8 / 56
その刃文は!?
しおりを挟む
俺はさっきの桃姫様と寸分違わぬ『抜き胴』で富樫を仕留めた。隙だらけの上に油断しまくってたからな。ちゃんと剣術を学んだヤツなら、あれくらいは出来るんじゃねえのかな。
「……」
あれ? 立会人のお侍も、お付きの爺さんも、桃姫様も固まってる?
おーい!?
「……はっ!? この勝負、前原弥五郎の勝ち!」
立会人のお侍に視線を投げかけると、漸く判定を下してくれた。
さて、桃姫様は名残惜しいが、これでここともおさらばだな。
「ぐ、くっ……」
腹を押さえながら富樫がどうにか立ち上がった。さっき桃姫様が打ち抜いた場所とまったく同じ場所をヤッたからな。俺も手加減したけど骨の一本や二本はいってる手応えだった。
それに、俺も桃姫様の前で一本取れたし、今日のところは満足満足。
「この俺が……こんな小汚いガキなどに……」
あ?
「そうだ、桃殿にやられた一撃が効いていただけだ……」
富樫が何かブツブツ言いながら、自分の大小二本の刀を受け取り、腰に差している。
あ、ちなみに打刀は反っている方、つまり刃を上にして腰に差すんだけど、俺の使ってる太刀は刃を下に向けて腰に佩くんだ。佩くっていうのはぶら下げる事。これ、マメな。
「お見事でしたね、弥五郎殿」
勝負を終えて愛刀『瓶割』を佩いた俺に、桃姫様がいつもの鈴の鳴るような声でお褒めの言葉をかけてくれた。富樫のぶつくさでちょっとイラッとした俺だったけど、この声を聞くとそんなものどうでもよくなっちまう。
ニヤけそうになる顔を必死に引き締めて、俺は桃姫様に一礼した。しかしその瞬間、桃姫様の絶叫が響き渡った。
「弥五郎!」
――カチ
同時に背後で鯉口を切る音がする。折角桃姫様が俺の名前を呼び捨てで読んでくれた喜びを台無しにしてくれる、無粋な音だ。
俺は振り向きざまに瓶割を抜き、頭上に振り下ろされる凶刃を受け止める。
キン! と刃が打ち合う音が響く。
コイツの攻撃は常に上段からの振り下ろしから始まる。そんな大道芸、何度も通じるか。俺は富樫の一撃を弾き返し、そのまま返す刀で――
「そこまでです!」
あと一寸で俺の切っ先が富樫の喉笛を切り裂かんというところで、鈴の鳴る声が俺を止めた。
「あの痴れ者を捕えなさい。自ら八つ当たりで挑んだ勝負に負けて尚、背後から不意打ちを掛けるなど言語道断!」
自分の首に寸止め状態の俺の刃を冷や汗を流しながら見ている富樫は動けない。そこに立会人のお侍が来て刀を取り上げ、手慣れた様子で縄を掛けていく。そしてどこかへ引き摺られて行った。
桃姫様の今の気迫。さっきの手合わせの時以上だな。って事は、さっきのはまだまだ本気じゃねえって事か。
「弥五郎殿……」
「ああ、弥五郎でいいですよ。どうせ宿無しの流れ者です」
「そうですか。では弥五郎、不躾な願いで済みませぬが、私に一手ご指南いただけませ――」
ああ、流れ的にはそう来るだろうなって思ってた。強者に感心があるっていう桃姫様だ。俺の勝ちっぷりは強く見えたかも知れないな。いや、富樫が弱いだけなんだけど。でも桃姫様は最後まで言葉を紡ぐ事なく、納刀しようとする瓶割に視線が釘付けになった。
あまりの凝視っぷりに、納刀しようとする俺の手が止まる。
「えっと、俺の太刀が何か?」
「――はっ!?」
桃姫様は呆けている自分に気付き、コホンと咳払いをする。凛とした表情も可愛いくて可愛くて可愛いんだが、ちょっと照れた表情も素晴らしい! ありがとう、俺の瓶割!
「弥五郎、あなたのその太刀は?」
桃姫様の興味が俺ではなく瓶割へと移ったことに若干心の涙を流しながら、俺は太刀を抜き直して彼女に見せつけるようにして言った。
「これは師匠からの餞別です。無銘でしたが、三島神社の爺さんから『瓶割』という銘を頂きました」
他に類を見ない、師匠しか打てないという鋸互の目。それにしばらく見とれていた桃姫様だが、彼女も腰の小太刀を抜いて俺に見せてきた。
「――!!」
これには俺も驚いた。
「どうやらあなたと私の剣は姉妹のようですね。これも何かの縁ですし、あなたに聞きたい事もできました。数日滞在して行きなさい」
桃姫様が翳した刃には、俺と同じ鋸互の目の刃文が浮かんでいた。
「……」
あれ? 立会人のお侍も、お付きの爺さんも、桃姫様も固まってる?
おーい!?
「……はっ!? この勝負、前原弥五郎の勝ち!」
立会人のお侍に視線を投げかけると、漸く判定を下してくれた。
さて、桃姫様は名残惜しいが、これでここともおさらばだな。
「ぐ、くっ……」
腹を押さえながら富樫がどうにか立ち上がった。さっき桃姫様が打ち抜いた場所とまったく同じ場所をヤッたからな。俺も手加減したけど骨の一本や二本はいってる手応えだった。
それに、俺も桃姫様の前で一本取れたし、今日のところは満足満足。
「この俺が……こんな小汚いガキなどに……」
あ?
「そうだ、桃殿にやられた一撃が効いていただけだ……」
富樫が何かブツブツ言いながら、自分の大小二本の刀を受け取り、腰に差している。
あ、ちなみに打刀は反っている方、つまり刃を上にして腰に差すんだけど、俺の使ってる太刀は刃を下に向けて腰に佩くんだ。佩くっていうのはぶら下げる事。これ、マメな。
「お見事でしたね、弥五郎殿」
勝負を終えて愛刀『瓶割』を佩いた俺に、桃姫様がいつもの鈴の鳴るような声でお褒めの言葉をかけてくれた。富樫のぶつくさでちょっとイラッとした俺だったけど、この声を聞くとそんなものどうでもよくなっちまう。
ニヤけそうになる顔を必死に引き締めて、俺は桃姫様に一礼した。しかしその瞬間、桃姫様の絶叫が響き渡った。
「弥五郎!」
――カチ
同時に背後で鯉口を切る音がする。折角桃姫様が俺の名前を呼び捨てで読んでくれた喜びを台無しにしてくれる、無粋な音だ。
俺は振り向きざまに瓶割を抜き、頭上に振り下ろされる凶刃を受け止める。
キン! と刃が打ち合う音が響く。
コイツの攻撃は常に上段からの振り下ろしから始まる。そんな大道芸、何度も通じるか。俺は富樫の一撃を弾き返し、そのまま返す刀で――
「そこまでです!」
あと一寸で俺の切っ先が富樫の喉笛を切り裂かんというところで、鈴の鳴る声が俺を止めた。
「あの痴れ者を捕えなさい。自ら八つ当たりで挑んだ勝負に負けて尚、背後から不意打ちを掛けるなど言語道断!」
自分の首に寸止め状態の俺の刃を冷や汗を流しながら見ている富樫は動けない。そこに立会人のお侍が来て刀を取り上げ、手慣れた様子で縄を掛けていく。そしてどこかへ引き摺られて行った。
桃姫様の今の気迫。さっきの手合わせの時以上だな。って事は、さっきのはまだまだ本気じゃねえって事か。
「弥五郎殿……」
「ああ、弥五郎でいいですよ。どうせ宿無しの流れ者です」
「そうですか。では弥五郎、不躾な願いで済みませぬが、私に一手ご指南いただけませ――」
ああ、流れ的にはそう来るだろうなって思ってた。強者に感心があるっていう桃姫様だ。俺の勝ちっぷりは強く見えたかも知れないな。いや、富樫が弱いだけなんだけど。でも桃姫様は最後まで言葉を紡ぐ事なく、納刀しようとする瓶割に視線が釘付けになった。
あまりの凝視っぷりに、納刀しようとする俺の手が止まる。
「えっと、俺の太刀が何か?」
「――はっ!?」
桃姫様は呆けている自分に気付き、コホンと咳払いをする。凛とした表情も可愛いくて可愛くて可愛いんだが、ちょっと照れた表情も素晴らしい! ありがとう、俺の瓶割!
「弥五郎、あなたのその太刀は?」
桃姫様の興味が俺ではなく瓶割へと移ったことに若干心の涙を流しながら、俺は太刀を抜き直して彼女に見せつけるようにして言った。
「これは師匠からの餞別です。無銘でしたが、三島神社の爺さんから『瓶割』という銘を頂きました」
他に類を見ない、師匠しか打てないという鋸互の目。それにしばらく見とれていた桃姫様だが、彼女も腰の小太刀を抜いて俺に見せてきた。
「――!!」
これには俺も驚いた。
「どうやらあなたと私の剣は姉妹のようですね。これも何かの縁ですし、あなたに聞きたい事もできました。数日滞在して行きなさい」
桃姫様が翳した刃には、俺と同じ鋸互の目の刃文が浮かんでいた。
0
お気に入りに追加
494
あなたにおすすめの小説
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
高槻鈍牛
月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。
表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。
数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。
そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。
あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、
荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。
京から西国へと通じる玄関口。
高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。
あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと!
「信長の首をとってこい」
酒の上での戯言。
なのにこれを真に受けた青年。
とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。
ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。
何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。
気はやさしくて力持ち。
真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。
いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。
そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。
なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
新説 呂布奉先伝 異伝
元精肉鮮魚店
歴史・時代
三国志を知っている人なら誰もが一度は考える、
『もし、呂布が良い人だったら』
そんな三国志演義をベースにした、独自解釈込みの
三国志演義です。
三国志を読んだ事が無い人も、興味はあるけどと思っている人も、
触れてみて下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる