上 下
193 / 206
四章

外の世界の魔物

しおりを挟む
 その後、ノワールが言う強い魔物がいるという方向へと進むと、次第に空気が重苦しくなってきたような気がする。なるほど、これは強者が放つプレッシャーに似たアレだね。
 そして、見た事もない魔物が群れをなしてこちらを睨んでいる。いや、見た事がないかと言えば、凄く微妙ではある。

「あれは何だい?」
「……あれは……」

 ヨシュア君も見た事がないようで戸惑っているんだけど、僕に言わせればあれは牛だ。牛が三頭いる。ただ、縮れた体毛は長くまるでドレッドヘアーのようで、湾曲した二本の角の鋭い先が突き刺してやるぞと言わんばかりにこちらを向いている。そして、普通の牛より一回りは大きく、重量感というか、見た目の威圧感が凄い。ただ、何か言いかけたシェラさんが気になる。
 それはともかく。ここまでなら牛の中のそういう品種もいるだろう……で済むんだろうけど。

「立ち上がってファイティングポーズを取るとはなぁ」

 そう、今アーテルが面白そうに言った通りだ。後ろ脚で立ち、前脚でパンチを繰り出すポーズを取ってこっちを挑発するんだよね。

『シュッ! シュッシュ! ヴモォォォッ!』

 クソ、こいつめ。何度かパンチを繰り出すポーズを取った後、蹄をチョイチョイと自分の方へ動かし、『オラオラ、来やがれ』とでもいう感じだ。
 他の個体よりさらに一回り大きいヤツがリーダーなんだろう。ソイツの挑発に倣って、他の連中もチョイチョイと蹄を動かす。なんだか凄くイラっとする。

「くっ! 舐めるなぁ!」

 あっ! ヨシュア君が挑発に乗って突っ込んで行ってしまった。

『ヴモ』

 あ、牛が嗤った。
 そして立ち上がっていた牛達が、通常形態……というか、四足歩行に戻り、角をギラリと光らせてヨシュア君に向かって突進する。

「おおおっ!?」

 殴り合いになるつもりで突っ込んで行ったヨシュア君が、牛の突進を正面から受けてしまう。辛うじて逆風の盾で受け止めたようだけど、ヨシュア君は数十メートルも吹き飛ばされてしまった。
 宙でくるりと回ってどうにか着地に成功したヨシュア君だけど、どうも様子がおかしい。というか、動きがぎこちない。

「くっ、あの角に気を付けるんだ。あれの一撃を食らうと、身体が痺れてしまうらしい」

 なるほど、あの角は光ったのはそういう事か。なんだろう? 未知の属性か何かだろうか? 盾で受けたのに痺れるなんて、毒による麻痺とかそういうのじゃないだろう。これは注意しなくちゃいけないね。

「ああ、思い出したぞ。随分昔の事ゆえ失念していた」

 今のヨシュア君の話で、アーテルが何か思い出したらしい。

「あれはエレキテルバッファローだ。だが、この国、というか、女神ルーベラ様を信仰する文化圏には存在しなかったのだがな」

 気になる言葉だ。ルーベラ様を信仰しない文化圏? この世界の更に外側にまた別の世界があるとでも言いたげだ。

「遥か昔は国の範囲も曖昧で、境界も朧気なものだった。なので少数だが、外の文化圏の魔物や人もこちらに紛れ込んだ者もいたのだが……ルーブリムが建国されて以来、外の世界とはある程度遮断されているのだがな」

 話を聞いてもよく分からないな。でもとにかく、このエレキテルバッファローとかいう魔物が、このルーブリムでは生息しているはずのない魔物だという事は分かった。

「でも、殆ど幻のような扱いではありますが、このダンジョンでそういう魔物がいるという噂はあるのです。ただし、討伐された記録もありませんし、詳細は不明なのですが」

 なるほど、シェラさんの話を聞く限り、ドラケン領内では伝説のような感じで認識はされていたのか。

「それでも、相手が何者であれ、ダンジョン攻略の邪魔をするなら倒さねばなりません!」

 お!?
 シェラさんが燃えている。

「よくもヨシュア様を吹き飛ばしてくれましたね!」

 なるほど、怒りの理由はそっちか。良かったね、ヨシュア君。君の事で、彼女があんなに目を吊り上げて怒ってくれているよ。そして。彼女の中の魔力がどんどん高まっていく。

「――!?」
「ほう?」

 その魔力の高まりに、ノワールもアーテルも目を見張る。確かに今までのシェラさんとは全く違う、洗練された魔力の練り上げだ。
 そして今までは、ドロドロとしたタールを思わせる動きで敵を包み込んでいた行動阻害バインドの魔法が、スーッと影が動くように滑らかにエレキテルバッファローへと進んでいく。

『ヴモォ!?』

 再び二足歩行で挑発してくる三頭のエレキテルバッファローが、瞬く間にシェラさんの影に包まれた。まるで身体中に墨を被ったかのように黒く染まったエレキテルバッファローは、動きたくても動けないようで、ファイティングポーズそのままにもがいているように見える。
 そこへシェラさんがツカツカと歩みよっていく。

「このシェラ・ドラケンが、初のエレキテルバッファローの討伐者として名前を刻ませていただきます」

 そう言ってシェラさんは、巨人族の盾を一閃、二閃、三閃。見事にエレキテルバッファローのそっ首を斬り落とした。

「お見事!」

 アーテルが称賛の声を上げる。その声を聞いて我に返ったのか、シェラさんはヘナヘナとその場にへたり込んだ。そしてこちらに振り返り、いい笑顔で右手を突き上げるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

旦那様、本当によろしいのですか?【完結】

翔千
恋愛
ロロビア王国、アークライド公爵家の娘ロザリア・ミラ・アークライドは夫のファーガスと結婚し、順風満帆の結婚生活・・・・・とは言い難い生活を送って来た。 なかなか子供を授かれず、夫はいつしかロザリアにに無関心なり、義母には子供が授からないことを責められていた。 そんな毎日をロザリアは笑顔で受け流していた。そんな、ある日、 「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」 突然夫にそう告げられた。 夫の隣には豊満ボディの美人さんと嘲るように笑う義母。 理由も理不尽。だが、ロザリアは、 「旦那様、本当によろしいのですか?」 そういつもの微笑みを浮かべていた。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

強さがすべての魔法学園の最下位クズ貴族に転生した俺、死にたくないからゲーム知識でランキング1位を目指したら、なぜか最強ハーレムの主となった!

こはるんるん
ファンタジー
気づいたら大好きなゲームで俺の大嫌いだったキャラ、ヴァイスに転生してしまっていた。 ヴァイスは伯爵家の跡取り息子だったが、太りやすくなる外れスキル【超重量】を授かったせいで腐り果て、全ヒロインから嫌われるセクハラ野郎と化した。 最終的には魔族に闇堕ちして、勇者に成敗されるのだ。 だが、俺は知っていた。 魔族と化したヴァイスが、作中最強クラスのキャラだったことを。 外れスキル【超重量】の真の力を。 俺は思う。 【超重量】を使って勇者の王女救出イベントを奪えば、殺されなくて済むんじゃないか? 俺は悪行をやめてゲーム知識を駆使して、強さがすべての魔法学園で1位を目指す。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる

グリゴリ
ファンタジー
『旧タイトル』万能者、Sランクパーティーを追放されて、職業が進化したので、新たな仲間と共に無双する。 『見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる』【書籍化決定!!】書籍版とWEB版では設定が少し異なっていますがどちらも楽しめる作品となっています。どうぞ書籍版とWEB版どちらもよろしくお願いします。 2023年7月18日『見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる2』発売しました。  主人公のクロードは、勇者パーティー候補のSランクパーティー『銀狼の牙』を器用貧乏な職業の万能者で弱く役に立たないという理由で、追放されてしまう。しかしその後、クロードの職業である万能者が進化して、強くなった。そして、新たな仲間や従魔と無双の旅を始める。クロードと仲間達は、様々な問題や苦難を乗り越えて、英雄へと成り上がって行く。※2021年12月25日HOTランキング1位、2021年12月26日ハイファンタジーランキング1位頂きました。お読み頂き有難う御座います。

処理中です...