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伊東の試験
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おなつさんとの腕試しから数日。伊東の爺さんから借り受けている屋敷の改装は順調に進み、鍛冶仕事が出来るようになっていた。
「う~ん……」
折角だから何か作ってみたい。新しい作業場を見て職人の性がウズウズするぜ。
と言っても、まだ出来たばっかりの仕事場だし、材料もそれほどある訳じゃない。刀を打つような上質な鉄ともなると尚更だ。
「うん、アレにしよう」
俺は早速作業に取り掛かる。まずは砂型だ。
そう、砂型を作るって事は今回はカンカン鉄を打つ訳じゃない。所謂鋳造ってやつだな。溶かした金属を型に流して、それを冷やして仕上げ。大量生産に向いてるやり方だ。
やっぱさ、どうせなら美味い白湯が飲みたいだろ。俺もまだ給金もらってないし、この間の報奨金は材料の地金買うのに使っちまったんだ。だから贅沢はできねえんだよな。
「ぬおっ!? 暑いな」
鋳型に溶けた鉄を流し込み、冷えるのを待っていたところに伊東の爺さんがやってきた。屋敷の中に籠る熱気に顔を顰めている。
俺は上半身をはだけて塩を舐めていたところだ。
「何を作っておるのじゃ?」
「美味い白湯が飲める鉄瓶だ」
「ほう? それは楽しみじゃの」
え?
いや、この鉄瓶は俺が飲むための白湯を沸かす用であって、アンタに献上する用じゃねえぞ?
「まあ、屋敷も仕事場も世話になってるからな。白湯くらいならいつでもご馳走するよ」
「白湯だけか?」
「白湯だけだ」
「ぬう……しみったれとるのう?」
やかましい。そんなに言うなら給金上げろ。
「ところで、少し付き合え」
ここは流石に暑いのか、爺さんは俺を裏庭に連れ出した。何か俺って、いつも誰かしら爺さんに纏わりつかれてるよな。
東屋に着くと、碁盤が準備されていた。爺さん、やる気か。
そういや、三島の織部の爺さん、元気かなぁ?
――パチリ
「先日、おなつとやり合ったそうじゃな」
爺さんが黒石を置きながらボソリと言う。
「ああ。まぐれで勝たせてもらったよ」
――パチッ
白石を置いて手短に答えた。
「まぐれとな?」
――パチリ
「まぐれだな。あの人強いよな」
――パチッ
それからは無言で、お互いに石を打ち合う音だけが響いた。
「ちっ、負けたか」
「ふぉふぉふぉ。年季が違うわい」
勝負は爺さんの勝ち。まあ、俺も三島で織部の爺さんと打っただけだしな。勝てっこねえよ。
「おなつはあれでも忍びの達者でな。まぐれで勝てるような相手ではないのじゃ」
「……」
碁石を片付けながら爺さんが口を開く。
「儂は姫様が赤子の頃から守役をしておっての。じゃが、寄る年波には勝てんわい。姫様の盗賊討伐に付いていけんようになってしもうた」
「……」
爺さんはこの東屋から、桃姫様がいる二の丸の方を見る。
「姫様は過保護を嫌う。あからさまな護衛は嫌がるでの。そこでおなつを雇ったのじゃ。じゃが、陰から守るのも限度があろう?」
「……」
俺は無言で頷く。あの夜、おなつさんが言ってたのと同じだな。
「どうか、姫様のお側で守ってやってくれぬか? お主なら、姫様も受け入れてくれると思うのじゃ」
「……拾い子で、身分もない、ただの職人の俺が桃姫様のお側に付いたんじゃ、いろいろ荒れると思うんだがなぁ」
桃姫様のお側でお守りするのは願ったり叶ったりだ。なにせ俺の初恋の人だからな。でも、お城の身分の高い人達がそれじゃあ納得しないだろう。
「……お主、見かけによらず色々と考えておるんじゃな?」
「……失礼な人だな。ちゃんと考えてるよ」
「ふぉっふぉっふぉ。まあ、お主の言う事も一理あるわい。少し、手を打ってみようかの」
そう言って、爺さんは立ち上がり、去って行こうとする。
「姫様と、おなつを頼んだぞ? 腕を磨いておくのじゃ」
途中で立ち止まり、そう言い残して去っていった。もっと碁の腕を磨けってか。
……ってか、おなつさんも?
△▼△
弥五郎さんの腕試しの翌朝、私はすぐに伊東様の所へ報告に上がったの。
「お主が闇夜の奇襲で完封されたじゃと!? 一太刀も浴びせられずにか!」
いつもは冷静で飄々としている伊東様が、珍しく大きな声を張り上げたわ。それだけ私を高く買ってくれてるんだろうけど、前もって言ったわよ? 私じゃ勝てないって。
「それどころか、一太刀でやられちゃいました! あははは……」
「ぬう……それほどじゃったか」
うふふ。まだ生々しく残っている左胸に当てられた切っ先の感触。
まさに一刀必殺よね。
「伊東様。彼を逃がしてはなりません。彼の為にも。姫様の為にも」
そして私の為にも。弥五郎さんが生き別れた弟の可能性は消えた訳じゃない。ううん、弟じゃなくたって、似たような境遇の彼には幸せになって欲しいもの。
「ふむ。では、近々一局打ってみるとしようかの」
伊東様が一局打つ。それは相手の打ち手を見て、その人を見定めるという事なのよね。
鍛冶師としての腕は合格。
腕っぷしも合格。
あとはその人となりだけ。
頑張ってね! 弥五郎さん!
「う~ん……」
折角だから何か作ってみたい。新しい作業場を見て職人の性がウズウズするぜ。
と言っても、まだ出来たばっかりの仕事場だし、材料もそれほどある訳じゃない。刀を打つような上質な鉄ともなると尚更だ。
「うん、アレにしよう」
俺は早速作業に取り掛かる。まずは砂型だ。
そう、砂型を作るって事は今回はカンカン鉄を打つ訳じゃない。所謂鋳造ってやつだな。溶かした金属を型に流して、それを冷やして仕上げ。大量生産に向いてるやり方だ。
やっぱさ、どうせなら美味い白湯が飲みたいだろ。俺もまだ給金もらってないし、この間の報奨金は材料の地金買うのに使っちまったんだ。だから贅沢はできねえんだよな。
「ぬおっ!? 暑いな」
鋳型に溶けた鉄を流し込み、冷えるのを待っていたところに伊東の爺さんがやってきた。屋敷の中に籠る熱気に顔を顰めている。
俺は上半身をはだけて塩を舐めていたところだ。
「何を作っておるのじゃ?」
「美味い白湯が飲める鉄瓶だ」
「ほう? それは楽しみじゃの」
え?
いや、この鉄瓶は俺が飲むための白湯を沸かす用であって、アンタに献上する用じゃねえぞ?
「まあ、屋敷も仕事場も世話になってるからな。白湯くらいならいつでもご馳走するよ」
「白湯だけか?」
「白湯だけだ」
「ぬう……しみったれとるのう?」
やかましい。そんなに言うなら給金上げろ。
「ところで、少し付き合え」
ここは流石に暑いのか、爺さんは俺を裏庭に連れ出した。何か俺って、いつも誰かしら爺さんに纏わりつかれてるよな。
東屋に着くと、碁盤が準備されていた。爺さん、やる気か。
そういや、三島の織部の爺さん、元気かなぁ?
――パチリ
「先日、おなつとやり合ったそうじゃな」
爺さんが黒石を置きながらボソリと言う。
「ああ。まぐれで勝たせてもらったよ」
――パチッ
白石を置いて手短に答えた。
「まぐれとな?」
――パチリ
「まぐれだな。あの人強いよな」
――パチッ
それからは無言で、お互いに石を打ち合う音だけが響いた。
「ちっ、負けたか」
「ふぉふぉふぉ。年季が違うわい」
勝負は爺さんの勝ち。まあ、俺も三島で織部の爺さんと打っただけだしな。勝てっこねえよ。
「おなつはあれでも忍びの達者でな。まぐれで勝てるような相手ではないのじゃ」
「……」
碁石を片付けながら爺さんが口を開く。
「儂は姫様が赤子の頃から守役をしておっての。じゃが、寄る年波には勝てんわい。姫様の盗賊討伐に付いていけんようになってしもうた」
「……」
爺さんはこの東屋から、桃姫様がいる二の丸の方を見る。
「姫様は過保護を嫌う。あからさまな護衛は嫌がるでの。そこでおなつを雇ったのじゃ。じゃが、陰から守るのも限度があろう?」
「……」
俺は無言で頷く。あの夜、おなつさんが言ってたのと同じだな。
「どうか、姫様のお側で守ってやってくれぬか? お主なら、姫様も受け入れてくれると思うのじゃ」
「……拾い子で、身分もない、ただの職人の俺が桃姫様のお側に付いたんじゃ、いろいろ荒れると思うんだがなぁ」
桃姫様のお側でお守りするのは願ったり叶ったりだ。なにせ俺の初恋の人だからな。でも、お城の身分の高い人達がそれじゃあ納得しないだろう。
「……お主、見かけによらず色々と考えておるんじゃな?」
「……失礼な人だな。ちゃんと考えてるよ」
「ふぉっふぉっふぉ。まあ、お主の言う事も一理あるわい。少し、手を打ってみようかの」
そう言って、爺さんは立ち上がり、去って行こうとする。
「姫様と、おなつを頼んだぞ? 腕を磨いておくのじゃ」
途中で立ち止まり、そう言い残して去っていった。もっと碁の腕を磨けってか。
……ってか、おなつさんも?
△▼△
弥五郎さんの腕試しの翌朝、私はすぐに伊東様の所へ報告に上がったの。
「お主が闇夜の奇襲で完封されたじゃと!? 一太刀も浴びせられずにか!」
いつもは冷静で飄々としている伊東様が、珍しく大きな声を張り上げたわ。それだけ私を高く買ってくれてるんだろうけど、前もって言ったわよ? 私じゃ勝てないって。
「それどころか、一太刀でやられちゃいました! あははは……」
「ぬう……それほどじゃったか」
うふふ。まだ生々しく残っている左胸に当てられた切っ先の感触。
まさに一刀必殺よね。
「伊東様。彼を逃がしてはなりません。彼の為にも。姫様の為にも」
そして私の為にも。弥五郎さんが生き別れた弟の可能性は消えた訳じゃない。ううん、弟じゃなくたって、似たような境遇の彼には幸せになって欲しいもの。
「ふむ。では、近々一局打ってみるとしようかの」
伊東様が一局打つ。それは相手の打ち手を見て、その人を見定めるという事なのよね。
鍛冶師としての腕は合格。
腕っぷしも合格。
あとはその人となりだけ。
頑張ってね! 弥五郎さん!
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