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二章 立志

シンディの願いを成就する者達

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 チューヤ達は、シンディの養成学校でのスタンスがそういう軍人時代に起因するもので、しかも自分達が入学するまで苦渋の日々を送っていた事を知る。
 そしてチューヤ達、いや、正確に言えばチューヤの存在がエリート達のプライドを粉砕し、魔法使い優位の意識を劇的に変えさせた。
 さらに四人がデヴィッドを倒した事で、教官達の意識をも揺らがせた。ここに至って、シンディの願いは成就に向かって一歩踏み出したという訳だ。

「あの時シンディが纏魔てんまによる魔法剣を発動させていた剣がそれだよ、チューヤ君。それを君に譲ったという事は、相当君に感謝しているんだろうな」
「そうか……」

 別感謝する謂れはない。感謝するのはむしろこちらの方だ。それがチューヤの内心だ。しかし、師匠から受け取った剣のはひしひしと感じている。物理的な重みではなく、シンディから託された思いの重さ。

「その剣は、纏魔の使い手が持ってこそ真価を発揮する。私が持つよりもシンディが持つべきだと判断した。そして、彼女もまた君に持たせるべきだと判断したのだろう」

 そう語るジルは、煙管に新しい葉を入れ火を着ける。そして続けた。

「だがね、私が君達に協力したのは、何もシンディの頼みだからって訳じゃない。私個人が、義理を果たさなければならない相手がいるんだ」

 ジルの視線がチューヤに向けられ、カールに移動し、そしてそこで停止する。
 無遠慮ではあるが、真摯でもある眼差し。それをカールは正面から受け止めた。

「私が何か?」
「ああ。君の父上に借りがある。そして間接的にはチューヤ君の両親にもだな」

 逆に、真っ直ぐにジルを見つめ返しながらの質問に答える彼女の言葉に、チューヤとカールは大方の事情を察した。
 チューヤの両親が命を落としたあの撤退戦。その当時、丁度ジルと彼女の父親のキャラバンはスクーデリアにいた。
 紛争が起こると予見したジルの父親は、金儲けの匂いを嗅ぎつけてカールの父親、スナイデル伯爵の領地にいたのだが、そこで撤退戦に巻き込まれてしまう。

「その時、商会を継ぐのが嫌だった私は、ミナルディの傭兵として父の護衛で同行していたんだ」

 襲い来る敵を相手にジル達傭兵も奮戦したが、衆寡敵せず。傭兵達も徐々に数を減らしていき、パーソン商会の主従は最早これまでと覚悟を決めた。
 そこに現れたのが、撤退中のカールの父親の部隊だった。逃げるだけで精一杯だったのにも関わらず、彼等はジル達を逃がす為に奮戦した。

「あの時、伯爵のお陰で私達は九死に一生を得る事が出来たよ。だが、多くの兵が傷付き倒れた」

 そして落ち着いた頃に帰国したジルは、恩返しの為にスクーデリア王国の兵として仕官する事を決意した。もっと正確に言えば、カールの父親、スナイデル伯爵の兵として戦うために。
 しかし既にスナイデル伯爵家は失脚しており、仕官先を失った彼女は王立軍へと入隊した。

「やがて、アイツが入隊してきて、あの戦いが起こった。そしてアイツと同じように、スクーデリアのに失望した私は軍を抜けて、故郷で家業を継いだのさ」

 そう言った後、ジルがカールに向かって頭を下げた。

「スナイデル伯爵……いや、今は男爵だったね。あの方には返しきれない恩があるが、今は陰ながら援助する事しか出来ない。だからせめて、君をミナルディへ招き入れる事でその埋め合わせとさせていただけないだろうか」

 そう言われて困惑したのはカールだ。
 自分が幼い頃の話を持ち出されても実感が湧かないというのもあるが、ジルの理論が通るなら、自分はチューヤにどれほどの借りがあるというのか。

「父は、領主として、貴族としての務めを果たしただけだと思います。貴女が借りに思う事はない。それに私は……」

 カールはそこまで言うと、チラリとチューヤを見る。視線を感じたチューヤはきな臭そうな顔をするが、その表情のままカールへ言った。

「親父やお袋のやった事も、テメエの言った事と同じだろうが。主君を逃がす為に戦っただけだ。テメエが気に病む必要はねえ」

 チューヤの両親もカールの父も、それぞれの立場でやるべき事をやっただけの事。それを指摘されて、カールは悔し気に俯き、拳を握りしめる。

「それでも! 臣下を守るのも主君の役目だろうが! それを果たせなかった父の代わりに、私が貴様を守らねばならんのだ!」

 感情に任せたカールの言葉。今まで事あるごとにチューヤに張り合ってきたカールの本音が堰を切るように溢れ出た。
 チューヤもそれを聞いて目を丸くした。
 カールにそう言った負い目があるのも事実だろう。しかし、彼の対抗心は、どちらかと言えば貴族やエリートとしてのプライドから来るものだと考えていた。

「ハン! 十年早えんだよ」
「ならばここで白黒付けるか?」

 その様子を、ジルが微笑みながら見つめていた。魔法を使える者と使えない者が対等に接する事ができる世の中。その縮図がここにあった。

(シンディ。お前の望んだ世界は、弟子達が成就させるかもしれないね)
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