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壱
11.地底世界の常識を盗め
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「……という訳で、やっと街道まで出てこれたんですよ」
「この森で……よく無事に出られたものですな。まあ、心身共にお疲れでしょう。こんな荷車で良ければ乗って行きなさい」
街道に出た二人は、程なくして行商人の馬車と出くわした。馬車とは言っても人が乗るような馬車ではなく、完全に荷物運び用のものであり、行商人であるトップハムという中年男が御者をしていた。
それに護衛と思しき男が二人。この世界の情報収集の為、と彼らに声を掛けたのは杏子であった。
自分達は駆け落ちして逃げてるうちに森に入り込み迷ってしまい、何日も彷徨って漸く街道まで出て来た、そういう設定にしていた。
ちなみに設定を考えたのは杏子であり、それを行商人に話すのはコンタの役目だった。行商人を呼び止めたのは杏子だが、いざ話す段になって急にコミュ障を発症させたのだ。
食料や水は、獣を狩ったり湖の水で何とかした事にして、暗にそこそこの武力を持ち合わせている事を匂わせておく。その方が商人に同行させてもらいやすいと睨んだ杏子の案だ。
言うまでもなく、杏子のファンタジー物のテンプレ知識とかいう奴である。
トップハムから聞いた話では、街道と言えども絶対安全という訳ではないらしく、腕に覚えのない商人や旅人が、魔物や獣に襲われたり盗賊に襲われたりするのは日常的にあるらしい。なので、護衛を雇うのは常識だそうだ。その常識に疎いコンタと杏子を、良い所の坊ちゃんお嬢ちゃんとだろうと誤解したトップハムは、杏子の目論見通りに色々と教えてくれた。
ともあれ、行商の帰りという事で幸いにも荷馬車は殆ど空であった為、コンタと杏子は荷馬車に乗り込む事ができた。
「僕達はこの先にある『ソドー』いう街でハンターをしているんだ。この先と言っても半日くらい掛かるから、今夜は野営になるかなぁ。あ! 僕はパーシーって言うんだ。よろしくね!」
二人の護衛の内の一人、年のころは15~6くらいだろうか? 人懐っこそうな笑顔で話しけてくる。緑色の短髪が印象的だ。
「ああ。俺はコンタ。こっちは杏子だ。街まで世話になる。よろしく頼むよ」
コンタも自己紹介をし、二人はパーシーと握手を交わした。
握手をしながらも、二人はパーシーを観察している。主に服装である。二人は学校の制服の上にマントを羽織っており、現状ではそれほど違和感はないが、今後の為にはこの世界の一般的なファッションというものも研究しておかなければ悪目立ちするだろう。
麻のチュニックに革のブレストアーマー。その上に革のジャケット。パンツも革で出来ている。ショートブーツも革。手の甲に鉄の補強が入った革のグローブ。
護衛という、戦闘が前提である事が理由なのか、丈夫な皮革製がメインのようだ。そして今は荷車に置いているが、短弓と矢筒。腰にはショートソード。ふむふむ、とインプットしていく二人。髪の色に合わせているのか、チュニックも緑に染められている。
「おいおいパーシー。可愛い女の子が乗ってきたからって、仕事をサボっちゃダメだよ?」
もう一人の護衛。三人掛けの御者席で商人の隣に座っている。赤い髪をナチュラルに流した、中々整った容姿をしている青年だ。歳は20代前半くらいに見える。
「酷いなぁ! ちゃんと警戒してるって! あ、彼はジェームズっていうんだ。結構腕の立つ剣士なんだよ!」
「ははは! 僕なんてまだまださ。ジェームズだよ。よろしく、コンタ、キョーコ」
このジェームズという男も人当りが良い。パーシーといいジェームズといい、荒事に向いているようには見えない。
そういえば、パーシーは『ハンターをやっている』と言っていた。ハンターとは何だろうか、という疑問が浮かんでくる。文字通りのハンターならば所謂狩人という職種のはずだ。狩人が行商人の護衛などするのだろうか?
「なあ、パーシー。ハンターっていうのはどんな職業なんだ?」
コンタはパーシーに聞いてみた。どうも杏子はコミュ障を発症したらしく、教室で見かけた暗くて大人しい少女になってしまっている。
コンタの質問を受けたパーシーは『えっ!? ハンターを知らないの?』とかなり驚いていたが、親切に教えてくれた。パーシーのリアクションを見る限り、かなりメジャーな職業らしい。
「ハンターっていうのは、正式にはトレジャーハンターの事だね。遺跡を探検してお宝を発掘したり、遺跡に出る魔物を倒して魔石を回収して売り払ったりして生計を立てている人たちの事だよ。まあ、実際に遺跡に入って稼げる人達なんて一握りしかいなくってさ。殆どのハンターはこうして護衛の仕事を請け負ったり、その辺にいる魔物を駆除したり、そうだね……時には傭兵なんかもするかな」
「冒険者…」
杏子が何やら呟いた。コンタにはピンと来なかったが、杏子の琴線に触れるものがあったのだろうか?
「仕事を斡旋してくれる組織があったり?」
急にテンションが上がったように見える杏子にパーシーはちょっと引き気味だが、それでもやっぱり親切に教えてくれる彼は本当にいいやつだ。コンタは感心した。
「え、えーと、ああ。ハンター協会の事だね。そのハンター協会に行けば、何かしら仕事を斡旋してもらう事はできるよ。ただ、ハンター登録をしなくちゃいけないけどね。登録する事でハンター協会員になれば、ランクに応じた仕事を斡旋してもらえるよ」
「ふむふむ」
「ただ、ハンターとして名前が売れてくると、仲間を集めて自分達の組織を作る人もいるね。その組織をギルドって言うんだけど、ギルドの評判が上がってくると、協会を通さずに直接仕事の依頼を持ってくる人も出てくるんだ。その方が協会に仲介手数料を取られないから双方にメリットがあるね。ただ、ギルドを設立出来るようなハンターは一握りさ」
(異世界ものの定番は、冒険者ギルドに登録してパーティ組んで……メンバーが増えればクラン設立……こっちの世界は冒険者→ハンター、ギルド→協会、クラン→ギルドかぁ。ややこしや)
「ハンターには誰でもなれるのか?」
「うん、登録手数料さえ支払えばね」
「いくら?」
「一人1000リョウ」
「「………」」
この世界の物価が分からない二人は、この金額をどう評価したらよいのか分からなかった。ストレージリングの中身を出せば足りる事は足りる。だがその後はほぼ文無しになってしまう。
「なあ、ゴブリンの魔石っていくらで売れるんだ?」
残る手段は戦利品の売却である。ゴブリンの魔石とフォレストウルフの死骸しかないが。
「そうだね……相場は変動するけど一個500リョウくらいかな? もしハンター登録して協会で依頼を受ければそれにプラスして討伐手当が貰えるけど……お金、無かったりするの?」
「いや、登録するくらいなら大丈夫なんだ。ただ、食事や宿の分がな……」
「そっかぁ……屋台で一品食べても200~300リョウするし、宿も一泊3000リョウはするもんなぁ」
駆け落ち設定を信じているパーシーは、二人の所持金が心もとない事をまあ当然か、と思っているし、根が善良なので親身になって考えてくれているのがコンタと杏子にも伝わる。
ただ、今のパーシーの話で通貨単位がリョウ、1リョウイコール1円でほぼ間違いなさそうだと杏子は確信した。これなら二人でハンター登録をして魔石を売却すれば一泊くらいの宿代ならなんとかなりそうだ。食事は最悪無限補給の水と携帯食がある。ゴブリンの魔石は二十五個。
「うん、なんとかいけそう」
杏子が呟くとパーシーがにっこり笑って言った。
「大丈夫そうなら良かった。ソドーの街に着いたらいろいろと案内してあげるよ!」
「ああ、ありがとう」
こうして二人は、パーシー、ジェームズからこの世界の一般常識をそれとなく聞き出しながら馬車に揺られていた。
道中、魔物などに襲われる事なく野営に適したポイントに到着する。街道を旅する人達が野営する地形というのは傾向があるようで、水場が近く比較的平坦であることが必須条件だろうか。そうなると場所は限られてくる為、何度も同じ場所を野営地として使う事も多くなるし他の旅人とかち合う事も多い。
「今夜はここで野営します。明朝出立すれば、昼前にはソドーの街に着きますよ」
トップハムに野営と言われてコンタと杏子は空を見上げる。中天には太陽らしきものが輝いている。
(なんかさ、すっげえ違和感なんだけどさ。何だろな?)
(んー……太陽、ずっと動いてない?)
二人はこっそりと会話していたが、トップハムは何か勘違いしたらしく説明してくれた。
「ああ、まだ明るいのに野営の話が出るのが不思議ですか。野営というものは準備に時間が掛かりましてね。石を積み上げ竈を作ったり、薪になるようなものを集めたり、テントを張ったり水を汲んできたり……ああ、今日は竈が空いてますね」
ここで野営した旅人が作った竈がいくつかあった。こうして作られた竈は他の旅人たちの共有財産みたいなものだという。今日はトップハムの一行以外に、三組の旅人達がこの場で野営するようだった。話し終えたトップハムは他の野営組に挨拶しに行くらしい。
「やっぱりここって地底世界なんだな。いくら何でも太陽がずっと真上ってのはなぁ‥…」
「ん。これで改めて覚悟が決まった。この世界でコンタと添い遂げる」
「……添い遂げるってお前、覚悟決めすぎだろ」
「?」
いきなり数段階飛び越した覚悟を見せる杏子にちょっと呆れたコンタだったが、ちょうどそこにジェームズから声が掛かった。
「おーい、君達、ちょっと手伝ってくれないか?」
ジェームズに呼ばれて野営の準備を手伝っていた二人が空を見上げ、太陽の位置はそのままに光量だけが弱まっていくのに気付いたのは二時間ほど経った頃だった。
野営地ではそれぞれのグループに別れて焚火を囲んで食事をとっていた。
野菜と干し肉を煮込んだ簡素なスープと、日持ちするように固く焼いた乾パンのようなもの。みんながそれをスープに浸して食べているのを見て、コンタも杏子も真似して食べる。
辺りは既に暗くなっていた。驚いた事に、この世界の太陽は終日中天に留まったまま、やがて光が弱まっていく事で夜になる。そして光が消えると同時に中天のその天体(?)は月の光を発する。こういった昼夜の切り替わりはコンタと杏子にはどうしても自然なものとは思えず、人為的なものを感じた。
(そんな事を考えてもしゃーないな。これが普通だってんなら受け入れるしかないだろ)
コンタは深く考える事を放棄して周囲を見渡す事にした。
自分達の他には三つのグループ。どこも同じように焚火を囲んで同じようなものを食べているようだ。隣のグループは十代半ば程の少女と、騎士らしい金属鎧を着た男が二人、それと同じような鎧を着こんだ女が一人。こちらは二十歳程だろうか。少女も上品そうだしどこかの貴族の令嬢かとコンタは思う。
あとの二つのグループは男ばかりで、身なりはハンター風だ。年齢も少年から中年まで幅広いが、雰囲気は一言で言えば粗野だ。もっと言えばガラが悪い。
その二つのグループは、表面上関わりのない別々のグループのようにも見える。しかし、構成する人種は同じに見える。それにチラチラと貴族令嬢のグループを伺っている気がする。
コンタはその二つのグループを観察しながらも、スープを木製の匙で掬いながら、ふと思い付いた事をトップハムに聞いてみた。
「トップハムさん。フォレストウルフの肉って食えます?」
食事を振舞ってもらっているのだし、このスープと乾パンもどきにも不服がある訳ではない。でももう一品増やせるのならそれに越した事はない。幸いにも杏子のストレージには十頭ほどのフォレストウルフが収納されている。
「ええ。それ程高級な肉という訳ではありませんが、食用として流通してますよ。庶民の食卓の味方と言った所でしょうか」
それならば、とコンタが杏子に目配せすると、杏子はひとつ頷いてストレージリングからフォレストウルフを一体取り出した。
「は!?」
「え…?」
「っ!?」
その瞬間、野営地全体が静まり返った。
「この森で……よく無事に出られたものですな。まあ、心身共にお疲れでしょう。こんな荷車で良ければ乗って行きなさい」
街道に出た二人は、程なくして行商人の馬車と出くわした。馬車とは言っても人が乗るような馬車ではなく、完全に荷物運び用のものであり、行商人であるトップハムという中年男が御者をしていた。
それに護衛と思しき男が二人。この世界の情報収集の為、と彼らに声を掛けたのは杏子であった。
自分達は駆け落ちして逃げてるうちに森に入り込み迷ってしまい、何日も彷徨って漸く街道まで出て来た、そういう設定にしていた。
ちなみに設定を考えたのは杏子であり、それを行商人に話すのはコンタの役目だった。行商人を呼び止めたのは杏子だが、いざ話す段になって急にコミュ障を発症させたのだ。
食料や水は、獣を狩ったり湖の水で何とかした事にして、暗にそこそこの武力を持ち合わせている事を匂わせておく。その方が商人に同行させてもらいやすいと睨んだ杏子の案だ。
言うまでもなく、杏子のファンタジー物のテンプレ知識とかいう奴である。
トップハムから聞いた話では、街道と言えども絶対安全という訳ではないらしく、腕に覚えのない商人や旅人が、魔物や獣に襲われたり盗賊に襲われたりするのは日常的にあるらしい。なので、護衛を雇うのは常識だそうだ。その常識に疎いコンタと杏子を、良い所の坊ちゃんお嬢ちゃんとだろうと誤解したトップハムは、杏子の目論見通りに色々と教えてくれた。
ともあれ、行商の帰りという事で幸いにも荷馬車は殆ど空であった為、コンタと杏子は荷馬車に乗り込む事ができた。
「僕達はこの先にある『ソドー』いう街でハンターをしているんだ。この先と言っても半日くらい掛かるから、今夜は野営になるかなぁ。あ! 僕はパーシーって言うんだ。よろしくね!」
二人の護衛の内の一人、年のころは15~6くらいだろうか? 人懐っこそうな笑顔で話しけてくる。緑色の短髪が印象的だ。
「ああ。俺はコンタ。こっちは杏子だ。街まで世話になる。よろしく頼むよ」
コンタも自己紹介をし、二人はパーシーと握手を交わした。
握手をしながらも、二人はパーシーを観察している。主に服装である。二人は学校の制服の上にマントを羽織っており、現状ではそれほど違和感はないが、今後の為にはこの世界の一般的なファッションというものも研究しておかなければ悪目立ちするだろう。
麻のチュニックに革のブレストアーマー。その上に革のジャケット。パンツも革で出来ている。ショートブーツも革。手の甲に鉄の補強が入った革のグローブ。
護衛という、戦闘が前提である事が理由なのか、丈夫な皮革製がメインのようだ。そして今は荷車に置いているが、短弓と矢筒。腰にはショートソード。ふむふむ、とインプットしていく二人。髪の色に合わせているのか、チュニックも緑に染められている。
「おいおいパーシー。可愛い女の子が乗ってきたからって、仕事をサボっちゃダメだよ?」
もう一人の護衛。三人掛けの御者席で商人の隣に座っている。赤い髪をナチュラルに流した、中々整った容姿をしている青年だ。歳は20代前半くらいに見える。
「酷いなぁ! ちゃんと警戒してるって! あ、彼はジェームズっていうんだ。結構腕の立つ剣士なんだよ!」
「ははは! 僕なんてまだまださ。ジェームズだよ。よろしく、コンタ、キョーコ」
このジェームズという男も人当りが良い。パーシーといいジェームズといい、荒事に向いているようには見えない。
そういえば、パーシーは『ハンターをやっている』と言っていた。ハンターとは何だろうか、という疑問が浮かんでくる。文字通りのハンターならば所謂狩人という職種のはずだ。狩人が行商人の護衛などするのだろうか?
「なあ、パーシー。ハンターっていうのはどんな職業なんだ?」
コンタはパーシーに聞いてみた。どうも杏子はコミュ障を発症したらしく、教室で見かけた暗くて大人しい少女になってしまっている。
コンタの質問を受けたパーシーは『えっ!? ハンターを知らないの?』とかなり驚いていたが、親切に教えてくれた。パーシーのリアクションを見る限り、かなりメジャーな職業らしい。
「ハンターっていうのは、正式にはトレジャーハンターの事だね。遺跡を探検してお宝を発掘したり、遺跡に出る魔物を倒して魔石を回収して売り払ったりして生計を立てている人たちの事だよ。まあ、実際に遺跡に入って稼げる人達なんて一握りしかいなくってさ。殆どのハンターはこうして護衛の仕事を請け負ったり、その辺にいる魔物を駆除したり、そうだね……時には傭兵なんかもするかな」
「冒険者…」
杏子が何やら呟いた。コンタにはピンと来なかったが、杏子の琴線に触れるものがあったのだろうか?
「仕事を斡旋してくれる組織があったり?」
急にテンションが上がったように見える杏子にパーシーはちょっと引き気味だが、それでもやっぱり親切に教えてくれる彼は本当にいいやつだ。コンタは感心した。
「え、えーと、ああ。ハンター協会の事だね。そのハンター協会に行けば、何かしら仕事を斡旋してもらう事はできるよ。ただ、ハンター登録をしなくちゃいけないけどね。登録する事でハンター協会員になれば、ランクに応じた仕事を斡旋してもらえるよ」
「ふむふむ」
「ただ、ハンターとして名前が売れてくると、仲間を集めて自分達の組織を作る人もいるね。その組織をギルドって言うんだけど、ギルドの評判が上がってくると、協会を通さずに直接仕事の依頼を持ってくる人も出てくるんだ。その方が協会に仲介手数料を取られないから双方にメリットがあるね。ただ、ギルドを設立出来るようなハンターは一握りさ」
(異世界ものの定番は、冒険者ギルドに登録してパーティ組んで……メンバーが増えればクラン設立……こっちの世界は冒険者→ハンター、ギルド→協会、クラン→ギルドかぁ。ややこしや)
「ハンターには誰でもなれるのか?」
「うん、登録手数料さえ支払えばね」
「いくら?」
「一人1000リョウ」
「「………」」
この世界の物価が分からない二人は、この金額をどう評価したらよいのか分からなかった。ストレージリングの中身を出せば足りる事は足りる。だがその後はほぼ文無しになってしまう。
「なあ、ゴブリンの魔石っていくらで売れるんだ?」
残る手段は戦利品の売却である。ゴブリンの魔石とフォレストウルフの死骸しかないが。
「そうだね……相場は変動するけど一個500リョウくらいかな? もしハンター登録して協会で依頼を受ければそれにプラスして討伐手当が貰えるけど……お金、無かったりするの?」
「いや、登録するくらいなら大丈夫なんだ。ただ、食事や宿の分がな……」
「そっかぁ……屋台で一品食べても200~300リョウするし、宿も一泊3000リョウはするもんなぁ」
駆け落ち設定を信じているパーシーは、二人の所持金が心もとない事をまあ当然か、と思っているし、根が善良なので親身になって考えてくれているのがコンタと杏子にも伝わる。
ただ、今のパーシーの話で通貨単位がリョウ、1リョウイコール1円でほぼ間違いなさそうだと杏子は確信した。これなら二人でハンター登録をして魔石を売却すれば一泊くらいの宿代ならなんとかなりそうだ。食事は最悪無限補給の水と携帯食がある。ゴブリンの魔石は二十五個。
「うん、なんとかいけそう」
杏子が呟くとパーシーがにっこり笑って言った。
「大丈夫そうなら良かった。ソドーの街に着いたらいろいろと案内してあげるよ!」
「ああ、ありがとう」
こうして二人は、パーシー、ジェームズからこの世界の一般常識をそれとなく聞き出しながら馬車に揺られていた。
道中、魔物などに襲われる事なく野営に適したポイントに到着する。街道を旅する人達が野営する地形というのは傾向があるようで、水場が近く比較的平坦であることが必須条件だろうか。そうなると場所は限られてくる為、何度も同じ場所を野営地として使う事も多くなるし他の旅人とかち合う事も多い。
「今夜はここで野営します。明朝出立すれば、昼前にはソドーの街に着きますよ」
トップハムに野営と言われてコンタと杏子は空を見上げる。中天には太陽らしきものが輝いている。
(なんかさ、すっげえ違和感なんだけどさ。何だろな?)
(んー……太陽、ずっと動いてない?)
二人はこっそりと会話していたが、トップハムは何か勘違いしたらしく説明してくれた。
「ああ、まだ明るいのに野営の話が出るのが不思議ですか。野営というものは準備に時間が掛かりましてね。石を積み上げ竈を作ったり、薪になるようなものを集めたり、テントを張ったり水を汲んできたり……ああ、今日は竈が空いてますね」
ここで野営した旅人が作った竈がいくつかあった。こうして作られた竈は他の旅人たちの共有財産みたいなものだという。今日はトップハムの一行以外に、三組の旅人達がこの場で野営するようだった。話し終えたトップハムは他の野営組に挨拶しに行くらしい。
「やっぱりここって地底世界なんだな。いくら何でも太陽がずっと真上ってのはなぁ‥…」
「ん。これで改めて覚悟が決まった。この世界でコンタと添い遂げる」
「……添い遂げるってお前、覚悟決めすぎだろ」
「?」
いきなり数段階飛び越した覚悟を見せる杏子にちょっと呆れたコンタだったが、ちょうどそこにジェームズから声が掛かった。
「おーい、君達、ちょっと手伝ってくれないか?」
ジェームズに呼ばれて野営の準備を手伝っていた二人が空を見上げ、太陽の位置はそのままに光量だけが弱まっていくのに気付いたのは二時間ほど経った頃だった。
野営地ではそれぞれのグループに別れて焚火を囲んで食事をとっていた。
野菜と干し肉を煮込んだ簡素なスープと、日持ちするように固く焼いた乾パンのようなもの。みんながそれをスープに浸して食べているのを見て、コンタも杏子も真似して食べる。
辺りは既に暗くなっていた。驚いた事に、この世界の太陽は終日中天に留まったまま、やがて光が弱まっていく事で夜になる。そして光が消えると同時に中天のその天体(?)は月の光を発する。こういった昼夜の切り替わりはコンタと杏子にはどうしても自然なものとは思えず、人為的なものを感じた。
(そんな事を考えてもしゃーないな。これが普通だってんなら受け入れるしかないだろ)
コンタは深く考える事を放棄して周囲を見渡す事にした。
自分達の他には三つのグループ。どこも同じように焚火を囲んで同じようなものを食べているようだ。隣のグループは十代半ば程の少女と、騎士らしい金属鎧を着た男が二人、それと同じような鎧を着こんだ女が一人。こちらは二十歳程だろうか。少女も上品そうだしどこかの貴族の令嬢かとコンタは思う。
あとの二つのグループは男ばかりで、身なりはハンター風だ。年齢も少年から中年まで幅広いが、雰囲気は一言で言えば粗野だ。もっと言えばガラが悪い。
その二つのグループは、表面上関わりのない別々のグループのようにも見える。しかし、構成する人種は同じに見える。それにチラチラと貴族令嬢のグループを伺っている気がする。
コンタはその二つのグループを観察しながらも、スープを木製の匙で掬いながら、ふと思い付いた事をトップハムに聞いてみた。
「トップハムさん。フォレストウルフの肉って食えます?」
食事を振舞ってもらっているのだし、このスープと乾パンもどきにも不服がある訳ではない。でももう一品増やせるのならそれに越した事はない。幸いにも杏子のストレージには十頭ほどのフォレストウルフが収納されている。
「ええ。それ程高級な肉という訳ではありませんが、食用として流通してますよ。庶民の食卓の味方と言った所でしょうか」
それならば、とコンタが杏子に目配せすると、杏子はひとつ頷いてストレージリングからフォレストウルフを一体取り出した。
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