いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO

文字の大きさ
上 下
15 / 56

伊東の試験

しおりを挟む
 おなつさんとの腕試しから数日。伊東の爺さんから借り受けている屋敷の改装は順調に進み、鍛冶仕事が出来るようになっていた。

「う~ん……」

 折角だから何か作ってみたい。新しい作業場を見て職人の性がウズウズするぜ。
 と言っても、まだ出来たばっかりの仕事場だし、材料もそれほどある訳じゃない。刀を打つような上質な鉄ともなると尚更だ。

「うん、アレにしよう」

 俺は早速作業に取り掛かる。まずは砂型だ。
 そう、砂型を作るって事は今回はカンカン鉄を打つ訳じゃない。所謂鋳造ってやつだな。溶かした金属を型に流して、それを冷やして仕上げ。大量生産に向いてるやり方だ。
 やっぱさ、どうせなら美味い白湯が飲みたいだろ。俺もまだ給金もらってないし、この間の報奨金は材料の地金買うのに使っちまったんだ。だから贅沢はできねえんだよな。

「ぬおっ!? 暑いな」

 鋳型に溶けた鉄を流し込み、冷えるのを待っていたところに伊東の爺さんがやってきた。屋敷の中に籠る熱気に顔を顰めている。
 俺は上半身をはだけて塩を舐めていたところだ。

「何を作っておるのじゃ?」
「美味い白湯が飲める鉄瓶だ」
「ほう? それは楽しみじゃの」

 え?
 いや、この鉄瓶は俺が飲むための白湯を沸かす用であって、アンタに献上する用じゃねえぞ?

「まあ、屋敷も仕事場も世話になってるからな。白湯くらいならいつでもご馳走するよ」
「白湯だけか?」
「白湯だけだ」
「ぬう……しみったれとるのう?」

 やかましい。そんなに言うなら給金上げろ。

「ところで、少し付き合え」

 ここは流石に暑いのか、爺さんは俺を裏庭に連れ出した。何か俺って、いつも誰かしら爺さんに纏わりつかれてるよな。
 東屋に着くと、碁盤が準備されていた。爺さん、やる気か。
 そういや、三島の織部の爺さん、元気かなぁ?

 ――パチリ

「先日、おなつとやり合ったそうじゃな」

 爺さんが黒石を置きながらボソリと言う。

「ああ。まぐれで勝たせてもらったよ」

 ――パチッ

 白石を置いて手短に答えた。

「まぐれとな?」

 ――パチリ

「まぐれだな。あの人強いよな」

 ――パチッ

 それからは無言で、お互いに石を打ち合う音だけが響いた。

「ちっ、負けたか」
「ふぉふぉふぉ。年季が違うわい」

 勝負は爺さんの勝ち。まあ、俺も三島で織部の爺さんと打っただけだしな。勝てっこねえよ。

「おなつはあれでも忍びの達者でな。まぐれで勝てるような相手ではないのじゃ」
「……」

 碁石を片付けながら爺さんが口を開く。

「儂は姫様が赤子の頃から守役をしておっての。じゃが、寄る年波には勝てんわい。姫様の盗賊討伐に付いていけんようになってしもうた」
「……」

 爺さんはこの東屋から、桃姫様がいる二の丸の方を見る。

「姫様は過保護を嫌う。あからさまな護衛は嫌がるでの。そこでおなつを雇ったのじゃ。じゃが、陰から守るのも限度があろう?」
「……」

 俺は無言で頷く。あの夜、おなつさんが言ってたのと同じだな。

「どうか、姫様のお側で守ってやってくれぬか? お主なら、姫様も受け入れてくれると思うのじゃ」
「……拾い子で、身分もない、ただの職人の俺が桃姫様のお側に付いたんじゃ、いろいろ荒れると思うんだがなぁ」

 桃姫様のお側でお守りするのは願ったり叶ったりだ。なにせ俺の初恋の人だからな。でも、お城の身分の高い人達がそれじゃあ納得しないだろう。

「……お主、見かけによらず色々と考えておるんじゃな?」
「……失礼な人だな。ちゃんと考えてるよ」
「ふぉっふぉっふぉ。まあ、お主の言う事も一理あるわい。少し、手を打ってみようかの」

 そう言って、爺さんは立ち上がり、去って行こうとする。

「姫様と、おなつを頼んだぞ? 腕を磨いておくのじゃ」

 途中で立ち止まり、そう言い残して去っていった。もっと碁の腕を磨けってか。
 ……ってか、おなつさんも?

△▼△

 弥五郎さんの腕試しの翌朝、私はすぐに伊東様の所へ報告に上がったの。

「お主が闇夜の奇襲で完封されたじゃと!? 一太刀も浴びせられずにか!」

 いつもは冷静で飄々としている伊東様が、珍しく大きな声を張り上げたわ。それだけ私を高く買ってくれてるんだろうけど、前もって言ったわよ? 私じゃ勝てないって。

「それどころか、一太刀でやられちゃいました! あははは……」
「ぬう……それほどじゃったか」

 うふふ。まだ生々しく残っている左胸に当てられた切っ先の感触。
 まさに一刀必殺よね。
 
「伊東様。彼を逃がしてはなりません。彼の為にも。姫様の為にも」

 そして私の為にも。弥五郎さんが生き別れた弟の可能性は消えた訳じゃない。ううん、弟じゃなくたって、似たような境遇の彼には幸せになって欲しいもの。

「ふむ。では、近々一局打ってみるとしようかの」

 伊東様が一局打つ。それは相手の打ち手を見て、その人を見定めるという事なのよね。
 鍛冶師としての腕は合格。
 腕っぷしも合格。
 あとはその人となりだけ。
 頑張ってね! 弥五郎さん!
しおりを挟む
感想 130

あなたにおすすめの小説

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

残影の艦隊~蝦夷共和国の理想と銀の道

谷鋭二
歴史・時代
この物語の舞台は主に幕末・維新の頃の日本です。物語の主人公榎本武揚は、幕末動乱のさなかにはるばるオランダに渡り、最高の技術、最高のスキル、最高の知識を手にいれ日本に戻ってきます。 しかし榎本がオランダにいる間に幕府の権威は完全に失墜し、やがて大政奉還、鳥羽・伏見の戦いをへて幕府は瓦解します。自然幕臣榎本武揚は行き場を失い、未来は絶望的となります。 榎本は新たな己の居場所を蝦夷(北海道)に見出し、同じく行き場を失った多くの幕臣とともに、蝦夷を開拓し新たなフロンティアを築くという壮大な夢を描きます。しかしやがてはその蝦夷にも薩長の魔の手がのびてくるわけです。 この物語では榎本武揚なる人物が最北に地にいかなる夢を見たか追いかけると同時に、世に言う箱館戦争の後、罪を許された榎本のその後の人生にも光を当ててみたいと思っている次第であります。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

明日、雪うさぎが泣いたら

中嶋 まゆき
歴史・時代
幼い頃に神隠しに遭った小雪は、その頃に出逢った少年との再会を信じていた。兄の恭一郎は反対するが、妙齢になるにつれ、小雪は彼のことを頻繁に夢に見るようになって…。 夢の少年と兄の間で揺れる恋の結末と、小雪が選んだ世界とは?

戦国九州三国志

谷鋭二
歴史・時代
戦国時代九州は、三つの勢力が覇権をかけて激しい争いを繰り返しました。南端の地薩摩(鹿児島)から興った鎌倉以来の名門島津氏、肥前(現在の長崎、佐賀)を基盤にした新興の龍造寺氏、そして島津同様鎌倉以来の名門で豊後(大分県)を中心とする大友家です。この物語ではこの三者の争いを主に大友家を中心に描いていきたいと思います。

処理中です...