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壱
32 救世主伝説
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地底世界『レト・ローラ』に於ける、地上人に関わる伝説。
レト・ローラ数千年の有史以来、人類は世界的な災厄により、滅亡の危機に瀕した事が何度かあった。
時に、国同士の大規模な戦争。
時に、魔物の大量発生。
時に、天災の頻発や疫病の猛威。
そうした時に、必ずと言っていいほど地上からの「迷い人」現れた。
迷い人はある能力に秀でており、ある者は『治』の力で戦乱を収め、復興に尽力した。またある者は『武』の力で魔物を蹂躙した。そしてある者は『知』の力で疫病を根絶し、人々に癒しをもたらした――
杏子はマーリに今までの経緯を話した。
地上で大きな地震に見舞われ、その結果出来た地割れに飲み込まれた事。そして目覚めた時は遺跡のような場所の回廊におり、ゴブリンに襲われ必死で逃げた事。
「そこで偶然コンタと出会った。そして生き延びる為にコンタに助けを求めた」
「まぁ……」
「そして、何とか遺跡を脱出して振り返ってみると、そこに遺跡は存在していなかった。遺跡を出た瞬間に違う場所へ転移させられたのだと思ってる」
杏子の言葉に嘘はない。しかし聞く側の受け取り方によっては、『危険な場所でいかにも運命的な出会いをした』、というドラマティックな印象を持ってしまう。いや、それも嘘ではない。しかし、それが実は学校のクラスメイトで、毎日顔を合わせている間柄だったとしたらどうだろうか?
(あの遺跡の中で初めてコミュニケーションをとったのだから、セーフ)
杏子の基準ではそうらしい。
(運命的な出会いをした私の方が、マーリより一歩リード。くふふ)
そんな腹黒い事も若干考えていたりする。
「それにしても……この事は公にしない方がいいかもしれませんね」
「なぜ?」
内心、優位に立ってニヨニヨしていた杏子に対し、マーリは非常に厳しい表情だ。
「過去に、地上人や迷い人と呼ばれる存在が現れた時、それは例外なく世界が乱れた時でした。そしてそれを収めたのがコンタやキョーコのように地上から来た人たち――救世主です。ならば、近々この世界に混乱が訪れ、それを収めるのがコンタとキョーコであるという事。これが知られれば国家間で二人の奪い合いとなるかもしれません」
そんな大それた事を話し出すマーリに、杏子は慌てて否定した。
「待って! コンタも私も普通の学生だった。そんな世界を救うとか、とんでもない事を仕出かす才覚はない」
普段は無表情な杏子が、珍しく焦った表情を見せた事に一瞬驚いたマーリだったが、すぐに穏やかな顔になる。
「盗賊討伐。そしてソドー城での私達の救出劇。すでに非凡な実績をあげているではありませんか?」
マーリとすれば、只者ではないとは思っていた二人が、地上から来た救世主だと聞いて、ひどく納得できる話だった。しかし杏子の方はそうはいかない。
「あれは私達自身の力じゃない! 私もコンタも、あの遺跡の中で手に入れたアーティファクトの力を使っているだけ!」
それでもマーリの表情は変わらず穏やかなままだった。そして、やや取り乱しているように見える杏子へ優しく告げた。
「現在まで伝わっているお話によれば、救世主達も、他とは隔絶した性能のアーティファクトを駆使していたそうです。しかもそのアーティファクトは誰でも使えるものではないというではありませんか。それを使いこなしているキョーコもコンタも、救世主としての資格を有していると思いますよ?」
「でもっ!――」
マーリは、自分の話を聞いて尚、否定しようとする杏子を遮って続ける。
「まあ、だからと言って世界を救うという義務を背負う必要もないとは思いますが」
「えっ!?」
「この地底世界に降り掛かってきた災厄は、ここにに生きる者達で解決すべきだと思うのです。キョーコにもコンタにも、この世界を救うとか、そんな責任はありませんよね? 私がここでのお話を黙ってさえいれば、あなた方二人はちょっと変わった、ちょっと常識が欠如しているハンターに過ぎないのですから」
「あぅ……」
(この流れはマズい!)
杏子は内心そう思った。信頼のおけるマーリになら話しても構わないと思った自分達の秘密。しかしそれはこの世界を揺るがしかねない、超がいくつも付くほどの重大な事件だった。そして今、自分とコンタはマーリにその秘密を握られてしまったのである。
マーリに限って、自分達を売るような真似はしないとは思っているが、何かのきっかけで脅されたりしたら自分はマーリには逆らえない。いや、自分の事だけならばいいのだ。これは同時にコンタをも巻き込んでしまう。それだけはどうしても避けたい。
(はあ……下手を打っちゃったなぁ。ごめんなさい、コンタ……)
杏子は考えるほどにしょぼくれていく。そんな彼女を見かねたマーリは慌てて杏子の両手を握った。
「大丈夫! 微力ながら私がキョーコとコンタを守りますから!」
ふんす! と鼻息を荒くして杏子を見つめるマーリ。
それを見た杏子は少しだけズレた事を考えていた。
(やっぱり、ここって地底世界だったんだ……)
レト・ローラ数千年の有史以来、人類は世界的な災厄により、滅亡の危機に瀕した事が何度かあった。
時に、国同士の大規模な戦争。
時に、魔物の大量発生。
時に、天災の頻発や疫病の猛威。
そうした時に、必ずと言っていいほど地上からの「迷い人」現れた。
迷い人はある能力に秀でており、ある者は『治』の力で戦乱を収め、復興に尽力した。またある者は『武』の力で魔物を蹂躙した。そしてある者は『知』の力で疫病を根絶し、人々に癒しをもたらした――
杏子はマーリに今までの経緯を話した。
地上で大きな地震に見舞われ、その結果出来た地割れに飲み込まれた事。そして目覚めた時は遺跡のような場所の回廊におり、ゴブリンに襲われ必死で逃げた事。
「そこで偶然コンタと出会った。そして生き延びる為にコンタに助けを求めた」
「まぁ……」
「そして、何とか遺跡を脱出して振り返ってみると、そこに遺跡は存在していなかった。遺跡を出た瞬間に違う場所へ転移させられたのだと思ってる」
杏子の言葉に嘘はない。しかし聞く側の受け取り方によっては、『危険な場所でいかにも運命的な出会いをした』、というドラマティックな印象を持ってしまう。いや、それも嘘ではない。しかし、それが実は学校のクラスメイトで、毎日顔を合わせている間柄だったとしたらどうだろうか?
(あの遺跡の中で初めてコミュニケーションをとったのだから、セーフ)
杏子の基準ではそうらしい。
(運命的な出会いをした私の方が、マーリより一歩リード。くふふ)
そんな腹黒い事も若干考えていたりする。
「それにしても……この事は公にしない方がいいかもしれませんね」
「なぜ?」
内心、優位に立ってニヨニヨしていた杏子に対し、マーリは非常に厳しい表情だ。
「過去に、地上人や迷い人と呼ばれる存在が現れた時、それは例外なく世界が乱れた時でした。そしてそれを収めたのがコンタやキョーコのように地上から来た人たち――救世主です。ならば、近々この世界に混乱が訪れ、それを収めるのがコンタとキョーコであるという事。これが知られれば国家間で二人の奪い合いとなるかもしれません」
そんな大それた事を話し出すマーリに、杏子は慌てて否定した。
「待って! コンタも私も普通の学生だった。そんな世界を救うとか、とんでもない事を仕出かす才覚はない」
普段は無表情な杏子が、珍しく焦った表情を見せた事に一瞬驚いたマーリだったが、すぐに穏やかな顔になる。
「盗賊討伐。そしてソドー城での私達の救出劇。すでに非凡な実績をあげているではありませんか?」
マーリとすれば、只者ではないとは思っていた二人が、地上から来た救世主だと聞いて、ひどく納得できる話だった。しかし杏子の方はそうはいかない。
「あれは私達自身の力じゃない! 私もコンタも、あの遺跡の中で手に入れたアーティファクトの力を使っているだけ!」
それでもマーリの表情は変わらず穏やかなままだった。そして、やや取り乱しているように見える杏子へ優しく告げた。
「現在まで伝わっているお話によれば、救世主達も、他とは隔絶した性能のアーティファクトを駆使していたそうです。しかもそのアーティファクトは誰でも使えるものではないというではありませんか。それを使いこなしているキョーコもコンタも、救世主としての資格を有していると思いますよ?」
「でもっ!――」
マーリは、自分の話を聞いて尚、否定しようとする杏子を遮って続ける。
「まあ、だからと言って世界を救うという義務を背負う必要もないとは思いますが」
「えっ!?」
「この地底世界に降り掛かってきた災厄は、ここにに生きる者達で解決すべきだと思うのです。キョーコにもコンタにも、この世界を救うとか、そんな責任はありませんよね? 私がここでのお話を黙ってさえいれば、あなた方二人はちょっと変わった、ちょっと常識が欠如しているハンターに過ぎないのですから」
「あぅ……」
(この流れはマズい!)
杏子は内心そう思った。信頼のおけるマーリになら話しても構わないと思った自分達の秘密。しかしそれはこの世界を揺るがしかねない、超がいくつも付くほどの重大な事件だった。そして今、自分とコンタはマーリにその秘密を握られてしまったのである。
マーリに限って、自分達を売るような真似はしないとは思っているが、何かのきっかけで脅されたりしたら自分はマーリには逆らえない。いや、自分の事だけならばいいのだ。これは同時にコンタをも巻き込んでしまう。それだけはどうしても避けたい。
(はあ……下手を打っちゃったなぁ。ごめんなさい、コンタ……)
杏子は考えるほどにしょぼくれていく。そんな彼女を見かねたマーリは慌てて杏子の両手を握った。
「大丈夫! 微力ながら私がキョーコとコンタを守りますから!」
ふんす! と鼻息を荒くして杏子を見つめるマーリ。
それを見た杏子は少しだけズレた事を考えていた。
(やっぱり、ここって地底世界だったんだ……)
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