上 下
155 / 160
第四章 スクーデリア争乱

生徒達の成長

しおりを挟む
 結局、折角グループ分けしたのにもかかわらず、全員が倒れるまで身体強化した状態で走らされるだけという拷問のような訓練を来る日も来る日も続けた。指導する四人もまさかこんな事になるとは思っていなかったようで、苦笑いだったが。
 尚、デヴィッド教官の蛮行とそれを誅したシンディの事件の後、他の学校や施設に移籍した者もそれなりにいた為、今は在籍する全員が寮生活出来るくらいには部屋に余裕が出来たため、一応全寮制という事になっている。

「さて、これでスパイスとハーブはオッケーだよ!」
「うん、ありがと。じゃあ仕上げちゃいましょ」

 寮の厨房では、マリアンヌとスージィが生徒達の夕食の準備をしていた。人数が多いのでそれほど凝ったものは作らないが、それでも味には自信がある。
 数種類の薬草と調味料を秘伝のレシピでブレンドし、それに魔力を流し込む。これがシンディの料理の秘密だ。味は文句なし。しかも体力、魔力の回復力に上昇補正が付く。マリアンヌやスージィもそのレシピを伝授されていたが、はやりシンディのものには一歩及ばない。それでも、その辺の料理人に負けず劣らずのクオリティだ。
 初日の訓練では不平不満を口にする者もいた。しかし寮に戻り食堂で二人の料理を口にした途端、全員が口を揃えた。

「明日からも頑張る!」

 そしてその訓練も最終日。シンディも戻ってきており、ついでにジルやマンセルまで見学にきていた。

「師匠、今日は師匠に任せても?」

 カールがシンディに訊ねたが、彼女は黙って首を横に振った。それを受けたカールがチューヤに視線を飛ばす。さらにチューヤがそれに頷いた。

「よーし、今日はランニングはなしだ!」

 チューヤの一言に、生徒達からブーイングが起こる。
 あんなものをランニングとは言わない。あれは間違いなくダッシュだ。お前のランニングと俺達のランニングはきっと意味が違う。などなど。

「うるせえな……いいから今日は全力で魔力強化した身体で、どれだけの事が出来るか確かめてみやがれ。俺達四人でお前ら全員を相手してやる」

 現在在籍している養成学校の生徒は約六十人。その人数をたった四人で相手をするというチューヤに、さすがにプライドを傷つけられたようだ。しかも相手は最近まで同じ学び舎で学んでいた同世代の少年少女だ。

「はっはっは、大きく出たねチューヤ。大丈夫かい?」

 シンディが面白そうに笑う。

「問題ねえっす」
「そうかい。それなら、鍛えてやってくれ」

 その言葉を切っ掛けに、チューヤ達はフォーメーションを展開する。
 後衛にスージィ。その前にマリアンヌ。前衛にはチューヤとカール。いずれも訓練用の木剣を手にしている。たいする現役の生徒達も、進路分けされたメンバーがそれぞれ配置についた。
 スージィに教わっていた魔法使い組は後方で固まり、マリアンヌに教わっていた支援組は無秩序に散らばる。各人が得意とするポジションが違うのでそれは仕方がないか。カールが担当していた遊撃組は何チームかに分れてアストレイズの四人を包囲しようとする。チューヤが担当していた前衛組は魔法使い組の前に陣取った。

(ほう?)

 事前打ち合わせもない割に、それぞれが役目を認識して配置につく様子はそれなりに様になっていた。自分達が離れている間に、この学校で学んでいた者達がしっかり成長していた事で少々頬が緩むチューヤ。
 しかし、本番はこれからだ。

「じゃあ、いくぜ!」

 チューヤは真正面から相手の前衛に突っ込んでいく。

「おらおら、まだ身体強化を掛けてねえなんてふざけたヤツはいねえだろうな!」
「盾持ちは前を固めろ! 他はチューヤを囲――なっ!?」
「まあまあだが、まだ甘え!」

 チューヤは盾持ちの頭上を一気に飛び越え、指示を出していた者を直接殴りにいく。なんとか応戦しようとガードしたが、そのまま吹き飛ばされて戦闘不能になった。いきなり指揮官を失った事で、前衛陣は混乱に陥る。そこへ輪をかけて、後衛の魔法使い組からチューヤに対して攻撃魔法が飛んできた。

「こっちはダメダメだな」

 混乱に陥った前衛陣を巻き込む勢いで魔法を放つ後衛部隊に、チューヤは呆れ顔だ。仕方なしに前衛陣を無視する形で後衛の魔法使いに突っ込んでいく。

「アホウかお前らは」

 木剣で纏めて二人を薙ぎ払い、更には魔法陣を浮かべている者の懐に入り込んでは杖を蹴り飛ばして仕込み中の魔法をキャンセルさせていく。こうも接近されてはフレンドリーファイアの恐れがあり、魔法を放つ事ができない。
 魔法使いの後衛部隊は成すすべなく無力化された。

「お前らがまずやるべきことは、接近する前の俺を足止めし、あわよくばダメージを与える事だ。それが前衛と切り結んでいる所に魔法を撃つだなんて、もう一回基礎からやり直しだぞお前ら」

 チューヤ一人に手も足も出なかった前衛陣も後衛部隊も、しゅんとして座り込んでいる。

「でもよ、お前らの身体には大してダメージ入ってないだろ?」

 そう言われて、生徒達は自分達の身体を確認する。

「それが身体強化がアップグレードした効果だ。戦場で命を拾う、大事な鎧だぜ」

 チューヤに痛めつけられる事で、昨日の自分より強くなっている事を思い知らされるという複雑な結果に苦笑いを浮かべる生徒達だった。

 
しおりを挟む

処理中です...