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15.報酬もらって宿へいく

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 レト・ローラ伝聞

 ーーレト・ローラ八大王国ーー
 地底世界レト・ローラには古き血筋の八つの王国が存在する。

 かつてレト・ローラには八人の賢者がいた。
 八人の賢者はレト・ローラ全土を平和に治める為に、それぞれが王となり国を興した。以降賢者の血脈が王を継ぎ、王は国の名前をそのまま名乗るのが慣例となっており、代替わりの際に襲名することで現在に至る。
 しかしながら、建国の祖たる八大賢者の名はどこの国でも失伝しており、賢者の名を知る者は誰一人としていない。
 レト・ローラには三つの大きな大陸がある。そのうち最も小さな大陸であるアヴァロン大陸は、大陸そのものが一つの王国の領地となっている。その名もアヴァロン王国。
 そしてこの地に飛ばされたコンタと杏子が辿り着いたのがソドーの街。アヴァロン王国内陸部に位置しており、アヴァロン王都の衛星都市として発展を遂げた街であった。

「結構大きい街なんだな」
「ん」

 ソドーの街に到着したコンタ達は、高さ五メートルほどの石造りの城壁に囲まれた街を見て感心していた。地上世界でも大陸では比較的よく見られる、街そのものを城壁で囲むタイプの造りをしているが、日本では殆ど見られないため、コンタと杏子はちょっとした海外旅行で観光している気分に浸っていた。
 街に入るには手続きが必要だったのだが、二人はトップハムの護衛という事でほぼフリーパスで街に入ることができた。

「本来は身分証明とか結構面倒なんだよ、初顔はね。でもトップハムさんって、実は結構顔が利くんだよね」

 パーシーの説明によれば、コンタと杏子がすんなり街に入れたのはトップハムのお陰らしい。
 そのトップハムと言えば、ジェームズと一緒に警備隊の詰め所へ盗賊の引き渡しに行っている。コンタ、杏子、パーシーは馬車で留守番だ。

「この規模の街で顔が利くって事は、トップハムさんってそれなりに街の名士って奴だろ? それがなんでまた荷馬車一台でちんまり行商なんてやってるんだ?」

 コンタが疑問を抱く。街の中でも影響力があるなら何も危険を冒してまで行商に出る必要はないのではないか。

「ああ、それね。僕も直接聞いた訳じゃないんだけど、若かりし日々の苦労を忘れないようにって事らしいよ? 詳しい事は直接聞いてみたらいいよ」
「そう。トップハムさん立派」

 大金を手にしてダメになる人間とそうではない人間。少なくともトップハムは後者らしい事は確かなようだ。杏子も感心したようだった。

「やあ、みんな待たせたね。手続きが終わったよ。済まないが、報酬を支払うので私の商会まで来てもらえるかな?」

 丁度その時、警備隊の詰め所からトップハムとジェームズが出てきた。断る理由もないしフォレストウルフの商談もあるのでコンタも杏子も同行する。
 路面は石畳で舗装され、路肩には排水溝もある。街並みは近世ヨーロッパに近く、街全体が同一のコンセプトで設計されているかのような一体感がある。
 その分どの建物も似通ったデザインである為、慣れるまでは迷子になりそうだ。オレンジや黄色が多く配色されている建物のおかげで街全体も明るい雰囲気であり、街を行き交う人々にも活気がある。

「健康な街」

 杏子はソドーの街をそう評した。コンタも聞いた事がある話だが、中世あたりはどの都市も衛生状態が悪く悪臭が漂っていたらしい。しかしソドーの街はそのような事はなかった。下水道や浄化設備などは高いレベルなのかも知れない。

「ま、科学の代わりに魔法が発達してたらそう不便はねえのかもな」

 これが街を見たコンタの感想だった。
 一頻りパーシーと雑談を交わしていたコンタ達だが、何気ない会話の中にもこのレト・ローラの情報は多く含まれていた。
 自分達が地上から来たとは言わない。言ってはいけない気がする。だからこそ馬鹿正直に聞けない事もある。そういったものは会話の中から情報を抽出していく。

 一日の時間。
 通貨価値。
 街のルール。
 生活必需品を揃える為の店、等々。
 雑談を交わしながら移動する事三十分程、トップハムの商会の建物があった。
 どうやらここは商業区と呼ばれているエリアのようで、多くの店舗や露店が立ち並ぶ。その中でも一際大きな建物がトップハム商会で、この商業区には商会傘下の商店も多くあるらしい。
 商会へ入り二階へ移動する。通された部屋はちょっとした応接間のようだった。トップハムに促されて質の良いソファに掛けると、早速トップハムが革袋をいくつかテーブルに並べていく。

「まずはジェームズ、パーシー。護衛の依頼、完遂だ。ご苦労だったね。また機会があれば頼むよ」

 そう言って、革袋をジェームズとパーシーにそれぞれ渡す。

「「ありがとうございます」」
「そしてこっちが盗賊の捕縛報酬です。連中、かなりの常習犯でしてね。手配されていたようで報酬も高額だったのです」

 トップハムは革袋を三つ、コンタと杏子に渡そうとしてきた。

「今回の報酬は全部で三百万リョウだったよ。革袋一つで百万リョウ入ってるはずだ」
「む? 全額私達に来るのはおかしい」

 ジェームズの補足説明に杏子が反応した。
 確かにコンタが時間を稼ぎ、杏子の魔法で盗賊たちを無力化したのは間違いない。しかし、捕縛するにあたってはトップハムもジェームズもパーシーも労働力を提供しているのである。杏子としては全額受け取るのは納得がいかなかった。

「まあそう言われるだろうとは思ってたんだけどね! でも貰っておきなよ? コンタもキョーコもこれから色々と出費が嵩むよ?」
「そうですな。パーシーの言う通りです。それに今回の事はコンタさんとキョーコさんのお陰で命を拾ったようなものですからな。逆に謝礼をさせていただきたいくらいです」
「そうそう。僕達も弱いつもりはないけど、あの人数で寝込みを襲われたら無傷ではいられなかったよ。だからこれは初めから二人に渡そうって決めてたんだ」

 三人にそう言われると、何だか受け取らないのが逆に不遜に思えて来た二人。

「すまない。じゃあこれは有難く貰っておきます」

 三百万リョウ。ソドーの一般的な宿屋の相場が一泊二食付きで三千リョウだという。単純計算でコンタと杏子が二人で五百日寝泊まり出来る訳である。大金だった。

「それじゃあ僕達はこれで契約終了だ。お暇させてもらおうかな。トップハムさん、またご贔屓に」
「コンタもキョーコも頑張ってね! 何かあったら、鋼の道程アイアン・ウェイってギルドを訪ねて来なよ! 相談にのるからさ! じゃあね!」

 そう言って、ジェームズとパーシーは明るく挨拶して商会を出て行った。

「ハガネのドーテー?」
「杏子……それ、お前が思ってるのと絶対違うからな?」

 ジェームズとパーシーの二人が帰った後、商会の作業用の倉庫に移動して、フォレストウルフの査定をしてもらっていたコンタと杏子。

「商会長、査定終了しました。どれも状態が良いので高査定ですね。肉の方も新鮮で問題ありません」

 査定をしていた従業員の男が、トップハムに査定結果を記した紙を持ってきて内訳を説明していた。野営地で出した一頭分が三万リョウくらいだと言っていた気がするので、肉込みで二十五万リョウくらいかな、などとぼんやり考えていた二人。そこへトップハムが明細を持って来る。

「この値段で如何でしょう?」

 明細に目を通す二人。

「はあ!?」

 提示された金額に驚くコンタ。一方の杏子は、(この世界の文字、普通に読めるし)などと別方向に驚いていたりする。

「む、安すぎましたかな?」
「いやいやいやいや! 逆っすよ! 想定の倍以上なんすけど?」

 ちょっと言葉遣いが乱れる程には冷静さを欠いてしまったコンタ。

 明細に書かれていた金額は六十五万リョウ。一際巨大な群れのリーダーが、超高査定だったらしい。

「なんか、すみませんね……お世話になっちゃって」
「いえいえ! 商会長の恩人は私達の恩人でもありますから! お気になさらず!」

 フォレストウルフの商談を終え、取り敢えずの生活用品を揃える買い物をする為街に出ることを伝えると、トップハムはハロルドという、二十代後半くらいの男を案内に付けてくれた。
 このハロルドという男の案内で入った店は例外なく格安で売ってくれている。トップハム商会傘下の店を案内しているのだろうが、ハロルドも商会の中ではそれなりのポジションにいるようだ。

「後は……宿を教えてもらっていいですか? できれば飯が美味くて風呂があるところが希望なんですけど」

 一通りのものを買い揃えた二人は、宿を予約してゆっくりと休みたかった。地震、地割れ、遺跡での冒険劇、森での戦闘、盗賊捕縛、野営と、実のところかなり疲労していた。

「はい、それはもちろんご案内致します。ですがお二方はハンター協会へ登録なさるのでは?」
「あー、それ、明日以降にする。今日は疲れた」
「そうでございますか。差し出がましいようですがひとつ忠告させていただきます。ハンター協会へ赴かれる時は、多少なりともハンターらしい恰好をしていく事をお勧めいたします。素人丸出しの恰好ではいらぬトラブルに巻き込まれる可能性がございますので」

 コンタの方は今一つピンと来ていなかったが、ファンタジー小説などではお約束のアレの事かと杏子の方は分かったようだ。

「ハンターらしい恰好ね。分かったよ、ありがとう。そっちの方はまた後日いい店を教えてくれるとありがたい」
「もちろんでございます。それでは宿の方にご案内致しましょう」

 二人はハロルドの案内で、一軒の宿屋へと入っていった。

「一人部屋をふたt「二人部屋を一つ」
「な!?」

 二階建てのこじんまりとした宿屋で、名前を『霧の淑女亭』といった。
 ハロルドの話では、宿代は標準的だがとにかく飯が美味いらしい。夫に先立たれた女将と娘が二人で切り盛りしていて、その女将の料理が絶品らしいのだ。
 女将は三十代半ば、二人の娘はまだ十代前半。女将狙いの客でそれなりに繁盛しているという。女将は歳よりかなり若く見えるのだろうか?
 ともあれ、中に入り部屋の予約を入れようとした二人。シングル二部屋を予約しようとしたコンタを遮り、ぐいぐい押して行くのは杏子だ。
 どう見ても二十代半ばにしか見えない美人女将は、ニヤリとして二人に視線を移す。

「ダブルでいい?」
「ん、それd「いやいやいや! せめてツインで!」
「ちっ……ヘタレが。まあいいや。ツインだと一泊五千リョウ、朝夕二人分食事が出るよ! 外食してもいいけど、料金はそのままだけどいいかい? 部屋に風呂があるけど自由に使って構わないから。どうする?」

 ちょっと毒づいた女将だが、持ち前のテンポの良い話術ですいすいと説明を続けていく。

「じゃあツインを十泊で」
「それなら五万五千にまけとくよ! 前金大丈夫かい?」
「……ちょっと待て。なんで一泊分増えてるんだよ」
「ちっ……算術が達者だね。やるじゃないか。なら四万八千だ」

 女の細腕一本で娘を二人育てていくのには、このくらいの強かさが必要なのだろうかと思いながら、コンタは金貨を五枚手渡した。この女将のやる事には何故か嫌味がない。ハナから騙し取るつもりは無かったんだろうとコンタは思う。

「五万でいい。その代わり飯は飛び切り美味いのを頼むよ」
「……お兄さん、気風のいい男はモテるよ? さ、この台帳に二人の名前書いとくれ。食事は期待してていいからね!ア タシは女将のリナ! あと娘のラナとルナってのがいるからよろしく!」

 女将がリナで娘がラナとルナ。紛らわしいなと思いながら台帳に名前を書く二人。

「へえ、コンタとキョーコか。これ、鍵ね。外出する時はアタシか娘たちに預けてくれればいいよ。それじゃあごゆっくり!」

 二人は二階へ上がり部屋に入ると、制服から先程買い込んだ普段着へと着替えた。杏子の着替え中はコンタは廊下に自主避難。
 コンタの着替え中、杏子はベッドで寝た振りをしていた。何もしてこないコンタに内心毒づいていたが。
 やがて二人は、眠気に抗えずにそれぞれのベッドで眠りに落ちるのだった。

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