いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO

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成果

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 翌朝、桃姫様はじめいつもの面子が集まったところで、普段模擬戦や組手を行っている馬場へと向かった。

「なんだぁ? 今日は砂浜にゃ行かねえのかい?」

 普段ならゾロゾロと城を出て、砂浜に向かうのに今日は馬場に集合だからな。孫左衛門が不思議そうな顔をしている。

「おう、砂浜での走り込みもひと月になる。そろそろあんたらも、成果ってヤツを試したくなってないか?」

 俺がそう言って全員の顔を見渡すと、それぞれ表情が明るくなった。そりゃそうだよな。キツい鍛錬の末、自分がどれくらい成長したか確かめられる機会だ。ワクワクするだろ。

「それじゃあ始めるか。二人ずつ組になってくれ。桃姫様はこちらへ」
「え? でも木刀は?」

 そうだな。鍛錬はあくまでも剣術修行の一環としてやっていたものだ。木刀がないのは不自然だよな。だが、やってみればその理由が分かると思う。

「まあ、あいつらの組手を見てて下さい」

 おなつさんは俺達の傍らでニコニコしている。彼女だけは、俺の意図を分かってるんだろうな。
 俺は二組に分かれた護衛達の所へ行って説明した。

「武器は持たずに手刀で模擬戦だ。手刀だからって油断してると怪我するからな? じゃあ、はじめ!」

 それだけ言って、俺は桃姫様のところへ戻った。そして振り返ると案の定、二組四人の男達が悶絶していた。

「あれは……? お互いに突っ込んで相打ちになったように見えましたが」

 そう、概ね桃姫様が見た通りだ。だが、なぜそうなったかはご自分で体験した方が分かりやすいだろうな。

「やってみれば分かりますよ。いつでもいいですよ」

 そう言って俺は、桃姫様と距離を取った。今までの桃姫様の踏み込みでは、一歩では小太刀を持っていてもギリギリ届かない間合いだ。

「では、参ります!」

 ハッ! と短く息を吐き、一足飛びに間合いを詰める桃姫様。右手は逆水平に構えている。
 ふむ。踏み出す足が逆だ。左足を前に出しているという事は、一歩では届かないと判断していたという事だ。左足を前にした状態で、右腕を逆水平に薙いでも腰の回転による威力が十分に乗らないため、腕の力のみの斬撃になってしまう。

「えっ!?」

 ここで桃姫様の目が見開かれた。二歩で届くという目測で踏み込んだのが、一歩で届いてしまったのだから仕方ないだろうな。
 俺は力の籠っていない桃姫様の手刀を右手で軽く掴みながら、つんのめって来た桃姫様の身体を正面で受け止める。
 桃姫様は俺の腕の中で、キラキラした瞳で見上げてきた。頬も上気しているようだ。
 うわあ、ヤバい。可愛い……
 あまりの可愛さに直視できなくなった俺は、未だに悶絶しているヤロー共に視線を移して言った。

「分かりましたか?」
「はいっ! これを木刀を持ったままやっていたら、思わぬ大事故になったかも知れません。弥五郎! さすがです!」

 う、うん。もう桃姫様の視線が輝きすぎて目が潰れそうだぜ。
 
「そうですね。爆発的に跳ね上がった自分の身体能力に、まだ感覚が追い付いてないんです。なので、この先はその上がった身体能力の使い方に慣れていく鍛錬に入ります」

 今の自分がどれくらいの事を出来るのかを把握しないと、折角手に入れた力も持ち腐れになっちまう。その上で、手に入れた力をどう使うか、そこまで持っていくのが次の段階だな。

「あの、桃姫様?」

 ところで、さっきから桃姫様が俺の腕の中から離れない。そしてずっと瞳を輝かせながら視線を逸らしてくれない。この状態でいるのはもちろん嬉しいんだが、さっきからおなつさんの生温かい視線が痛い。

「あっ!? 済みません、私ったら!」
「おフッ!?」

 自分の状態に気付いた桃姫様が顔を真っ赤にして俺を突き飛ばす。そして桃姫様は手で顔を隠してしゃがみ込んでしまった。くっそ、恥じらう桃姫様も可愛いぜ……

 そして俺は気を取り直して、まだ悶絶している孫左衛門達の所へ向かった。

「どうだ? 実感しただろ」

 腹にいいのを一発喰らったらしく、痛む場所をさすりながら孫左衛門が答える。

「あ、ああ。まるで自分の身体じゃねえみたいな感じだったなぁ。ビックリしたぜえ」

 他の三人も孫左衛門の言葉に頷いている。ちょっと言いすぎかもしれないが、自分の力を制御出来ずに暴走したヤツが互いにぶつかり合った訳だから、かなりの衝撃だったはずだ。それだけに、自分達の修行の成果をも実感していると思う。

「これから桃姫様には、この力を使いこなす為の鍛錬をしてもらう事になるが、あんたらはどうする?」

 俺の仕事はコイツらを鍛える事じゃないし、コイツらだって桃姫様が外出する時の護衛な訳で、鍛錬に付き合う義理はない。桃姫様が城外に出ない場合は尚更だ。

「もちろん、俺は付き合わせてもらうぜぇ?」

 孫左衛門はニヤリと口端を吊り上げながらそう言う。まあ、この男ならそう言うと思ってたよ。この手の傾いたナリをしたヤツってのは、己の価値観を強さに求める生き物らしいからな。

「某もお頼み申す!」
「某も!」
「拙者も!」

 おうおう、他の三人もか。男が強さに魅入られると、こうなっちまうのかねえ。
 言っとくが、俺は鍛冶職人であって武芸者でも何でもねえんだけどなぁ。なんで俺はコイツらにまで修行を付ける羽目になっちまったんだろ。
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