上 下
117 / 160
三章 ギルド

獲物の処理

しおりを挟む
「バーサク・シープの襲撃と、盗賊の件の関連性は?」

 もう一つの重要案件である魔族が変異種を操って襲撃してきた件。魔族が何かを企んでの事ならば些かスケールが小さいという感は否めないが、それでも伝説の存在と思われていた魔族が現れた事は大事件だ。
 その魔族が盗賊に情報を流したという事は考えられないか。その点についてスージィが訊ねた。

「それは考えづらいな。奴らはこの村がバーサク・シープの襲撃を受けている事すら知らなかった。魔族の事は尚更だな」

 アンドリューが答え、さらに続けた。

「もうひとつ知らせにゃならん事がある。明日、スコティ村に新しい領主様が到着なさる。で、あんた達のうちの誰か、一連の事件の報告に立ち会ってもらえんかなと思ってな」
「私が行こう」

 カールが即答した。それを聞いてスージィも手を上げる。

「それならあたしも。魔族ヤツと最初に交戦したのはあたしだし」

 アンドリューがカールとスージィの二人が立候補したのを見て、なぜかホッとした表情を見せた。直接魔族と交戦し、それを自爆まで追いつめたのはチューヤだが、何しろ貴族に対する礼儀が伴っていないし見た目通りの粗暴さだ。そして今までの行動からマリアンヌが彼に対して崇拝に近い感情を抱いているのは分かる為、チューヤが行くとなれば彼女も同行するだろう。しかし彼女は見た目がやや幼い。そういった外見で相手を侮る貴族も多い為、この二人がセットで赴くのはなるべく避けたいというのが本音だった。
 その点カールはどこか高貴さを纏っているし外見も洗練されている。それに同行するスージィに至っては、誰もが認める美麗さだ。

「そうか、助かる」

 そんな内心をなるべく出さないように、アンドリューが答えた。

「ちなみに新領主の名前は?」
「ああ、確か……」

 ――スナイデル男爵。ジョージがそう答えた。

「フ、なるほど」

 カールが薄く微笑んだ。
 取り急ぎ、明日の朝一番にカールとスージィがジョージとアンドリューと共にスコティ村に赴く事になり、ミラもそれに同行する事になった。

「んじゃ、俺達は明日ピットアインに戻る」
「うん。じゃあボクも一緒に。ジルさんや師匠に伝える為にもパーソン商会のピットアイン支部に動いてもらわないと」

 ここでアストレイズのメンバーが二手に分かれて行動する事になった。そこで気にかかるのがこのイングラ村の状況だが、その事については村長であるジョージから説明があった。
 破壊された建物や農地などの復旧はだいぶ進んでおり、そろそろ応援に来ている他の村の連中を返しても良さそうだという。ただ、バーサク・シープに連れ去られた羊や荒らされた作物などの被害は大きく、経済的な打撃は深刻だという。

「バーサク・シープの肉や毛皮は売り物になんねえのか?」

 ふと、チューヤがそんな事を訊ねた。
 戦闘で倒したバーサク・シープの数は五十や六十ではきかない程であり、もしもその亡骸から上質の素材が取れるのであれば、資金の足しにはなるだろう。実際、変異種の毛皮などは高値で取引されており、チューヤ達もジルに売却したりもした。
 それを聞いたジョージもアンドリューも、ハッとした表情になった。今までは憎くも恐ろしい敵としか認識していなかったため、獲物としては見ていなかったのである。

「今から村の衆総出で回収してきましょう!」

 そう言ってジョージが部屋を出て行った。

▼△▼

 各々の出発を翌日に控え、アストレイスの四人とミラが夕食のテーブルに着いた。さらには村長のジョージの六人。そこに女性が一人、配膳のために皿を置いていく。そこにはパンと羊のミルクで作ったチーズとサラダ。それに畑から取れた野菜や豆のスープ。村での食事としてはこれが一般的なメニューだ。祝い事などがある時は、羊や鳥などの家畜を〆て肉を振舞うという。

「今日は豪華だな? 何か祝い事か?」
「ハハハ。まあそのようなものですかな。さあ、冷めないうちに召しあがって下さい」

 テーブルにはいつものメニューに加えて更に一皿。何かの肉が乗っている。ソテー、串焼き、スライスした上で野菜と一緒に炒めたものにタレを絡めたものなど。
 料理を皆に勧めた上で、ジョージ自らその肉料理を口に運んだ。

「では、私達も頂こう」

 そう言ってカールがソテーした肉にナイフを入れた。それに続いて他のメンバーも食事を始めた。勿論初めに口にしたのは何かの肉料理。

「「「「「――!!」」」」」

 肉を口に放り込むなり驚きの表情を浮かべる一同。そして咀嚼音が収まった後に浮かべたのは至福の微笑み。

「いかがですかな?」

 ジョージの声色には僅かに得意気な雰囲気が滲んでいる。それも無理はなかった。

「これは、バーサク・シープか」
「ええ、さすがに分かりますか」
「ああ。羊独特のくさみがないので分かりづらいが、この味は羊のものだ。ただ、普通の羊にはこれほどの旨味はないだろう」
「バーサク・シープをどうにか商品化出来ればと思いまして、試行錯誤したのです」

 ジョージが言うように、バーサク・シープを回収、解体して肉や毛皮を売り物になるかどうかを色々試した結果が今出されている料理という訳だ。

「さらに羊毛も驚く程の品質でして。これらを上流階級の方に流せば村の損失に充ててもお釣りが来るでしょう」

 そう言って喜ぶジョージだが、ハッと気付いたように真顔に戻った。

「とは言っても、あれだけの数のバーサク・シープの肉ですから数日で腐ってしまうでしょうし、何よりも倒したのは皆さんですから我々に所有権はありません」

 そんなジョージの言葉に一同はナイフとフォークを持つ手が止まるが、チューヤだけは表情を変えずに串焼き肉に齧り付きながら言った。

「ミラ。契約書に討伐した変異種の扱いについてなんか書いてたっけ?」
「えっと、そうですね……所有権を主張できる、とだけ」

 これはごく普通の文言であり、特に不備もない。傭兵組合でもこれと同じ表現の契約を交わす。

「じゃあ俺は一頭分の肉と羊毛を貰ってくぜ。カール、肉の保存の方は頼むわ」

 チューヤはそう言って如何にも美味そうに食事を続けた。


 
しおりを挟む

処理中です...