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三章 ギルド

うねり

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「難民たちは国境へ逃げる者と王都へ逃げる者に二分化されているようだが、このミナルディにも流入してくるだろうな」

 衝撃の報告のあと、ジルが続けて語る。魔族と変異種は制圧した都市に居座っており、現在のところは目立った動きはないらしい。逃げ出した人間に対しても追撃を仕掛けるような事も無いようだと言う。

「スクーデリアの王都の喉元を押さえられたってか。軍は何やってんだ? ご自慢の魔法戦士はよ?」

 チューヤが少しイライラしたような口調だ。
 スクーデリアは周辺国を圧倒する軍事大国だ。その国の王都を守るべき衛星都市ならば、それなりに軍備は整えられている。
 それにジルが呆れたような表情で答えた。

「変異種の数はハッキリしていないが、数千と言われている。初めは奮戦していたようだよ、守備隊もね。だが魔族が現れて、魔法を無効化しながら魔法戦士達を次々と片付けていくと、戦意を喪失した守備隊は我先に敗走したそうだ」
「あとはその変異種に蹂躙されたってか」

 苦々しい顔でそう言うチューヤに、ジルは無言で頷いた。そして数枚の紙をテーブルに差し出した。

【ルナ市 魔族襲撃による被害状況】

 その紙にはそんな題目が書かれていた。カールがそれを手に取り読み始める。

「……魔法戦士は全滅、一般兵も戦死者、行方不明者多数。現在生存が確認されている市民は三割程度、か。酷いものだな」

 カールはそれを読み終えて、吐息混じりに紙をテーブルに戻す。

「市民の生存者は王都に逃げた者だけをカウントしたものだろう。実際はもう少し多いと思うがね。それより直接魔族とやり合った君達に聞きたいんだ」

 ジルがアストレイズのメンバーをひとりひとり見ながら言った。

「変異種の大軍を引き連れた魔族。やり合うにはどうしたらいいと思う?」

 やり合えるか? という問いではなく、どうしたら良いか。それはアストレイズだけを矢表には立たせないという意味が込められている。何か魔族に抗する手立てがあるなら戦える者は立ち上がらせる。そんな意思が感じられた。
 こういう話題になると、必然的に視線を集めてしまうのはチューヤだ。何しろ単身で魔族を倒したのは彼しかいない。その彼も、マリアンヌの警告が無ければ今頃生きていたかは分からないが。

「魔族を倒せる強さのヤツがいるって前提で話すぞ?」

 チューヤの言葉に全員が頷く。

「変異種がどれだけ多かろうが、それと互角に戦えるだけの数を揃えるのが一つ。そんで、そいつらと連携して、邪魔が入らない状態で魔族とやり合える状況を作り出すのが一つ」

 それを聞いた一同が難しい表情になる。数を揃えるのは国が動けばどうにかなるが、現状魔族を倒せる技量を持つものがどれだけいるか。そして厄介なのは、魔族の自爆だ。

「あとは奴らの自爆をどうするかだな。纏魔状態の俺が爆発の余波を食らっただけで数日寝込むくらいのダメージだ。普通のヤツなら間違いなく死んじまう」
「それは高性能な防具でどうにかなるレベルかい?」

 そんなジルの質問に、チューヤは少し考え込んだ。

「どうだろな? 纏魔の鎧を通ってダメージが来たってことは、普通の物理ダメージじゃねえと思う。例えば、対魔法防御に特化した防具ならあるいは……だけどな」
「そうか。では次の質問だ。チューヤ君以外で、魔族とやり合えるメンバーはいるかい?」

 続けてきたジルの質問に、メンバーは互いに顔を見合わせる。そして一番初めに口を開いたのはスージィだ。

「あたしは無理ね。魔法が無効化されちゃったら、少し身体強化が出来るだけのただの人だもの」
「そうか。では他はどうだい?」

 続いてマリアンヌが声を上げる。

「例のクロスボウでの狙撃なら、やれるんじゃないかと思うよ! でも接近戦になったら避けるので精いっぱいかな」
「ふむ……」

 そしてカール。彼は神妙な面持ちだ。

「この数か月、自分なりに鍛錬した。魔法に頼りすぎない戦闘をだ。しかし自分ではよく分からない。おい火事頭。貴様から見た私はどうなのだ?」
「この野郎、やっぱり口の利き方がなっちゃいねえ。けどまあいい。テメーの魔法剣術……つったらいいのか? あの戦法ならワンチャンあると思うぜ?」

 チューヤ曰く、魔族は自分に向けられた魔法を無効化しているのであり、そもそも魔法が効かない体質などではないと考えられる。もしそうなら、飛んできた魔法に対して手を翳すなど、いかにも無効化しているかのようなアクションを取る必要はない。
 それを前提とするならば、魔族と同等に動ける身体強化、少なくとも魔族を傷付けられる武器を持った上で接近戦を挑み、ゼロ距離で魔法を撃ち込む。それでダメージが通る可能性がある。

「魔法をまともに受けては危険があるから、無効化しているとも考えられるという事か」
「まあ、可能性があるってだけの話だ。もし根本的に魔法が効かねえなら、武術で圧倒するしかねえ」
「……更に精進が必要という事か」

 決して簡単な事ではない。言外にチューヤがそう言っている事で、全体の雰囲気になる。しかしジルがその空気を引き裂いた。

「防具、そして武器。こちらは商会が全力で手配しよう。君達の働きに期待する」

 いかにも軽い調子でそう言うものだから、一同の表情に笑みが浮かんだ。

 

 
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