上 下
168 / 206
四章

ヨシュア君、成果あり

しおりを挟む
「うっ!?」
「ぐぅ……」

 ノワールが指定した座標まで影泳ぎで移動し、浮上する。そこは人気のない森の中。
 影から出た途端、途轍もない疲労感が身体を襲ってくる。どっと疲れが襲ってきた僕は地面に座り込み、ヨシュア君に至っては地面に大の字だ。

「なるほど、こういう事か。ねえノワール、僕達は表の時間換算でどれくらいアーテルにしごかれていたんだい?」
「うーん……三日間といったところでしょうか? ちなみにここは王都から二日間ほどの距離にある、ザフト領内の村外れの森です」

 アーテルとの模擬戦は体感で三十分とか、そんな感じだったのに、実際は三日間もほぼ不眠不休で戦っていた事になる。そりゃあ疲れる訳だし、身体に対する負担も相当なものになるよなぁ。

「今日はこのまま休まれますか?」
「そうだな、それがいい。何をするにも回復を待たねばな」

 僕等を気遣うようなノワールの発言と、僕等をこんなにしたアーテルの苦笑。でも確かに彼女達の言う通りではある。森の中という事はザフト公爵の手の者に発見されにくい反面、魔物の襲撃は受けやすい。ノワールとアーテルがいれば滅多な事はおきないだろうけど、それでも万が一という事もあるだろう。

「そうだね。そうさせてもらおうかな」
「うむ、では主人達はゆっくり休むが良い。安全は任されよ」
「ああ、頼む」

 アーテルとそんなやりとりをした後、ノワールが何かの魔法を使ったようだ。僕達の周囲が闇に包まれる。

「隠蔽の魔法です。ここの存在を周囲から認識されにくくしておきました。どうぞ安心してお休み下さいね」

 ノワールが優しくそう言うと、ウサギの姿になって寄り添ってきた。そしてアーテルも巨大なミスティウルフの姿になり、僕の背中の方で横たわる。僕もそのままアーテルに寄り掛かり、もふもふに包まれて眠りに落ちた。
 ヨシュア君? 彼は大の字になったまま爆睡しちゃったよ。




 どれくらい眠っただろうか? 森の中は基本的に薄暗く、目覚めた後の感覚が掴み辛い。朝方なのか夕方なのか。

「おお、目覚めたか、主人。まだ夕刻だが、どうする?」

 アーテルが静かに声を掛けてくれる。夕刻という事は、眠っていたのは二、三時間というところだろうか。お昼寝程度ではあるけれど、熟睡したせいか身体の疲労は抜けている。
 いつの間にか僕のお腹の上で気持ち良さそうに箱座りのポーズでふっくらしているノワールをそっとどけ、ゆっくりと立ち上がる。屈伸をしたり上体を左右に回したり、肩をぐるぐる回してみたり。

「うん、いい感じだね。少しだけど前より魔力の容量も増えている気がする」

 魔力も持久力や心肺能力と同じだ。鍛えれば体内に宿す魔力量も増える。影の中の模擬戦では、絶えず魔法のストックを作り、身体強化に魔力を注ぎ込んだ。相当量の魔力を消費したはずなので、その分の成果は出ているという事か。
 それは筋力や身体そのものの耐久力にも言える事で、素の状態での身体のスペックも上がっていくだろう。そうすると、影の中での訓練時間もより多く取れる事になるんじゃないかな。


 そういう感じで、僕達は影の中で修行をしながら、その時間はノワールの偵察や情報集に割り当て、影泳ぎで距離を稼ぐという繰り返しを数日間。

「フッ!」

 短く息を吐いたアーテルが飛び蹴りを放つ。それをヨシュア君が逆風の盾を構えて迎え撃つ。

「あああっ!」

 アーテルの蹴りにタイミングを合わせ、気合と共に逆風の盾を突き出すヨシュア君。

「ぬぅっ!?」

 逆風の盾がキラリと光り、蹴り込んだアーテルを押し戻した。目には見えないけど、強烈な勢いで蹴りを放ったアーテルを押し戻す程の逆風が、盾から放たれたんだろう。
 アーテルは押し返された反動を利用して、そのままバック宙返りで着地して身構えるが。ヨシュア君もすかさず追撃を掛けている。

「てえええいっ!」

 ヨシュア君はそのままシールドバッシュに持ち込む。しかしアーテルもそれは読んでいたようで、跳躍してヨシュア君の頭上を取った。
 ヨシュア君はそれも織り込み済みなのか、天に向けて剣を突き上げる。

「ふっ、やるな。中々の上達ぶりだ」
「なっ!?」

 読み合いではヨシュア君の勝ちだったね。でもアーテルは役者が違った。
 なんと彼女は、ヨシュア君の切っ先を右手の親指と人差し指の二本で挟み、そのまま倒立する格好でとどまっていた。

「普通のヤツならその前のシールドバッシュで決まっていたかも知れん。あわよくば跳躍で避けても待っているのは串刺しだ。見事だったぞ」

 剣の切っ先の上で倒立するというポーズを解き、着地したアーテルの言葉はほぼ満点評価じゃないかな? ヨシュア君の方はあんまり納得してないみたいだけど。

「今まで痛めつけられた分、一発くらい入れたかったんですが」
「まあ、そう高望みするな。我に一発入れるのなら、人間を辞めてもらわねばな」

 そう言ってアーテルが僕を見る。いや、僕は人間ですけど?
 いや……こうやって観戦しながら魔法のストックを作り続けている僕も、ある意味人間の範疇から抜け出しているのかも知れない。四大属性の中小規模の魔法も、かれこれ一万発はストックしてある。これを一度に放出したら、まあ、それは人間業とは言えない破壊力だろうからね。

「戻りました、ご主人様」

 ちょうどその時、ノワールが先行偵察から帰還した。さて、目ぼしい情報はあるかな?
しおりを挟む
感想 283

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

モブキャラ異世界転生記~モブキャラに転生しちゃったけど従魔の力で何とかなりそうです~

ボルトコボルト
ファンタジー
ソウタは憧れた異世界転移をしていた。しかし、転生先は勇者の隣に住むモブキャラ、俺TUEEEにはならず、魔法無しスキル無し、何の取り柄も力も無いソウタが、従魔の力で成り上がりざまぁしていく予定の物語。 従魔の登場はちょっと後になります。 ★打たれ弱いので批判はご遠慮ください 応援は是非お願いします。褒められれば伸びる子です。 カクヨム様にて先行掲載中、 続きが気になる方はどうぞ。

弓使いの成り上がり~「弓なんて役に立たない」と追放された弓使いは実は最強の狙撃手でした~

平山和人
ファンタジー
弓使いのカイトはSランクパーティー【黄金の獅子王】から、弓使いなんて役立たずと追放される。 しかし、彼らは気づいてなかった。カイトの狙撃がパーティーの危機をいくつも救った来たことに、カイトの狙撃が世界最強レベルだということに。 パーティーを追放されたカイトは自らも自覚していない狙撃で魔物を倒し、美少女から惚れられ、やがて最強の狙撃手として世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを失った【黄金の獅子王】は没落の道を歩むことになるのであった。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

処理中です...