「てめえらの所業は許しがたい。そして、交渉に出向いた桃姫様に対する無礼な物言いの数々。謝っても許さねえが、今すぐ土下座してから俺に斬られろ」

 あー、ところで、俺はなんでこんなに怒ってるんだろうな?

△▼△

 今日の弥五郎はいつもと別人です。
 私を初め、使者として訪れた弥五郎と奥山を愚弄する海賊達に対し、底冷えするような殺気を身体から溢れさせているのです。
 いつもは優しく私を気遣い、ぶっきらぼうな態度をしていても仲間を思いやっている。ですが今の弥五郎は……

 ――!!

 なんですか! 今の踏み込みの速さは!
 私も、奥山を初めとした護衛達も、砂浜の特訓で力量を上げたと思っていました。敵わぬまでも、弥五郎の域に少しでも近付けたのではないかと思っていました。
 ですが、今まで弥五郎が決闘や訓練、組手で見せていた力は、あくまでも一部に過ぎなかったのですね。きっと相手を殺さぬために手加減していたのでしょう。
 敵を殺すと決めた弥五郎の動きは、今の私では到底……
 瞬き一つする間に一人。そしてもう一瞬でさらに一人。ここで漸く奥山が一人。あっという間に三人が血の海の中に倒れ伏しました。

 弥五郎のこの力、もしかすると、五十人以上の海賊が蔓延る島に乗り込んでも、無事生還できるという自信があったのかも知れませんね……それを私が無用の心配をしたばかりに。
 せめて足手まといにだけはならないようにしなければ!
 必ず生きて、弥五郎と共に帰るのです!
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