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二章 立志

騎士達の受難②

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「ん? ジルさん、どうしたの?」

 後方から歩み寄って来たジルに、マリアンヌがコテンと小首を傾げて不思議そうに問いかけた。ジルも魔法使いと聞いていたため、てっきり後方から魔法を放つものだとばかり思ったからだ。
 
「うっきゃー! マリアンヌ君! 是非ウチの商会へ――いや、ほら冗談だよチューヤ君! マリアンヌ君が余りにも愛くるしかったのでつい、な。だからその、右手を赤く輝かせるのを止めるんだ」
「……で、どうしたんすか? こんな最前列に」

 先程ジルが打ち上げた火球が、敢えて騎士達に居場所を教える為だというのはチューヤとマリアンヌも理解している。それゆえ、間もなくこの場所は戦場になるはずだ。にも拘わらず、魔法使いである筈のジルが前に出張ってくる意味を測りかねるチューヤだった。

「なあに、私も元軍人だからね。軍隊を相手にした時のやり方ってヤツを教えてやろうと思ったのだよ」

 そう言えば、とチューヤは思う。野生の変異種は本能に従って行動する。中には群れを成し、リーダーを中心に組織的に動く者もいるが。先程の賊も、作戦らしきものはあったようだが、所詮は腕っぷしだけの連中だ。戦術などあろうはずもない。
 だが、次に迎え撃つ相手は訓練を受けた騎士なのだ。

「対組織戦のレクチャーって事っすか?」

 そんなチューヤの問いかけに、ジルが黙って頷いた。
 やがて、騎馬の集団が近付く地響きが聞こえてくる。そこで漸くジルが口を開いた。

「組織だっての攻撃ってのは厄介なものでね。こちらの弱い所を突いて来ようとする。だが……」

 騎馬の集団が土煙を上げながら接近してくる。森の木々が邪魔で騎馬が得意とする集団での突進は出来ないが、数騎ずつ散開して包囲するように迫って来るのが見えた。

「チューヤ君。今奴らは散開したね? 何故だと思う?」
「そりゃあ、木が邪魔だからな」
「そうだね。だが、そうするように命じた者がいるから、全員が一斉に同じような行動を取った」
「……なるほど」

 騎馬隊の行動にどのような意味があるのか。チューヤは理由や意図を考えさせられた。

「それに木が邪魔で移動を阻害されるという理由だけではないのだよ」
「?」
「私は敢えて火球を上げた。それによって、奴らはこちらに魔法使いがいる事を把握したはずだ」
「……そうか! 密集している所を範囲魔法攻撃で攻撃される事を防ぐために!」
「そういう事だ。敵の指揮官はそこそこ優秀なようだね」

 ――放て!

 木陰から聞こえる敵の号令。次いで、複数の矢が放たれる風切り音。

「ふん」

 ジルがその音を鼻で笑い、特殊魔法鞭を振るった。
 ジル達三人の周囲の空気が渦を巻く。それは瞬時に旋風となり、迫りくる矢の軌道を逸らす。

「さて、今号令をかけたヤツが敵の指揮官という訳だ。場所は把握出来ているかい? マリアンヌ君」
「あ、はい! あそこの木の陰に」
「了解だ」

 再びジルが特殊魔法鞭を振るった。しかし、今度は横薙ぎに力強く。
 魔法鞭の先端が、物理的に空気を切り裂いたような。
 魔法鞭が切り裂いた軌道の跡だけが真空になった事が見えるような。
 実際に空気が、風がどう動いたかなどは見える事はない。しかし、魔力が伴っていれば話は別だ。見える者には

「ッ!!」

 それが視えたマリアンヌが息を飲む。
 真空が半月型となって、敵の指揮官のいる場所へ飛んでいく。初めて見る、本格的な風系統の攻撃魔法。
 魔力が見えない者でも、風が起こればそこで土が舞い、木の葉が舞い、髪が靡くといった現象から、そこに風があるという事は認識出来る。しかし、この魔法はそれがない。
 ただただ、真空の刃が飛んでいくだけ。
 やがて、木が数本斬り倒されると同時に短い悲鳴が上がった。そこには馬上で上体を斬り落とされた騎兵だった者が四体。それがバランスを崩し次々と落馬していくと、馬たちはいずこかへ走り去っていった。

「……すげえな」
「うん……」

 ジルの一撃に感動した、という面持ちのチューヤに、マリアンヌも凄い物を見た、という顔で同意していた。

「さて、指揮官を失った組織はどうするかな? 今の魔法を見たのなら、賢い者なら撤退するところだけど」

 ジルがそう言ったタイミングで、敵の中で声が上がる。

「隊長! 隊長がやられたぞ!」
「クソッ! 賊共は何をやっているんだ!?」
「構わん! 全員で突撃だ!」

 それを聞いたジルが、ヤレヤレと首を横に振りながら言う。

「どうやら部下達は愚か者だったようだね。仕方がない。迎撃しようか」
「なあジルさん。俺にもいっちょ、風系統魔法ってヤツを喰らわせてくれよ?」
「は!?」

 そんなジルに、好戦的な笑みを浮かべながら信じられない事を宣うチューヤだった。
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