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酒宴
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酒宴が開かれる部屋と向かうと、すでに御膳が並べられており、客人が五人ほど席にいて歓談していた。歓談の相手は戸田様の家臣が三名程。義父殿はいないみたいだな。
へえ~、あれが明国の服装か。前合わせのゆったりとした上着は丈が長い。色合いは派手だな。赤とか青とか様々だ。
あの髪型は知っているぞ。辮髪とかいうやつだ。前に師匠に聞いた事がある。
「お待たせ致しました」
桃姫様がそう挨拶しながら入室すると、向かって右に五人並んだ客人と、左に三人並んだ家臣達が頭を下げる。
そして姫様は正面の上座だ。俺とおなつさんはその斜め後方に控える。
俺達の分の御膳はねえのか。しょんぼり。
そんな俺の思惑なんぞ知らんとばかりに、酒宴は進んで行く。
聞いてた通り、この商人達は江戸で商売をしやすいように便宜を図ってもらいに来たようだ。ま、俺にそんな難しい話は関係ねえ。桃姫様の護衛としての役目を果たすのみ。
――なんつってな。宴席と言ってもお付きの俺とおなつさんは飲み食いする訳でもなく、家臣の三人と客人の五人を眺めている。というか、それしかする事がない。
もちろん、談笑する桃姫様の綺麗なお顔を眺めている事もできるんだが、それだとお役御免なんて事にもなりかねないからな。結構こういうお役目って命懸けなんだぜ?
(目付きがいやらしいんだよなぁ……)
俺は一人の男の視線に気付いていた。
明国の客人の中に一人、どう見てもカタギじゃないというか、商人らしからぬ雰囲気の男がいる。
ちょっと肥えてて顔はたるみ、いかにも愛想笑いと分かる顔で話している男達の中で、一人だけ引き締まった身体で精悍な顔をしているヤツ。そいつの桃姫様を見る目がなんかいやらしい。
さて、お仕事の小難しいお話は一段落付いたらしい。本題の、江戸での商売についてはこっちとしても利がある話のようで、トントン拍子だった。
また、商人達はこの場でも明国の珍しい品々をいくつか披露して見せてくれた。若い女性の気を引きそうな美しい装飾品や焼き物など、珍しい品々が多く並べられたが、いくつか武具もあった。まあ、それはこっちの家臣達の気を引くためのものだろうけど。
一方で、髪飾りや耳飾りなど、美しい工芸品を主に揃えて来ているあたり、こっちの責任者が桃姫様だって事を分かってての事だろうな。さすが商人、抜け目ないというか、あざとい。
だけど、そんな思惑は思い切り外れていた。桃姫様が興味を持って見ていたのは、刀剣の方。日ノ本ではあまり見ることのない、明国の武器を前に目を輝かせていた。
中でも注視していたのは青龍刀と呼ばれる片刃の剣だった。刃に反りがある幅広の剣で、根本より切っ先に向かうにしたがって太くなっている。
日本刀は斬ってよし、突いてよしなんだが、あの青龍刀ってのは斬るに特化した造りだな。面白い。
ただ、俺達が打つような刀とは違い、あまり手間暇は掛けていないような感じだ。鋳造品か?
……それにしてもなんだろうな? 俺の打った脇差以外に興味を持たれるのはなんかモヤモヤするぜ。
「ほう、姫君はこのような飾り物よりも武具の方に興味がおありですかな?」
そんな桃姫様の様子を目敏く見ていた一人の商人が話しかけてきた。
「ええ、飾り物では民も自身の身も守れませぬゆえ」
うん。そう言い切った桃姫様のお顔は、お仕事用の作られた笑顔ではなく、一人の武人としての迫力が漲っていた。それに一瞬息を飲む商人だったが、さすがは海を渡って商売しようとするだけはある。すぐに愛想笑いを復活させて口を開く。
「さすがは音に聞こえる姫武者! その心意気、お見事でございます。ところで姫君は、ご自分で婿候補をお選びになっているとか?」
ん? なんだこの流れ。雲行きが怪しくなってきたじゃねえか。
「なんでも、姫様と勝負して勝てば、婿になる権利を得るとお聞きしたのです」
「ええ、私に勝てる程の強者であれば」
そんな桃姫様の言葉聞いた例の男がニヤリと笑う。
「では、宴の余興に我が国の武術の演舞などをご披露いたしましょう。王虎、準備を」
ニヤニヤしていた武人風の男は王虎という名前らしい。その王虎、青龍刀の形をした木刀を手にし、部屋の中央へ立つ。
そこで、部屋の外へ控えていた侍女たちがわらわらと入ってきて、御膳を部屋の隅に寄せ始めた。
広くなった空間で、王虎は木刀を構える。
奇妙な演舞だった。剣術とは何かちがう、蹴りや突きを織り交ぜたりの素早い動き。高く跳躍したり独楽のように回転しながら斬撃を繰り出したり、中々に読みづらい動きは見ていて飽きる事はない。
一刀必殺の俺の剣とは対照的な、手数と幻惑的な動きで敵の隙を作り、そこを突くような、そんな武術だった。そして一通りの演舞を終えた王虎は、中央に立ち直立し、息を整えた。
「お見事です」
桃姫様が称賛の言葉と共に拍手を送ると、他の面々も同じように拍手を送った。
……まあ、確かに面白かった。見世物としてはな。あ、決してこの王虎が弱いって訳じゃない。この間桃姫様と試合した富樫なんかよりはずっと強い。だけど、あの程度なら桃姫様のが強そうな気がするなぁ。
「姫様、どうかこの王虎めに一手ご指南いただきたく」
左の掌に右拳をぶつけ、顔の前で合わせる中華風の挨拶をしながら頭を下げる王虎の目は、桃姫様を見下すような嘲りの光に満ちていた。
……ちっ、気にいらねえな。どうせ女だからと小馬鹿にしてんだろ。お前なんか桃姫様にのされちまえ!
「弥五郎。この王虎殿は私に勝てると思っているようですが、あなたの見立てではどうです?」
え? 桃姫様? そこで俺に話を振ってくるの!?
あ~あ、なんか部屋中の視線が俺に集中してるよ。う~ん……どうしたもんかな。
ここは正直に言ってしまうか。
「桃姫様が有利かと」
「な!?」
「あらあら」
俺の一言で緊張が走る。王虎は目を剥き、桃姫様は苦笑。おなつさんはクスクスと笑っている。
「私の護衛の弥五郎がこう言っていますので、まずは弥五郎と一番手合わせをしてみては?」
それを聞いた王虎は必死で怒りを堪えている様子だ。女に劣ると言われて自尊心が傷付いたか。
っていうか、俺がやる流れになったのね、これ。
「ならば、そこの小僧が姫様の代理という事でよろしいか?」
「ええ。王虎殿が弥五郎に勝てば、何なりと望みを聞き届けましょう」
王虎の口がニヤリと歪む。桃姫様から言質はとったぞ? そんな顔で俺を見る。なるほど。こいつは初めから桃姫様が目当てだったんだな。
それなら俺にもやる理由ってモンが出来たぜ。
へえ~、あれが明国の服装か。前合わせのゆったりとした上着は丈が長い。色合いは派手だな。赤とか青とか様々だ。
あの髪型は知っているぞ。辮髪とかいうやつだ。前に師匠に聞いた事がある。
「お待たせ致しました」
桃姫様がそう挨拶しながら入室すると、向かって右に五人並んだ客人と、左に三人並んだ家臣達が頭を下げる。
そして姫様は正面の上座だ。俺とおなつさんはその斜め後方に控える。
俺達の分の御膳はねえのか。しょんぼり。
そんな俺の思惑なんぞ知らんとばかりに、酒宴は進んで行く。
聞いてた通り、この商人達は江戸で商売をしやすいように便宜を図ってもらいに来たようだ。ま、俺にそんな難しい話は関係ねえ。桃姫様の護衛としての役目を果たすのみ。
――なんつってな。宴席と言ってもお付きの俺とおなつさんは飲み食いする訳でもなく、家臣の三人と客人の五人を眺めている。というか、それしかする事がない。
もちろん、談笑する桃姫様の綺麗なお顔を眺めている事もできるんだが、それだとお役御免なんて事にもなりかねないからな。結構こういうお役目って命懸けなんだぜ?
(目付きがいやらしいんだよなぁ……)
俺は一人の男の視線に気付いていた。
明国の客人の中に一人、どう見てもカタギじゃないというか、商人らしからぬ雰囲気の男がいる。
ちょっと肥えてて顔はたるみ、いかにも愛想笑いと分かる顔で話している男達の中で、一人だけ引き締まった身体で精悍な顔をしているヤツ。そいつの桃姫様を見る目がなんかいやらしい。
さて、お仕事の小難しいお話は一段落付いたらしい。本題の、江戸での商売についてはこっちとしても利がある話のようで、トントン拍子だった。
また、商人達はこの場でも明国の珍しい品々をいくつか披露して見せてくれた。若い女性の気を引きそうな美しい装飾品や焼き物など、珍しい品々が多く並べられたが、いくつか武具もあった。まあ、それはこっちの家臣達の気を引くためのものだろうけど。
一方で、髪飾りや耳飾りなど、美しい工芸品を主に揃えて来ているあたり、こっちの責任者が桃姫様だって事を分かってての事だろうな。さすが商人、抜け目ないというか、あざとい。
だけど、そんな思惑は思い切り外れていた。桃姫様が興味を持って見ていたのは、刀剣の方。日ノ本ではあまり見ることのない、明国の武器を前に目を輝かせていた。
中でも注視していたのは青龍刀と呼ばれる片刃の剣だった。刃に反りがある幅広の剣で、根本より切っ先に向かうにしたがって太くなっている。
日本刀は斬ってよし、突いてよしなんだが、あの青龍刀ってのは斬るに特化した造りだな。面白い。
ただ、俺達が打つような刀とは違い、あまり手間暇は掛けていないような感じだ。鋳造品か?
……それにしてもなんだろうな? 俺の打った脇差以外に興味を持たれるのはなんかモヤモヤするぜ。
「ほう、姫君はこのような飾り物よりも武具の方に興味がおありですかな?」
そんな桃姫様の様子を目敏く見ていた一人の商人が話しかけてきた。
「ええ、飾り物では民も自身の身も守れませぬゆえ」
うん。そう言い切った桃姫様のお顔は、お仕事用の作られた笑顔ではなく、一人の武人としての迫力が漲っていた。それに一瞬息を飲む商人だったが、さすがは海を渡って商売しようとするだけはある。すぐに愛想笑いを復活させて口を開く。
「さすがは音に聞こえる姫武者! その心意気、お見事でございます。ところで姫君は、ご自分で婿候補をお選びになっているとか?」
ん? なんだこの流れ。雲行きが怪しくなってきたじゃねえか。
「なんでも、姫様と勝負して勝てば、婿になる権利を得るとお聞きしたのです」
「ええ、私に勝てる程の強者であれば」
そんな桃姫様の言葉聞いた例の男がニヤリと笑う。
「では、宴の余興に我が国の武術の演舞などをご披露いたしましょう。王虎、準備を」
ニヤニヤしていた武人風の男は王虎という名前らしい。その王虎、青龍刀の形をした木刀を手にし、部屋の中央へ立つ。
そこで、部屋の外へ控えていた侍女たちがわらわらと入ってきて、御膳を部屋の隅に寄せ始めた。
広くなった空間で、王虎は木刀を構える。
奇妙な演舞だった。剣術とは何かちがう、蹴りや突きを織り交ぜたりの素早い動き。高く跳躍したり独楽のように回転しながら斬撃を繰り出したり、中々に読みづらい動きは見ていて飽きる事はない。
一刀必殺の俺の剣とは対照的な、手数と幻惑的な動きで敵の隙を作り、そこを突くような、そんな武術だった。そして一通りの演舞を終えた王虎は、中央に立ち直立し、息を整えた。
「お見事です」
桃姫様が称賛の言葉と共に拍手を送ると、他の面々も同じように拍手を送った。
……まあ、確かに面白かった。見世物としてはな。あ、決してこの王虎が弱いって訳じゃない。この間桃姫様と試合した富樫なんかよりはずっと強い。だけど、あの程度なら桃姫様のが強そうな気がするなぁ。
「姫様、どうかこの王虎めに一手ご指南いただきたく」
左の掌に右拳をぶつけ、顔の前で合わせる中華風の挨拶をしながら頭を下げる王虎の目は、桃姫様を見下すような嘲りの光に満ちていた。
……ちっ、気にいらねえな。どうせ女だからと小馬鹿にしてんだろ。お前なんか桃姫様にのされちまえ!
「弥五郎。この王虎殿は私に勝てると思っているようですが、あなたの見立てではどうです?」
え? 桃姫様? そこで俺に話を振ってくるの!?
あ~あ、なんか部屋中の視線が俺に集中してるよ。う~ん……どうしたもんかな。
ここは正直に言ってしまうか。
「桃姫様が有利かと」
「な!?」
「あらあら」
俺の一言で緊張が走る。王虎は目を剥き、桃姫様は苦笑。おなつさんはクスクスと笑っている。
「私の護衛の弥五郎がこう言っていますので、まずは弥五郎と一番手合わせをしてみては?」
それを聞いた王虎は必死で怒りを堪えている様子だ。女に劣ると言われて自尊心が傷付いたか。
っていうか、俺がやる流れになったのね、これ。
「ならば、そこの小僧が姫様の代理という事でよろしいか?」
「ええ。王虎殿が弥五郎に勝てば、何なりと望みを聞き届けましょう」
王虎の口がニヤリと歪む。桃姫様から言質はとったぞ? そんな顔で俺を見る。なるほど。こいつは初めから桃姫様が目当てだったんだな。
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