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三章

強かな者達

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「ギルド内での揉め事は困りますね」

 暴風のアナークとやらを散々脅し、周囲で笑って囃し立てていた冒険者達を威圧しまくっていたら、そう声を掛けてきた人物がいた。
 正直、今頃か、だよね。

「この人が絡んできた時点で言って下さいよ。僕は金を要求された挙句にパーティメンバーを寄越せまで言われたんですけどね」
「先に手を出したのはあなたですよね」
「はぁ……誰ですかあなたは」

 まったく、こんなタイミング遅れの警告とか。しかもどうやら僕を悪者扱いしたいらしい。

「私はここのギルドマスター、ドレクスラーです。事情を聞きたいので拘束させていただきますね」

 さっきのアナークも長身だったが、このドレクスラーという男はさらに大きい。見上げる程の大男とはこの事かな。縦にも横にも前後にも大きい。まさに巨漢だ。
 そんな男が威圧感をまき散らしながらそう言う。

「ブンドルに汚染されている冒険者を野放しにしているギルドマスターが、善良な冒険者を拘束するんですか」

 僕の棘のある一言に、ドレクスラーの眉が吊り上がった。

「一介の冒険者が言いますね」
「一介かどうかは知りませんが、拘束される理由がないので拒否します」
「そういう訳にも行きませんね」

 ドレクスラーがパチンと指を鳴らすと、周囲にいた冒険者や奥からわらわらと現れた屈強な職員達がそれぞれ手に手に武器を持って僕達を囲む。
 これから荒事が始まるという雰囲気を察し、非戦闘員らしき職員達はどこかに退避していく。

「はぁ~」

 僕は本当に心からため息をついた。

「あなた方も僕の敵なんですね」

 そう言いながら、レザージャケットの内側のホルダーにある短剣を取り出した。その鞘をドレクスラーに見せつけるように掲げた。

「そのグリフォンの紋章は……!」
「ええ、グリペン侯爵ので王都に来ているんですよ」
「で、では、史上最年少でプラチナランクの昇格試験を受けるという……」
「ええ、『ダークネス』のショーンです。ついでに言えば、ブンドルに喧嘩を売ったショーンですよ」

 このやり取りで、ドレクスラーはじめ、僕達を拘束しにきた人達が固まってしまった。何しろプラチナランクに推薦されたという事は、その実力、人格ともにグリペン侯爵が保証しているという事だ。その僕に謂れのない罪を着せたとなればどうなるか。
 支部のギルドマスターがどれだけの力があるかは知らないが、本部のユーイングさんのようにプラチナランカーの肩書でもなければ、正しいのは僕の方って事になる。

「で、どうしますか? やりますか?」
「主よ。もういいじゃないか。こんな腐ったギルドなんざ潰してしまえ」
「そうですご主人様。跡形もなく更地にしてしまいましょう」

 折角僕が穏便に済ませようとしているのに、アーテルとノワールは戦闘モードのスイッチが入る直前だ。でもそこで二人の空気を抜いてくれたのはデライラだった。

「二人共待ちなさいよ。あたし達の今日の目的は素材の売却でしょ? せいぜい高く買い取ってもらいましょ?」

 そう言って悪戯な笑顔を浮かべながら、バチン☆と擬音が聞こえそうな程大袈裟なウィンクをすると、ノワールもアーテルも毒気を抜かれたみたいだ。

「そうだな。そういう事なのでギルドマスター。窓口業務の再開をお願いしますね。あ、今日の事はグランドマスターのユーイングさんにきっちり報告させてもらいますけど」

 僕にそう言われると、ドレクスラーは悔し気な表情で黙り込むしかなかった。すごいな、グリペン侯爵の威光というか、プラチナランカーという肩書の重さというか。
 それの昇格試験を受ける事が出来るというだけで、これだからね。

▼△▼

 ギルド本部のグランドマスターであるユーイングは、王城を訪れていた。

「楽にして下さい」

 彼に座るよう促したのは、現国王であるレベッカ・フォン・ルーブリム。まだ幼さを表情に残す十代後半の少女だが、れっきとした女王である。

「はい」

 プラチナランカーともなれば、望みさえすればこうして女王との謁見も可能になるのだが、ユーイングが王城を訪れたのはまさにそのプラチナランカーの件に関してだった。

「今日の要件はショーンという冒険者に関してです」
「グリペン候が推薦したというプラチナランカー候補ですね」
「はい」

 実のところ、既に女王レベッカはショーンとそのパーティについて、かなり詳細な情報を耳にしていた。それはポー伯爵家のタッカーからである。
 タッカーの父であり先代ポー伯爵であるマルセルは、ブンドルと結託して悪政を行い、更にはブンドルとトラブルを起こしたショーン一行を宿に宿泊する一般人ごと暗殺しようとした。
 幸いショーン達の活躍で全く被害は出ず、暗部の者達も一網打尽に出来たため、そこから出てきた証言を元にマルセルを糾弾したところ逆上して襲い掛かってきたため返り討ちにした。
 タッカーがレベッカに報告した内容はこのようなものだった。また、ショーンの人となりもタッカーから聞いており、プラチナランカーに相応しい人材だとも聞いている。

「ポー伯爵家だけでなく、オスト公も彼のお世話になったそうですね」

 レベッカは可笑しそうにコロコロと笑う。
 オスト公爵の件はユーイングにとって初耳であった。彼は腹の中で唸る。五候家の一角であるグリペン侯爵のみならず、四公家のオスト公爵、そしてポー伯爵家。国内の有力貴族がまだ十代半ばのあの少年の後ろ盾となっているのだから。

「それで、あなたの見たショーンはどうだったのですか?」

 朗らかな笑顔のままレベッカが訊ねた。

「穏やかで礼儀正しく、正義感も強い少年です。そして、途轍もなく強い――いや、強すぎます」

 ユーイングはギルド本部で対峙した時の事を思いだす。体内に有する魔力は底が知れない。主に風の魔力を感じたが、それには得体の知れない濁りがあった。それが彼には不気味に感じられた。
 ――ショーンは何か重大な秘密を隠している。そしてそれが彼の力の源だ。
 そう考えている。

「そうですか。ではそろそろ本題に入りましょうか」
「は。そのショーンの昇格試験についてなのですが。ヤツの事です。早晩問題を起こして試験自体が受けられるかどうか危ぶまれるかと思いまして」
「その問題とは、ブンドルが絡んでの事ですか?」
「は、間違いなく」

 ユーイングが確信を持って言うのならばそうなのだろう。レベッカは顎に指をあてて少し考える。その姿は女王の威厳などない、普通の可愛らしい少女だ。しかし、その考えが纏まった途端に目に力が入った。

「ならば冒険者ショーンの試験内容は――」

 内容を告げるレベッカからは、先程とは打って変わって女王の持つ神々しいオーラが溢れているようだった。


 女王との謁見を終え帰路についたユーイングは、一人そっと呟いた。

「まさかあんな試験内容を思いつくとはな。おっかねえ女王サマだぜ」

 しかし言葉の内容とは裏腹に、彼の口元には堪えきれない笑みが浮かんでいた。
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