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43.杏子の二つ名

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 二台の馬車のうち、後ろを進む荷馬車の方に分乗しているのはトーマス、アニー、クララの兄妹。全方向、どちらを向いても長閑な景色が見える開放的な荷馬車だ。悪天候に備えて幌はあるが、せっかくの好天だ。現在幌は畳まれている。

「のんびり景色を眺めながら、馬車に揺られるだけの仕事だったのによぉ」

 トーマスは、馬車に連なるように歩いている二十余名の男達を見ながら毒づいた。

「愚痴らない愚痴らない。これも仕事のウチでしょ?」
「そうそう。私達より、コンタ君やキョーコちゃんの方が仕事してるんだから」

 兄であるトーマスの愚痴に、双子の妹達が釘を刺す。もっとも、彼等は馬車から後ろに続く男達を眺めているだけで、特に何をしている訳でもないのだが。

「しっかしよ、キョーコも大概デタラメだよなぁ? 普通はこいつら連行するのに、ロープで繋いだり拘束したり、反抗的なヤツを黙らせたり、色々と大変なモンだろ?」

 トーマスが言う事はまさしく一般的には常識である。大人数のならず者を連行するとなると、多大な労力が必要となるのだ。逃走、暴行、反抗。こちらにも危険が及ぶ。
 しかし、凶悪な面構えをした男達は、特に拘束されているでもなく、縛られている訳でもない。完全にフリーな状態だ。しかし、男達は暴れず、騒がず。
 大人しく従っているだけではなく、その表情には諦めと悲哀。完全に心を折られていた。

「まさか、ナニを人質に取って従わせるなんてよ、おっかねえな。ハハハハ! それにしても、魔法使いってのはスゲーよなぁ?」
「もう! お兄ちゃん、そんな下品な事言わないの!」
「そうだよ! それにね、キョーコちゃんと一緒にされたら、他の魔法使いはたまったもんじゃないわ!」

 そんな三人は、杏子がゴロツキ達を従わせる時の台詞を思い出していた。

『今から拘束の魔法を解く。ただし、氷はそのまま。そこが凍ったままで悲惨な目に遭ってもいいヒトは自由に逃げて構わない。ちゃんと街まで大人しく付いてきたら、氷の魔法も解く。私が魔法を解かない限り、氷は永続的にあなた達を苦しめ続けるから言動には気を付けて』

 鋼の道程アイアン・ウェイの腕利き魔法使いであるアニーとクララから見ても、魔法使いとしての杏子は異質だった。
 曰く、属性を選ばずどんな魔法でも発動させるのが異常。
 曰く、発動スピードが異常。
 曰く、魔力保有量が異常。
 
「私達は大きいのを一発撃ったらしばらくは役立たず。だからお兄ちゃんみたいな前衛と一緒にパーティを組まないとやっていけない。でもキョーコちゃんならソロでも多分大丈夫。それくらい異常」

 一撃でゴロツキを半壊させた魔法を放ったクララですらそう言い放つ。

「そうね。属性に囚われないで魔法を撃てるし、魔力も底なし。場所も距離も選ばず戦える魔法使いなんて反則」
 
 更に追加で杏子の色々とおかしい点をアニーが指摘する。

「そういや、コンタも言ってたらしいぜ? 本当に凄いのはキョーコで、自分はキョーコがいなけりゃただの人だって」

 おそらくパーシーかジェームズからのまた聞きであろう。トーマスが、コンタが本音で語っていた事を二人の妹に話して聞かせていたその頃。
 前を走る馬車の中ではコンタが苦渋に満ちた表情をしていた。

(今回の件で、また俺達の噂が広まっちまうんだろうなぁ……)

 杏子は、そのテンションの低さと口数の少なさから、どちらかと言えばコンタの方が目立つ。
 コンタとしては、凄いのは所持しているアーティファクトであり、自分達はただの学生だった事を伝えたい。だが、それが広まってしまえばアーティファクト奪取をもくろむ輩とのトラブルに巻き込まれる可能性が高い。例え、そのアーティファクトが本人達にしか使えないものであったとしてもだ。
 それであれば、むしろ腕利きハンターとして名前を売り出した方が妙な連中に絡まれないのではないか? そうも考えた。しかし、その噂のおかげで今回もこのトラブルである。

「そのようなしかめっ面では、せっかくの整ったお顔が台無しですよ? まあ、何を考えているのかは想像がつきますけれど」

 マーリのその一言で、杏子、デイジー、そしてグラバーの視線までもがコンタに集まった。そしてマーリ自身は意味深な笑みを浮かべながらコンタを諭すように語り始めた。

「今のコンタ達は知名度に比べて実績が知れ渡っていません。いいえ、やらかした事が途方もなさ過ぎて、眉唾物と世間に認識されている。そう言った方が正しいでしょうか」

 それに関しては、コンタをはじめ他の面々もコクコクと頷いて聞いていた。確かに、盗賊団の一斉捕縛、領主の城での大立ち回り。それらを駆け出しハンターがやったと聞いても、信じる者の方が少ないだろう。

「それならば、今回の事も大々的に触れ回り、『この二人に関わるとあぶない』くらいの噂が広まった方がよいのでは?」
「そうだな。特にキョーコの場合は『ポールフリーザー』とかの二つ名を付けて広めれば、バカな男共も自重するのではないか?」

 マーリの方はなるほど、と思わせる発言だったが、デイジーの方は悪ふざけとしか思えない内容だ。しかし、本人はいたって真面目顔である。コンタもそれを聞いてうむ、と頷いた。

「なるほど……竿を凍らせるヤツ・・・・・・か。ぴったりじゃねえか。なあ? きょう――いてっ!」
「ぴったりじゃない」

 デイジーの提案に納得しかけたコンタの脳天に、杏子のチョップが炸裂した。

「その二つ名は酷い」

 しかし街に着いた後、ゴロツキ達の口から、杏子の意思とは無関係に二つ名が広まる事になる。

 『股間氷結姫』

 これが地底世界で杏子に初めて与えられた、名誉ある二つ名であった。
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