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四章

ポー子爵領へ

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 本来は影泳ぎで移動すれば大幅に時間短縮できるんだけど、それはやっていない。しかも馬車や馬を使わずに徒歩移動。これにはちゃんと理由があるんだ。
 影泳ぎに関しては、ヨシュア君にはまだ手の内を全て見せるべきじゃないっていうのが一つあるんだけど、情報収集の為でもある。
 街道沿いにある小さな街や村落にも立ち寄って、可能な限り情報を聞き出した。例えば今回の内乱に繋がりそうな情報には関係なくても、領主の寄子の貴族や代官がちゃんと仕事をしているのか、不正をしていないか、などなど。

 そして僕達はポー子爵領へと足を踏み入れた。つい先日もここを通りかかったばかりなのでそうそう変わりはないんだけど、伯爵から子爵になった事で、寄子の貴族が独立した地域もある。単純に生産力や税収が減ってしまうタッカーさんは大変だよね。

「へえ、思ったより活気があるんだね。伯爵から子爵に格下げになった訳だから、街もそれなりに沈んでいると思ったんだけど」

 ポー子爵領の領都ポーバーグの街並みを見ながら、ヨシュア君が目をキラキラさせている。確かに経済的には打撃だろうけど、ブンドルの影響が排除されたおかげで逆に活性化したせいだろうね。
 王都からの帰り道では立ち寄る暇が無かったけど、あの親子は元気だろうか。このポーバーグで商会を営んでいるはずのマシューさんとリンちゃんだ。ブンドルとのトラブルのきっかけになった人達で、それを考えるとこの国の歴史の分岐点になっている重要人物として語り継がれる存在になるかも知れないね。
 せっかくだし、今回は少し顔を出して行こうかな。何より商人というのは情報に聡いし敏感だ。ヨシュア君の追い求める『黒曜の君』の情報も聞き出しておこう。

「ところでヨシュア君は、グリペン領の外では正体はどうするんです?」

 流石にグリペン領内では彼の顔は知られているので身分を隠してもあまり意味がない。でもここはすでにポー子爵領だ。貴族はともかく、庶民はほとんど彼の事を知らないのではないだろうか。

「う~ん、そうだねえ……よし、グリペンの名前は敢えて出さず、ヨシュアと名乗っていこう。それで相手がどう出るかはそれこそ相手に任せよう」

 そんなヨシュア君の答えに、僕もノワールもクスクスと笑いを零してしまう。自分の正体ひとつを取っても、なにかこう、楽しみに繋げてしまうというか。彼が黒曜の君を探し出したいのもグリペンの役に立ちたいのも本気なんだろう。でもどこか、真面目な中にもゲーム感覚と言うか、楽しむ事も忘れないと言った精神ある。

「お前は面白いヤツだな!」

 アーテルはそう言いながらヨシュア君の背中……というか、背負ったシールドをバンバンと叩きながら笑っている。
 そんなやり取りをしながらポーバーグ城へ向かっていると、前から見知った顔が騎馬を率いて近付いてくる。その騎馬隊の先頭にいた人物が大声で後続に指示を出す。

「全隊停止! そのまま待機!」

 ピタリと騎馬隊は停止し、その状態を維持する。足並みが揃った、中々見事な隊列だね。そして先頭で部隊を率いていた人物が下馬して近付いて来る。

「こんにちは、ケルナー隊長。巡回ですか?」
「やあ、ショーン。どうしたんだ? グリペンに帰ってまだ間もないのに、もう依頼か?」

 ケルナーさんはそう言いながらちらりとヨシュア君を見た。ヨシュア君はそれに会釈で返す。

「まあそんな所です。ちょっとドラケン領まで行く事になりまして」
「ドラケン? そりゃまた遠いところまでご苦労だな。あそこにゃ確かダンジョンもある。冒険者で賑わってるらしいな。お前さんもそのクチか」
「ええ」

 ダンジョンにも行くつもりだから嘘は言ってない。そして今回立ち寄った目的を説明した。

「せっかくなのでマシューさんやポー子爵に挨拶でもと思いまして。この街には二泊ほどしていく予定です」
「そうか。では城に使いを走らせよう。宿の手配は? タッカー様なら城に泊まっていけって言いそうだが」
「いえ、お食事くらいなら是非ご一緒しますが、今回は街の宿で」
「分かった。よし、今の話を聞いていたな? タッカー様に伝えてくれ!」
「は!」

 僕の話を聞いたケルナーさんが部隊の一人に指示を出すと、颯爽と馬首を返して走り去って行った。馬も騎手も本当によく訓練されているなあ。

「それじゃあショーン、後で城に来てくれ。俺達は仕事に戻る」
「ええ、ありがとうございました。では後程」
「おう!」

 ケルナーさんが馬に乗り込み、再び巡回へと戻っていった。隊員たちが僕に敬礼していく。多分王都に行った時に護衛部隊だった人達だろうね。

「随分練度が高い部隊だ。後を継いだポー子爵は武闘派なのかい?」

 ヨシュア君が、去って行く騎馬隊を感心した様子で見送っている。
 ああ、タッカーさんは先代に軟禁状態にされていたから、ヨシュア君は彼を知らないのか。練度が高いのは、うん、僕やデライラが鍛えたからね。短い期間だけど。

「そうですね。ヨシュア君とは気が合うと思いますよ?」

 タッカーさんもかなり庶民的な思考の持ち主だ。ただ、貴族としても責任もしっかり重んじる、領民からすれば『貴族とはこうあって欲しい』っていう典型的なタイプじゃないかな。
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