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その刃文は!?

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 俺はさっきの桃姫様と寸分違わぬ『抜き胴』で富樫を仕留めた。隙だらけの上に油断しまくってたからな。ちゃんと剣術を学んだヤツなら、あれくらいは出来るんじゃねえのかな。

「……」

 あれ? 立会人のお侍も、お付きの爺さんも、桃姫様も固まってる?
 おーい!?

「……はっ!? この勝負、前原弥五郎の勝ち!」 
 
 立会人のお侍に視線を投げかけると、漸く判定を下してくれた。
 さて、桃姫様は名残惜しいが、これでここともおさらばだな。

「ぐ、くっ……」

 腹を押さえながら富樫がどうにか立ち上がった。さっき桃姫様が打ち抜いた場所とまったく同じ場所をヤッたからな。俺も手加減したけど骨の一本や二本はいってる手応えだった。
 それに、俺も桃姫様の前で一本取れたし、今日のところは満足満足。

「この俺が……こんな小汚いガキなどに……」

 あ?

「そうだ、桃殿にやられた一撃が効いていただけだ……」

 富樫が何かブツブツ言いながら、自分の大小二本の刀を受け取り、腰に差している。
 あ、ちなみに打刀は反っている方、つまり刃を上にして腰に差すんだけど、俺の使ってる太刀は刃を下に向けて腰に佩くんだ。佩くっていうのはぶら下げる事。これ、マメな。

「お見事でしたね、弥五郎殿」

 勝負を終えて愛刀『瓶割』を佩いた俺に、桃姫様がいつもの鈴の鳴るような声でお褒めの言葉をかけてくれた。富樫のぶつくさでちょっとイラッとした俺だったけど、この声を聞くとそんなものどうでもよくなっちまう。
 ニヤけそうになる顔を必死に引き締めて、俺は桃姫様に一礼した。しかしその瞬間、桃姫様の絶叫が響き渡った。

「弥五郎!」

 ――カチ

 同時に背後で鯉口を切る音がする。折角桃姫様が俺の名前を呼び捨てで読んでくれた喜びを台無しにしてくれる、無粋な音だ。
 俺は振り向きざまに瓶割を抜き、頭上に振り下ろされる凶刃を受け止める。
 キン! と刃が打ち合う音が響く。

 コイツの攻撃は常に上段からの振り下ろしから始まる。そんな大道芸、何度も通じるか。俺は富樫の一撃を弾き返し、そのまま返す刀で――

「そこまでです!」

 あと一寸で俺の切っ先が富樫の喉笛を切り裂かんというところで、鈴の鳴る声が俺を止めた。

「あの痴れ者を捕えなさい。自ら八つ当たりで挑んだ勝負に負けて尚、背後から不意打ちを掛けるなど言語道断!」

 自分の首に寸止め状態の俺の刃を冷や汗を流しながら見ている富樫は動けない。そこに立会人のお侍が来て刀を取り上げ、手慣れた様子で縄を掛けていく。そしてどこかへ引き摺られて行った。
 桃姫様の今の気迫。さっきの手合わせの時以上だな。って事は、さっきのはまだまだ本気じゃねえって事か。

「弥五郎殿……」
「ああ、弥五郎でいいですよ。どうせ宿無しの流れ者です」
「そうですか。では弥五郎、不躾な願いで済みませぬが、私に一手ご指南いただけませ――」

 ああ、流れ的にはそう来るだろうなって思ってた。強者に感心があるっていう桃姫様だ。俺の勝ちっぷりは強く見えたかも知れないな。いや、富樫が弱いだけなんだけど。でも桃姫様は最後まで言葉を紡ぐ事なく、納刀しようとする瓶割に視線が釘付けになった。
 あまりの凝視っぷりに、納刀しようとする俺の手が止まる。

「えっと、俺の太刀が何か?」
「――はっ!?」

 桃姫様は呆けている自分に気付き、コホンと咳払いをする。凛とした表情も可愛いくて可愛くて可愛いんだが、ちょっと照れた表情も素晴らしい! ありがとう、俺の瓶割!

「弥五郎、あなたのその太刀は?」

 桃姫様の興味が俺ではなく瓶割へと移ったことに若干心の涙を流しながら、俺は太刀を抜き直して彼女に見せつけるようにして言った。

「これは師匠からの餞別です。無銘でしたが、三島神社の爺さんから『瓶割』という銘を頂きました」

 他に類を見ない、師匠おっさんしか打てないという鋸互の目のこぎりぐのめ。それにしばらく見とれていた桃姫様だが、彼女も腰の小太刀を抜いて俺に見せてきた。

「――!!」

 これには俺も驚いた。

「どうやらあなたと私の剣は姉妹のようですね。これも何かの縁ですし、あなたに聞きたい事もできました。数日滞在して行きなさい」

 桃姫様が翳した刃には、俺と同じ鋸互の目の刃文が浮かんでいた。


 
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