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弐
55.宝箱に関する定説
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どうにか氷結魔法を解除してもらったトーマスは放置して、マーリ、デイジー、アニー、クララの四人がパイナポの頭部から刈り取られた毒消し草を回収している。
手早く薬草部分を拾い上げ、四人が杏子のもとへと集まってきた。ストレージリングによる収納能力を待っている杏子に任せようとの判断からだ。
「ん」
杏子は四人から手渡される毒消し草を次々と受け取り、リングの中へと収納していく。
同じリングを装備しているコンタを見て、トーマスが呟いた。
「かぁ~、お前らってホントに便利だよな。ところで、目的のブツは採取できたんだが、もう少し遺跡の探索を進めてもいいか?」
ニヤリとしながらそう口にするトーマスに、コンタはどう答えたものかと思案する。自分としては探索継続に否やはない。むしろ興味の方が強い。
しかし、レベッカの体調を考えると早く帰還したほうがいいのは明白だ。
「ん。レベッカなら問題ない。完治させない程度に治癒魔法かけてある」
そういやそうか、とコンタは頷いた。せっかくの遺跡探索だ。自分達のためのお宝のひとつやふたつ、回収してからでも文句は言われまい。
となると、問題になるのは遺跡強盗に扮した暗殺者たちの処遇である。
「同行してもらえばよいのではないですか? 彼らとて、自分達の食糧その他諸々は準備してきているでしょう。それに、いざとなれば彼らを餌にするなり肉の盾にするなり、何かしら利用価値はあると思いますわよ?」
「おおぅ……」
マーリが冷徹というか、ドライというか。
貴族ならでは思考なのかもしれないが、一片の容赦もない発言に、トーマスが軽く引く。
しかし、杏子は『なるほど!』といった表情だし、コンタも『それはいい案だな』といった顔で感心している。一方、氷結魔法で心を折られている暗殺者たちは、自分達の命の保証が全くされていない事を悟り、絶望に打ちひしがれていた。
「やったね、お兄ちゃん! 今度こそ激レアアーティファクトの入った宝箱、見つけるわよ!」
「そうそう、いつもハズレばっかり引き当てるんだから、バカ兄!」
「俺のせいかよっ!」
やはりハンターの兄妹と言うべきか。遺跡でのお宝さがしが本業であるため、探索の継続決定は嬉しそうだ。
しかしここで、コンタの頭にはひとつの疑問が浮かぶ。
そもそもこの遺跡はそれなりに古くから探索を繰り返されてきたはずであり、実際に周辺には探索者相手の商売をする連中が集まり、集落すら形成されている。それならば、宝箱などすでに漁りつくされているのではないのか?
コンタの脳裏には、フタが開いた空の宝箱があちこちに放置されている情景が浮かぶ。
杏子も同じ疑問が浮かんだのか、トーマス達に質問していた。
「宝箱、まだ、ある?」
言葉が足りない杏子の質問に、少しばかり考えを巡らせたあと、トーマスが答えた。
「あーっと、遺跡の宝箱が取りつくされてもう残ってないんじゃないかって事か?」
「ん」
「ああ、そりゃあな、どういう理屈か知らねえが――」
宝箱は探索者に発見され開かれる。その中身が取り出された、空になった宝箱はその場に残される。しかし、その宝箱を開いた者が遺跡から出る、もしくは遺跡内で死亡した瞬間に空の宝箱は消失し、再び遺跡内のどこかにランダムで配置される。
「ホントかどうかは知らねえ。でもそういうのが定説になってるな。実際、いつ遺跡に入っても、宝箱はちゃんとあるよ」
そんなトーマスの説明を聞いて、一定の説得力があると感じた一行。なにしろ、宝箱が消失した場面を見たものがいない以上、確証を得るのは困難な話ではある。しかし、いまだに宝箱が尽きる事なく発見されるというのであれば、完全に否定できるものでもない。
「あとな、これもどういう訳か、宝箱を開けられるのは、一人一個なんだよ。だから、ハズレを引いたらそこまで。一旦遺跡を出て出直すしかねえ」
これはコンタと杏子には心当たりがある。地底に飲み込まれた先で目覚めた遺跡。そこで見つけた宝箱もそういう仕様だった。
この二人は、遺跡内部で死亡していた人物の身分証明的なものを確保していたため、四つもの宝箱を開くことができたというのが彼らの認識だ。
事実、トカレフの持ち主であったチンピラが開くことができたのは一つだけであり、彼の死亡により彼のアーティファクトは消失してしまった。
惜しむらくは、チンピラの死亡時に、宝箱がどうなったのか確認していなかった事だろう。もしあの時確認していれば、トーマスの言った通説とやらの証明ができたかもしれない。
ここでコンタは悩む。宝箱を複数開ける事ができる裏技の存在を明かすかどうか。
「コンタ。ん」
しかしここで杏子がコンタを見つめて首を横に振った。それは明かさない方がいい、と。
考えてみれば、メリットもあるがデメリットも大きい。下手をすれば、同じパーティのメンバー内で殺し合いすら起こる危険性を孕んでいる。
仲間を殺し、お宝を独り占めする。
人間の欲望には際限がない。昨日まで親友だった人間が、欲望に狂い敵となる。
コンタは裏技の存在を明かすのはやめた。同時に、物欲センサーが稼働しないよう、祈るのだった。
手早く薬草部分を拾い上げ、四人が杏子のもとへと集まってきた。ストレージリングによる収納能力を待っている杏子に任せようとの判断からだ。
「ん」
杏子は四人から手渡される毒消し草を次々と受け取り、リングの中へと収納していく。
同じリングを装備しているコンタを見て、トーマスが呟いた。
「かぁ~、お前らってホントに便利だよな。ところで、目的のブツは採取できたんだが、もう少し遺跡の探索を進めてもいいか?」
ニヤリとしながらそう口にするトーマスに、コンタはどう答えたものかと思案する。自分としては探索継続に否やはない。むしろ興味の方が強い。
しかし、レベッカの体調を考えると早く帰還したほうがいいのは明白だ。
「ん。レベッカなら問題ない。完治させない程度に治癒魔法かけてある」
そういやそうか、とコンタは頷いた。せっかくの遺跡探索だ。自分達のためのお宝のひとつやふたつ、回収してからでも文句は言われまい。
となると、問題になるのは遺跡強盗に扮した暗殺者たちの処遇である。
「同行してもらえばよいのではないですか? 彼らとて、自分達の食糧その他諸々は準備してきているでしょう。それに、いざとなれば彼らを餌にするなり肉の盾にするなり、何かしら利用価値はあると思いますわよ?」
「おおぅ……」
マーリが冷徹というか、ドライというか。
貴族ならでは思考なのかもしれないが、一片の容赦もない発言に、トーマスが軽く引く。
しかし、杏子は『なるほど!』といった表情だし、コンタも『それはいい案だな』といった顔で感心している。一方、氷結魔法で心を折られている暗殺者たちは、自分達の命の保証が全くされていない事を悟り、絶望に打ちひしがれていた。
「やったね、お兄ちゃん! 今度こそ激レアアーティファクトの入った宝箱、見つけるわよ!」
「そうそう、いつもハズレばっかり引き当てるんだから、バカ兄!」
「俺のせいかよっ!」
やはりハンターの兄妹と言うべきか。遺跡でのお宝さがしが本業であるため、探索の継続決定は嬉しそうだ。
しかしここで、コンタの頭にはひとつの疑問が浮かぶ。
そもそもこの遺跡はそれなりに古くから探索を繰り返されてきたはずであり、実際に周辺には探索者相手の商売をする連中が集まり、集落すら形成されている。それならば、宝箱などすでに漁りつくされているのではないのか?
コンタの脳裏には、フタが開いた空の宝箱があちこちに放置されている情景が浮かぶ。
杏子も同じ疑問が浮かんだのか、トーマス達に質問していた。
「宝箱、まだ、ある?」
言葉が足りない杏子の質問に、少しばかり考えを巡らせたあと、トーマスが答えた。
「あーっと、遺跡の宝箱が取りつくされてもう残ってないんじゃないかって事か?」
「ん」
「ああ、そりゃあな、どういう理屈か知らねえが――」
宝箱は探索者に発見され開かれる。その中身が取り出された、空になった宝箱はその場に残される。しかし、その宝箱を開いた者が遺跡から出る、もしくは遺跡内で死亡した瞬間に空の宝箱は消失し、再び遺跡内のどこかにランダムで配置される。
「ホントかどうかは知らねえ。でもそういうのが定説になってるな。実際、いつ遺跡に入っても、宝箱はちゃんとあるよ」
そんなトーマスの説明を聞いて、一定の説得力があると感じた一行。なにしろ、宝箱が消失した場面を見たものがいない以上、確証を得るのは困難な話ではある。しかし、いまだに宝箱が尽きる事なく発見されるというのであれば、完全に否定できるものでもない。
「あとな、これもどういう訳か、宝箱を開けられるのは、一人一個なんだよ。だから、ハズレを引いたらそこまで。一旦遺跡を出て出直すしかねえ」
これはコンタと杏子には心当たりがある。地底に飲み込まれた先で目覚めた遺跡。そこで見つけた宝箱もそういう仕様だった。
この二人は、遺跡内部で死亡していた人物の身分証明的なものを確保していたため、四つもの宝箱を開くことができたというのが彼らの認識だ。
事実、トカレフの持ち主であったチンピラが開くことができたのは一つだけであり、彼の死亡により彼のアーティファクトは消失してしまった。
惜しむらくは、チンピラの死亡時に、宝箱がどうなったのか確認していなかった事だろう。もしあの時確認していれば、トーマスの言った通説とやらの証明ができたかもしれない。
ここでコンタは悩む。宝箱を複数開ける事ができる裏技の存在を明かすかどうか。
「コンタ。ん」
しかしここで杏子がコンタを見つめて首を横に振った。それは明かさない方がいい、と。
考えてみれば、メリットもあるがデメリットも大きい。下手をすれば、同じパーティのメンバー内で殺し合いすら起こる危険性を孕んでいる。
仲間を殺し、お宝を独り占めする。
人間の欲望には際限がない。昨日まで親友だった人間が、欲望に狂い敵となる。
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