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12.マーリ

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「……キョーコ! 今のは空間収納魔法かい!?」

 ストレージリングから取り出した……つまり他の人間から見れば、突然フォレストウルフが出現したように見える。今ジェームズが食いついて来た反応を見れば、この手の能力が希少である事が分かる。

「コンタ……」

 ただし杏子の方はジェームズの勢いにビクビクしてしまい、コンタの後ろに隠れてしまった。

「あー、済まない。空間収納魔法の使い手は非常に珍しいんだ。ついつい興奮してしまったよ」
「そうなのか? 俺も使えるから、そんなに珍しいモンだとは思わなかったんだ。驚かせちまって悪いな」

 それほど効果を期待した訳ではなかったが、今のコンタの発言はミスリードだ。『一般常識に欠けた二人』をより印象付けて、何かおかしい事をやらかしても【この二人だから仕方がない】で済まそうという狙いだ。

「なんと……コンタさんまで?」

 トップハムが唖然とし、パーシーは口をあんぐりさせて硬直している。

「ですがコンタさん、キョーコさん、忠告しておきます」

 だが気を取り直したトップハムは真面目な顔になり、小声で諭すように二人に言った。

「その魔法は信頼できる者の前以外では使わぬ事です。いらぬトラブルに巻き込まれますよ? ハッキリ言って、誘拐してまでも欲しい能力ですから」
「そうだね。ここでやってしまった事は仕方がないけど、今後は気を付ける事だ」

 ジェームズも、昼間は見せなかった厳しい表情で警告してきた。

「ああ、肝に命じておくよ。杏子も、な?」
「ん。気を付ける」

 こっそりとコンタの背中から顔だけ出して杏子も反省している事を告げる。しかし杏子も実のところストレージリングを使った際の周囲の反応を見たいという思いがあった。それが少々予想以上だったのである。

「ねえコンタ、それ、食べていいって事かなぁ?」

 今まで硬直していたパーシーが雰囲気を変えるように話しかけて来た。

「ああ、そのつもりだよ。俺達はただ世話になってるだけだし、何か恩返しをしたいと思ってたからな。ただ、解体の仕方が分からなかったから、死体を丸ごと収納して来たんだよ」
「なるほどね~、ね、ジェームズ、解体手伝ってよ!」
「ああ、いいよ。コンタにキョーコ。どうだい? 君達も憶えてみるかい?」
「そうだな、教えてくれるか? 杏子もやるか?」
「ん! やる!」

 こうしてトップハムを含めた五人は、野営としては思いも掛けない豪華な夕食にありつける事になった。適当な木の枝に肉の塊を突き刺し焚火で炙る。ただそれだけなのだが、肉汁の焼ける匂いが食欲を刺激する。味付けは塩と胡椒だけ。ファンタジーにありがちな、スパイスが高級品という設定は無いらしい。

「んまーい! 野営で保存食以外を食べられるなんて、キョーコサマサマだね!」
「ああ、街の料理屋で食うと普通の肉なんだけど、こういう所で食べると一味違うなぁ」

 パーシーとジェームズは、貪るように肉を消費していった。杏子もはむはむと啄むように食べている。コンタはそれを見て(小動物みたいで可愛いな)と思ったのだが、口に出すと杏子が迫って来そうなので止めておく。

「ところでコンタさん、キョーコさん。そのフォレストウルフの毛皮なんですが……私に買い取らせてくれませんか?」

 タイミングを見計らっていたのか、会話がひと段落したところでトップハムが商人らしい提案をしてきた。

「随分状態がいいようです。かなりの剣の腕前とお見受けしますが」

 コンタは杏子に視線で問う。(どうする?)と。実際回収したのは杏子だ。杏子が魔法で仕留めたものは使い物にならない程に損傷していたらしいので、後でどこかに捨てると言っていたが、状態の良いものはまだ七~八体あるはずだ。

「進呈する。お礼。状態がいいのはまぐれ」

 杏子が答えた。

(お前がまぐれ言うな!)

 そんな思いを込めてコンタが杏子の頭にチョップを落とす。

「ふぐっ!」
「しかし……あれだけで二万から三万リョウの価値はありますよ?」
「構わない。ただ、あと八体あるからそっちは買い取って欲しい。ちなみに解体前」
「なるほど、ではソドーに着いたら商談と参りましょうか」
「ん」

 思わぬところで金策に目途がついて、杏子は上機嫌になったらしい。再びいい具合に焼けた肉を啄み始める。
 するとそこに隣のグループ、恐らく貴族令嬢なのだろう。上品な少女と護衛らしき女騎士、そして青年騎士が二人こちらのコンタ達が囲む焚火に歩み寄って来た。
 警戒度マックスのジェームズとパーシー。商人らしく柔和な表情を崩さないトップハム。コンタと杏子は貴族グループが立ち上がった時点でアナライザーゴグルで解析を始めている。
 杏子がビクリ! と反応する。コンタは大丈夫、落ち着け、と杏子の頭をわしわし撫でた。それで杏子の緊張は解けたようだ。

「食事中に失礼する。私はとある貴族に仕える騎士でデイジーという。済まぬがその肉を幾らか分けては頂けぬだろうか? ああ、当然対価は支払わせて頂くが?」
「ん、構わない。好きなだけ持っていくといい」

 話しかけて来たのは女騎士。金髪ロングの髪をゆったりした三つ編みにして一本にまとめている。身長は170センチくらいはありそうなスレンダーな美女だ。

「おい! 貴様! 騎士に向かってその口の利き方はなんだ!」

 杏子の対応が気に入らなかったのか、後ろの青年騎士の一人が気色ばむ。

(騎士っていうのは一応貴族扱いになるんだよ。最底辺の一代限りだけどね)

 そうパーシーが耳打ちして教えてくれた。

「お止めなさい」

 意外にも、いきり立った騎士を制したのは彼らの主人であろう少女だった。青い長髪はストレート、意思の強そうな瞳。上等な革装備に腰には細剣。だがこの少女にはドレスの方が似合うだろう。実際この少女には上等な革装備も細剣も馴染んだ感じはしない。

「皆様、申し訳ありません。わたくしはマーリと申します。訳あって家名は明かせませんが、ご容赦願います。恥ずかしながら、漂ってくるお肉が焼ける匂いに我慢出来なくなってしまいまして……後ろの護衛の者達も粗食が続いたせいか気が立っていたようでございます。何卒ご容赦願います」

 下腹部のあたりで両手を重ねて丁寧に腰を折るマーリ。コンタも杏子も今までこんなに優雅な礼を見た事がなかった。マーリという少女の美しさと相まって、その礼をする仕草そのものが芸術品のように思える。

「あー、マーリ様? こっちは気にしてないんでお好きなだけどうぞ。あ、良かったら一緒にどうです?」
「ふふふっ。面白いお方ですね。折角ですのでお言葉に甘えさせて頂きましょう」

 軽い冗談のつもりで誘ったコンタだったが、マーリが思いの外フランクな対応をしてくるので逆に呆気に取られてしまう。お付きの女騎士のデイジーは苦笑い、後ろの青年騎士は明らかに不満顔、そして先程エキサイトした騎士は苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「お嬢様。このような平民達と……」
「あら、それなら貴方は向こうで干し肉を齧っていなさいな。私達はこちらで豪華なディナーと洒落込みますので」
「……いえ、お嬢様の護衛任務を放棄する訳には参りません。甚だ不本意ではありますがご一緒させていただきます」
「初めからそう素直になれば良いのです」
「……は」

 何と言うか、人の扱いに慣れている。
 いつの間にか彼女のペースで、彼女がこの場の主役になっている、そんな印象を持ったコンタ達。同世代の杏子は感心していたようだがコンタの評価は違った。

(天然でこれなら問題ねえけどさ……多分計算ずくだよな。油断できねえ)
 
 一悶着あったが、コンタ達五人とマーリ一行の四人が焚火を囲んで肉にかぶり付く。美味いものを食えば人間機嫌が良くなるものだ。先程はギスギスしていた青年騎士達も徐々に態度が軟化してきている。

「同じ肉を同じ様に食べているのになぜ……」

 マーリの肉を食べる姿があまりにも上品で、自分との違いに愕然とする杏子。正直、コンタにも掛ける言葉が見つからない。

「先程は失礼した。どうにも慣れない旅で気が立っていたようだ。俺はゴードン。そしてこいつがヘンリーだ」

 喧嘩腰だった騎士はゴードンと名乗った。そのゴードンの謝罪で幾分雰囲気が打ち解けた感じを受ける。そのタイミングでコンタが動いた。

「なあ、みんな済まないが近くに寄ってくれ。大事な話がある。ちょっと大きな声では話せない」

 コンタの真剣な表情を見てみんなが近くに寄る。コソコソ話しても十分聞こえる距離だ。

「あっちのヤローばかりの二つのグループ、何か心当たりはあるか? そうだな……恨まれるとかそんな感じの」

 それに答えたのはマーリ。

「我々のような貴族は、誰しも多かれ少なかれ政敵というというものは存在しますが……彼らに直接思い当たる節はございません」

 そしてトップハム。

「私も彼らには見覚えはありませんな。それに人に恨まれるような商売はしてこなかったつもりです」
「ふむ……杏子、お前もあいつらの事、赤く・・視えたんだろ?」
「ん!」

 実は、コンタと杏子がアナライザーゴグルでマーリ達を解析しようとした際、すぐ近くに赤い反応が二十個ほど見えていたのだ。よって、コンタも杏子も連中の事は敵認定している。だが襲われる理由が分からなかった。

「ねえコンタ。どういう事?」

 肉を食べた後、やや打ち解けた女騎士のデイジーが聞いてくる。

「ああ、あの二組、襲われる心当たりが無いってんなら、恐らく賊の類だ。俺は悪意には敏感なんだよ」

 コンタの一言で一同に緊張が走った。

「いや、しかしコンタ。確証もないんだろう?」
「そうだな。確かに確証はねえ。ただ、確証がねえからって殺されるのは勘弁だ。俺を信用出来ないってんなら、俺と杏子はここでオサラバだ」

 ジェームズの問いに答えたコンタの言葉は、何故か一定の説得力を持って皆に受け入れられる。

「大人数でここにいるメリットを捨てて別行動をとると?……狙いは君達以外という事か?」

 今度はヘンリーがコンタと杏子に聞いた。しかしそれに答えたのはパーシーだった。

「いや、普通に考えたら、こんな積荷もないような商人と、豪華な馬車に貴族令嬢、どっちが獲物として美味しいかなんて考えるまでもないでしょ?」
「ふむ……確かにな」
「そこで提案なんだが……マーリ様、こちらと合流して野営しませんか?」

 そこでコンタがマーリに献策する。

「一晩警戒を緩めないで、結果何も起こらなければそれでよし、もし奴らが賊であれば俺達の戦力は集中させた方が守りやすいかと」
「……そうですね。ではそうしましょうか。ゴードン、ヘンリー、デイジー。済みませんが向こうを片付けてこちらに準備をし直して下さいな」

 マーリはコンタの案にあっさりと乗ってきた。盗賊というのが事実であれば、敵は二十人だ。戦力差を埋める為にはパーシーとジェームズの戦力を利用しようと考えたのだろう。しかしそれはコンタも同様だった。騎士が三人という戦力は是非とも取り込みたい。

「よろしいのですか?」

 デイジーがマーリに確認をする。

「もちろんです。コンタとキョーコという、収納魔法の使い手とよしみを通じる良い機会ではありませんか」

 なんとも、隠そうともしない下心を……いや、隠そうとしていない時点で下心とは言えないのかもしれないが、本心をあっさり暴露するマーリに一同苦笑する。
 しかしコンタと杏子はそんなマーリを好ましいと思った。腹に一物を抱えて接触してくるなら警戒対象だが、すっかり毒気を抜かれてしまった感じだった。
 やがて馬車に野営道具一式を積んで移動してきた三人の騎士達。さっそく野営の準備に取り掛かるようだ。

「お嬢様。我らがこちらに移動するさまを連中は面白くなさそうに見ていました。あからさまに舌打ちする者までいましたね。コンタの言う通りかも知れません」

 デイジーがそっとマーリに告げてきた。そしてマーリが悪戯を思い付いたような笑顔でコンタに話しかけてくる。

「聞いた通りです。さて、私達を巻き込むからにはちゃんと守っていただけるのでしょうね?」

 パチリとウインクしながらの挑発。清楚で上品なお嬢様かと思っていたが小悪魔な表情も使いこなすらしい。

「マーリ様を守るのは騎士の仕事ですよ。俺達は頑張って自分を守ります。それに巻き込まれたはどっちでしょうね?」
「コンタ。このお嬢は手強い。自分の魅力を分かってて使いこなす」

 コンタの動じない返しと、杏子のある意味正しい自分への評価にマーリはため息をつく。

「まったく……手強いのはどちらでしょうね」
「それ程でもない」
「いや、杏子、今のは褒めてねえからな?」

 コンタと杏子の地底世界での初めての夜は、貴族と盗賊に囲まれた奇妙な夜だった。
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