上 下
11 / 76

11.地底世界の常識を盗め

しおりを挟む
「……という訳で、やっと街道まで出てこれたんですよ」
「この森で……よく無事に出られたものですな。まあ、心身共にお疲れでしょう。こんな荷車で良ければ乗って行きなさい」

 街道に出た二人は、程なくして行商人の馬車と出くわした。馬車とは言っても人が乗るような馬車ではなく、完全に荷物運び用のものであり、行商人であるトップハムという中年男が御者をしていた。
 それに護衛と思しき男が二人。この世界の情報収集の為、と彼らに声を掛けたのは杏子であった。
 自分達は駆け落ちして逃げてるうちに森に入り込み迷ってしまい、何日も彷徨って漸く街道まで出て来た、そういう設定にしていた。
 ちなみに設定を考えたのは杏子であり、それを行商人に話すのはコンタの役目だった。行商人を呼び止めたのは杏子だが、いざ話す段になって急にコミュ障を発症させたのだ。
 食料や水は、獣を狩ったり湖の水で何とかした事にして、暗にそこそこの武力を持ち合わせている事を匂わせておく。その方が商人に同行させてもらいやすいと睨んだ杏子の案だ。
 言うまでもなく、杏子のファンタジー物のテンプレ知識とかいう奴である。
 トップハムから聞いた話では、街道と言えども絶対安全という訳ではないらしく、腕に覚えのない商人や旅人が、魔物や獣に襲われたり盗賊に襲われたりするのは日常的にあるらしい。なので、護衛を雇うのは常識だそうだ。その常識に疎いコンタと杏子を、良い所の坊ちゃんお嬢ちゃんとだろうと誤解したトップハムは、杏子の目論見通りに色々と教えてくれた。
 ともあれ、行商の帰りという事で幸いにも荷馬車は殆ど空であった為、コンタと杏子は荷馬車に乗り込む事ができた。

「僕達はこの先にある『ソドー』いう街でハンターをしているんだ。この先と言っても半日くらい掛かるから、今夜は野営になるかなぁ。あ! 僕はパーシーって言うんだ。よろしくね!」

 二人の護衛の内の一人、年のころは15~6くらいだろうか? 人懐っこそうな笑顔で話しけてくる。緑色の短髪が印象的だ。

「ああ。俺はコンタ。こっちは杏子だ。街まで世話になる。よろしく頼むよ」

 コンタも自己紹介をし、二人はパーシーと握手を交わした。
 握手をしながらも、二人はパーシーを観察している。主に服装である。二人は学校の制服の上にマントを羽織っており、現状ではそれほど違和感はないが、今後の為にはこの世界の一般的なファッションというものも研究しておかなければ悪目立ちするだろう。
 麻のチュニックに革のブレストアーマー。その上に革のジャケット。パンツも革で出来ている。ショートブーツも革。手の甲に鉄の補強が入った革のグローブ。
 護衛という、戦闘が前提である事が理由なのか、丈夫な皮革製がメインのようだ。そして今は荷車に置いているが、短弓と矢筒。腰にはショートソード。ふむふむ、とインプットしていく二人。髪の色に合わせているのか、チュニックも緑に染められている。

「おいおいパーシー。可愛い女の子が乗ってきたからって、仕事をサボっちゃダメだよ?」

 もう一人の護衛。三人掛けの御者席で商人の隣に座っている。赤い髪をナチュラルに流した、中々整った容姿をしている青年だ。歳は20代前半くらいに見える。

「酷いなぁ! ちゃんと警戒してるって! あ、彼はジェームズっていうんだ。結構腕の立つ剣士なんだよ!」
「ははは! 僕なんてまだまださ。ジェームズだよ。よろしく、コンタ、キョーコ」

 このジェームズという男も人当りが良い。パーシーといいジェームズといい、荒事に向いているようには見えない。
 そういえば、パーシーは『ハンターをやっている』と言っていた。ハンターとは何だろうか、という疑問が浮かんでくる。文字通りのハンターならば所謂狩人という職種のはずだ。狩人が行商人の護衛などするのだろうか?

「なあ、パーシー。ハンターっていうのはどんな職業なんだ?」

 コンタはパーシーに聞いてみた。どうも杏子はコミュ障を発症したらしく、教室で見かけた暗くて大人しい少女になってしまっている。
 コンタの質問を受けたパーシーは『えっ!? ハンターを知らないの?』とかなり驚いていたが、親切に教えてくれた。パーシーのリアクションを見る限り、かなりメジャーな職業らしい。

「ハンターっていうのは、正式にはトレジャーハンターの事だね。遺跡を探検してお宝を発掘したり、遺跡に出る魔物を倒して魔石を回収して売り払ったりして生計を立てている人たちの事だよ。まあ、実際に遺跡に入って稼げる人達なんて一握りしかいなくってさ。殆どのハンターはこうして護衛の仕事を請け負ったり、その辺にいる魔物を駆除したり、そうだね……時には傭兵なんかもするかな」
「冒険者…」

 杏子が何やら呟いた。コンタにはピンと来なかったが、杏子の琴線に触れるものがあったのだろうか?

「仕事を斡旋してくれる組織があったり?」

 急にテンションが上がったように見える杏子にパーシーはちょっと引き気味だが、それでもやっぱり親切に教えてくれる彼は本当にいいやつだ。コンタは感心した。

「え、えーと、ああ。ハンター協会の事だね。そのハンター協会に行けば、何かしら仕事を斡旋してもらう事はできるよ。ただ、ハンター登録をしなくちゃいけないけどね。登録する事でハンター協会員になれば、ランクに応じた仕事を斡旋してもらえるよ」
「ふむふむ」
「ただ、ハンターとして名前が売れてくると、仲間を集めて自分達の組織を作る人もいるね。その組織をギルドって言うんだけど、ギルドの評判が上がってくると、協会を通さずに直接仕事の依頼を持ってくる人も出てくるんだ。その方が協会に仲介手数料を取られないから双方にメリットがあるね。ただ、ギルドを設立出来るようなハンターは一握りさ」

(異世界ものの定番は、冒険者ギルドに登録してパーティ組んで……メンバーが増えればクラン設立……こっちの世界は冒険者→ハンター、ギルド→協会、クラン→ギルドかぁ。ややこしや)

「ハンターには誰でもなれるのか?」
「うん、登録手数料さえ支払えばね」
「いくら?」
「一人1000リョウ」
「「………」」

 この世界の物価が分からない二人は、この金額をどう評価したらよいのか分からなかった。ストレージリングの中身を出せば足りる事は足りる。だがその後はほぼ文無しになってしまう。

「なあ、ゴブリンの魔石っていくらで売れるんだ?」

 残る手段は戦利品の売却である。ゴブリンの魔石とフォレストウルフの死骸しかないが。

「そうだね……相場は変動するけど一個500リョウくらいかな? もしハンター登録して協会で依頼を受ければそれにプラスして討伐手当が貰えるけど……お金、無かったりするの?」
「いや、登録するくらいなら大丈夫なんだ。ただ、食事や宿の分がな……」
「そっかぁ……屋台で一品食べても200~300リョウするし、宿も一泊3000リョウはするもんなぁ」

 駆け落ち設定を信じているパーシーは、二人の所持金が心もとない事をまあ当然か、と思っているし、根が善良なので親身になって考えてくれているのがコンタと杏子にも伝わる。
 ただ、今のパーシーの話で通貨単位がリョウ、1リョウイコール1円でほぼ間違いなさそうだと杏子は確信した。これなら二人でハンター登録をして魔石を売却すれば一泊くらいの宿代ならなんとかなりそうだ。食事は最悪無限補給の水と携帯食がある。ゴブリンの魔石は二十五個。

「うん、なんとかいけそう」

 杏子が呟くとパーシーがにっこり笑って言った。

「大丈夫そうなら良かった。ソドーの街に着いたらいろいろと案内してあげるよ!」
「ああ、ありがとう」

 こうして二人は、パーシー、ジェームズからこの世界の一般常識をそれとなく聞き出しながら馬車に揺られていた。
 道中、魔物などに襲われる事なく野営に適したポイントに到着する。街道を旅する人達が野営する地形というのは傾向があるようで、水場が近く比較的平坦であることが必須条件だろうか。そうなると場所は限られてくる為、何度も同じ場所を野営地として使う事も多くなるし他の旅人とかち合う事も多い。

「今夜はここで野営します。明朝出立すれば、昼前にはソドーの街に着きますよ」

 トップハムに野営と言われてコンタと杏子は空を見上げる。中天には太陽らしきものが輝いている。

(なんかさ、すっげえ違和感なんだけどさ。何だろな?)
(んー……太陽、ずっと動いてない?)

 二人はこっそりと会話していたが、トップハムは何か勘違いしたらしく説明してくれた。

「ああ、まだ明るいのに野営の話が出るのが不思議ですか。野営というものは準備に時間が掛かりましてね。石を積み上げ竈を作ったり、薪になるようなものを集めたり、テントを張ったり水を汲んできたり……ああ、今日は竈が空いてますね」

 ここで野営した旅人が作った竈がいくつかあった。こうして作られた竈は他の旅人たちの共有財産みたいなものだという。今日はトップハムの一行以外に、三組の旅人達がこの場で野営するようだった。話し終えたトップハムは他の野営組に挨拶しに行くらしい。

「やっぱりここって地底世界なんだな。いくら何でも太陽がずっと真上ってのはなぁ‥…」
「ん。これで改めて覚悟が決まった。この世界でコンタと添い遂げる」
「……添い遂げるってお前、覚悟決めすぎだろ」
「?」

 いきなり数段階飛び越した覚悟を見せる杏子にちょっと呆れたコンタだったが、ちょうどそこにジェームズから声が掛かった。

「おーい、君達、ちょっと手伝ってくれないか?」

 ジェームズに呼ばれて野営の準備を手伝っていた二人が空を見上げ、太陽の位置はそのままに光量だけが弱まっていくのに気付いたのは二時間ほど経った頃だった。

 野営地ではそれぞれのグループに別れて焚火を囲んで食事をとっていた。
 野菜と干し肉を煮込んだ簡素なスープと、日持ちするように固く焼いた乾パンのようなもの。みんながそれをスープに浸して食べているのを見て、コンタも杏子も真似して食べる。
 辺りは既に暗くなっていた。驚いた事に、この世界の太陽は終日中天に留まったまま、やがて光が弱まっていく事で夜になる。そして光が消えると同時に中天のその天体(?)は月の光を発する。こういった昼夜の切り替わりはコンタと杏子にはどうしても自然なものとは思えず、人為的なものを感じた。

(そんな事を考えてもしゃーないな。これが普通だってんなら受け入れるしかないだろ)

 コンタは深く考える事を放棄して周囲を見渡す事にした。
 自分達の他には三つのグループ。どこも同じように焚火を囲んで同じようなものを食べているようだ。隣のグループは十代半ば程の少女と、騎士らしい金属鎧を着た男が二人、それと同じような鎧を着こんだ女が一人。こちらは二十歳程だろうか。少女も上品そうだしどこかの貴族の令嬢かとコンタは思う。
 あとの二つのグループは男ばかりで、身なりはハンター風だ。年齢も少年から中年まで幅広いが、雰囲気は一言で言えば粗野だ。もっと言えばガラが悪い。
 その二つのグループは、表面上関わりのない別々のグループのようにも見える。しかし、構成する人種は同じに見える。それにチラチラと貴族令嬢のグループを伺っている気がする。
 コンタはその二つのグループを観察しながらも、スープを木製の匙で掬いながら、ふと思い付いた事をトップハムに聞いてみた。

「トップハムさん。フォレストウルフの肉って食えます?」

 食事を振舞ってもらっているのだし、このスープと乾パンもどきにも不服がある訳ではない。でももう一品増やせるのならそれに越した事はない。幸いにも杏子のストレージには十頭ほどのフォレストウルフが収納されている。

「ええ。それ程高級な肉という訳ではありませんが、食用として流通してますよ。庶民の食卓の味方と言った所でしょうか」

 それならば、とコンタが杏子に目配せすると、杏子はひとつ頷いてストレージリングからフォレストウルフを一体取り出した。

「は!?」
「え…?」
「っ!?」

 その瞬間、野営地全体が静まり返った。
 
しおりを挟む
感想 82

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...