いや、自由に生きろって言われても。

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西国編

船大工

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 ランとチェロをひた走らせ、俺とライムは日本で言う所の山陰、日本海側の海沿いを進む。途中でゲンの船なんかが居ないかどうかも見ながら走ったんだが視界の範囲にはいなかった。現状、疑いを持たれる事の無いようにゲンも慎重なのかも知れないな。バレちまったら策もなにもあったもんじゃない。

 「立ち寄った村や街も普段通りって感じだったね。」

 ライムの言う通り、ここいらの領主達もチンゼイに派兵はしている筈なのだが自国の防衛戦力は残しているようだ。それ故に、日常通りと言う事か。

 「領主がそれなりに有能なんだろうな。ここまで来るとチンゼイを攻撃している海上戦力が流れてくる事を警戒もしていたんだろうな。だが下手に騒がずに平常時を維持してるんだ。なかなかのもんだよ。」

 そうだね、と頷くライム。となると、本島にいてもこれといって大きな動きは無いかも知れない。チンゼイに向かって急ぐべきだな。

 そうと決まればこれ以上の寄り道は必要ない。途中で食事休憩を挟みながら、ヘイアンを出て二日目の昼頃には関門海峡(仮)に辿り着く。いや、こっちの世界の地名はちゃんとあるんだよ。当然だけど。でも俺達に刷り込まれた日本地理の常識ってモンが邪魔をする。正直、通り過ぎるだけの土地の名前は右から左だ。

 「さて、船を出して貰えるのかなっと…」

 付近を見渡せばそれなりに人影はある。海の向こうでは戦争状態だというのにまるで緊張感はなく、日常そのものの風景。ただ、一点の違和感を除いて。

 「それなりの数の軍船っぽいのはうろついてるのな。」

 「そうだね。でもこっち側ののんびりした雰囲気はどういう事かしらね?」

 そう、それが違和感。見える範囲にゲンの軍船が結構いる。異国の軍船がいるのに何故こうも平常運転なんだ?

 「んー?あんたら、旅の人かね?悪いが、海は渡れねえから諦めてくんな。」

 土地のおっちゃんが声を掛けて来た。第一村人だ。折角情報収集のフラグが立ったんだ。ここは乗っかろう。

 「やっぱりあの軍船が原因かい?それにしちゃここの人達は随分のんびりしているようだが?」

 「んん?ああ、あの船はこっちからチンゼイに渡る分にゃ何にもして来ん。それにこっちに何かして来る訳でもない。そら、初めは皆怖がってな、家ん中に籠ってたんじゃが。」

 そりゃ意外だな。でも何で向こうに渡るのは自由なのにこのおっちゃんは諦めろって言う?

 「おお、そりゃな、向こうからこっちに渡ろうとするモンは問答無用で沈められるんじゃ。あの連中に。そんな訳でな、行っても戻って来れないんじゃ。向こうに渡ろうとする船乗りは誰もおらん。」

 そうか。そりゃ困った。いや、行こうと思えば力業で行ける。海を凍らせて道を作るなり海を割って歩いて行くなり方法はあるし、サンタナとアクアの力を使えばそれくらいは造作もない。でも今ゲンに対して力を見せるのは色々と面倒だ。

 「なあ、おっちゃん。こっちに未練がねえヤツで向こうに渡ってもいいってヤツいねえかな?一月後、10人くらいにデカい馬車とそれを牽いてるデカいヤツ。それから馬が3頭なんだけど。最悪、船だけでも売ってくれりゃあいい。帆が付いてる船ならどうにかする。」

 「ふむ。あんたらぁ、チンゼイに渡ってどうするつもりかね?」

 「ああ、海に浮かんでる目障りなゴミを持ち帰って貰う。ついでに二度とゴミを持ち込ませないように釘を刺しに行く。」

 俺はニヤリと笑っておっちゃんに言う。おっちゃんの目がギラリと鋭くなった。

 「儂は船大工でな。完成間際のが一艘ある。一月ありゃあ完成するじゃろ。あんたらぁ、いくら出せる?儂ぁこれでもここらじゃ名の知れた船大工でな。安売りはせん。」

 …へえ。筋骨隆々で日に焼けた浅黒い肌。歳は50を超えたあたりか。顔に刻まれた皺は相手に頑固そうな印象を持たせる。白髪混じりの角刈りは捻り鉢巻きが似合いそうだ。地元の漁師かと思っていたが船大工とはな。

 「あはは。かずと!渡りに船とはまさにこの事だね!」

 「ああ、まったくだ。おっちゃん、あんたの船、言い値で買い取ろう。いくら吹っ掛けてもいいぞ?」

 「ふふ、剛毅じゃな。いいじゃろ。一月以内に仕上げておこう。儂ぁダッツン。あんたはぁ?」

 「俺はカズトだ。こっちは俺の嫁でライム。よろしく頼む。これは前金だ。足りない分は後で請求してくれ。」

 俺はコートのマジックポケットから金貨の入った革袋を取り出し、中も確認せずに袋ごとダッツンに放り投げた。これで取り敢えずは海を渡る目処は付いたな。さて、ヘイアンに戻るか。帰りは違うルートで。
 

 
 
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