いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

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爺さん、暗躍

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「お主も門外の立て札は見たであろう?」

 あの桃姫様に勝てば嫁にやるとか婿に入れるとか、そんなヤツの事だな。それ目当てで、あの富樫って浪人が来た訳だ。

「姫様が娶るか嫁ぐかせんうちは、先日の富樫のような輩がひっきりなしにやってくるじゃろ?」
「まあ、そうだろうな。身分と可愛い嫁さんが両方手に入るんだ」

 そんな俺の答えに満足気に頷いた爺さんは、ビシっと懐から出した扇子を俺に向ける。

「流石に姫様に危ない真似はして欲しゅうないんじゃ。お主、その挑戦者共を蹴散らせ。そして婿殿に相応しい男を見極めよ!」

 なるほどねえ。俺に桃姫様の代わりに決闘を受けろってか。確かに桃姫様の身を危険に晒す訳にはいかねえよなぁ。

「だが断る!」
「何じゃと?」
「ああ、勘違いして欲しくないんだが……」

 爺さんも俺が断るとは思ってなかったんだろう。ぎょろりと目を見開いて俺の顔を凝視する。真意を確かめたい。そんな感じだ。
 俺としても、決闘を引き受けるのは構わねえと思ってる。桃姫様がお相手するなんざ、百年早ええ! まずはこの俺を倒してからにしろい! ってなもんだよな。

「……俺は、桃姫様を倒して桃姫様を手に入れようって奴らの、その性根が気に入らねえんだ。だから、俺を婿選びに据えるってんなら、求婚しにきたヤツ全員ブッ潰す事になる」

 だってよ、嫁にしたいと願ってるのに、その相手を打ち据えて手に入れるって、なんか違うくねえ? 例え桃姫様がそれを望んでいたとしてもだ。
 そんな俺の言葉を聞いた爺さんが、目尻の皺をより深くして好々爺の顔になった。
 
「ふぉっふぉっふぉ。それは困るのぅ。それでは姫様が行かず後家になってしまうわい」
「ぐっ……」

 た、確かにそれはそうだな……むむむ。

「まあ良いわ。ところでの、給金を出す故、儂にも鉄瓶を作ってくれんか?」

 まあ、それは全然構わない。給金が出るんだったられっきとした仕事だしな。それに剣術云々より余程俺らしい仕事だ。

「気に入ってくれたか? 俺の白湯」
「うむ。アレで沸かした白湯で飯を炊いたら、さぞかし美味かろうな……」
「そうだなぁ……」

 思わずつやっつやで湯気が立ち昇る、炊き立ての飯を想像して頬が緩む。
 ただ飲んでも美味い白湯だ。飯炊きに使ったら美味い飯が炊けるに違いねえ!

「よし! 受けた! 鉄瓶作ってやるぜ!」
「うむ。それとな、刀を一振り打ってくれんか」

 今度の爺さんの顔は大真面目。コロコロと表情が変わる爺さんだ。ただ、刀って言われてもな。

「どんなのが欲しいんだ?」
「脇差を」

 なるほど。脇差ねえ。だけど、打つにあたってはそれなりに必要な物がある。

「刀を打つってのは神事なんだ。神棚が欲しい。あとは極上の玉鋼」
「うむ。準備させよう」

 他にも必要なモンはあるけど、手持ちでなんとかなるだろ。ホントは烏帽子とか被ってやるもんなんだけどな。まあ、そこまではいいかなー?
 けど、この機にこういう事を言ってくるって事は、爺さんがただ脇差を欲しいって訳じゃねえだろうな。
 俺が桃姫様のお付きとなる事や、爺さんの所へ養子に入る事。それを上手く進めるために俺が打った脇差が必要だと考えるのが自然だ。って事は、半端なモンは打てねえな。

「今の俺が打てる最上のモンを仕上げてやるよ」
「それは楽しみじゃ」

 おお、今までで一番優しい笑みだったな、爺さん。いっつも目ェ三角にして怒鳴り散らすどっかの師匠おっさんとは大違いだぜ。



 数日後、鍛冶場に神棚が出来上がり、さらに材料も揃った。
 材料が揃うまでの間に、鉄瓶の方は伊東の爺さんに献上して差し上げた。くそ。俺のもまだ作ってねえのに。
 
 さて、気を取り直して本業刀鍛冶に突入すんぜ!

△▼△

 私は今、とあるお屋敷の一室で、伊東様の後ろに控えているの。
 伊東様はあるお偉方に御用があってね。
 伊東様が報告に上がっているのは、伊豆下田城主、戸田忠次様の重臣、安形刑部あがたぎょうぶ様。

「伊東殿は、その何処の馬の骨とも知れぬ小僧を養子に取り、守役を引き継ぎたいと申されるか」
「は」 

 安形様はいかにも本気か? と言わんがばかり。対して伊東様はいつもの柔和な表情は消え去り、真面目くさった顔をしているわ。

「その者の事、詳細に教えて下さらんか。伊東殿の後を任せるとなれば、姫様のお付きにするつもりなのであろう?」
「は。まずはこれをお飲みくだされ」

 伊東様はそう言ってちらりと私の方を見る。私は用意しておいた湯飲みに極上のを注ぎ、恭しく安形様に差し出した。

「これは?」

 安形様は差し出された湯飲みの中の透明なを見て、怪訝なお顔。うふふ。どんな反応をするか楽しみね。
 
「ただの白湯にござる」

 ふふ。伊東様もしゃあしゃあと。

「ただの白湯など……」
「一口飲めば分かり申す!」

 おっと。普段は好々爺な伊東様だけど、さすがは戦国を生き抜いた武士もののふ。老いたと言えども覇気は健在ね!

「う、うむ。では頂こう」

 安形様は仕方ないといった雰囲気をありありと出しながら、一気に湯飲みの中身を飲み干した。

「……む? すまんが、もう一杯もらえんか?」

 安形様、釣れたわね? うふふ。私は極上の笑顔でお代わりを注ぐ。
 今度は一口一口じっくりと、まるで利き酒でもするように味わいながら喉へ流し込む。

「伊東殿。儂は白湯がこれほど美味いとは思わなんだ。種を明かしてくれまいか?」
「おなつ」
「はい」

 種明かしと言ってもこれを見せるだけ。伊東様が弥五郎さんに作らせた鉄瓶ひとつ。つるりとした表面は鉄器独特の艶があるけど、言い換えればそれだけで、何の装飾もない。

「この鉄瓶は?」
「それで湯を沸かせば、不思議な事に世にも美味なる白湯が出来上がるのでござるよ」

 ここでようやく伊東様の頬が緩んだわね。手応えありって事かしら?

「ちなみのその鉄瓶を作ったのが、くだんの馬の骨にござる」
「ほう……その馬の骨、姫様を手玉に取るほどの剣術の達者でありながら、かような鉄瓶を作る職人でもあると。益々訳が分からん。はっはっは!」

 一頻り笑ったあと、安形様は無言で湯飲みを差し出してきた。余程白湯が美味しかったみたいね。
 私が二度目のお代わりを注ぐと、安形様は笑顔で言ったの。

「殿がお帰りになったら、儂からも話しておこう。で、伊東殿。儂もその鉄瓶、一つ欲しいのだが」
「む、むむぅ……」

 あらあら、今度は伊東様が困り顔。面白いやり取りを見せていただいたわ。

  
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