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二章

事後交渉②

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「言うてみよ」

 いかにも公爵という最上位の貴族らしい、威厳と貫禄を醸し出しながらオスト公が言う。隣に座るタッカーさんも、まだ伯爵家を相続していない自分はともかく、まさか公爵家の当主に条件を出すなんて思ってなかったんだろうね。ハラハラしている表情が視界の端に入った。

「はい。おそらく閣下はヴィルベルヴィントを自ら処断し、爵位の返上などという事を考えておられるのではないでしょうか?」
「……」

 僕の問いかけに苦い表情のオスト公だ。無言というのは恐らく肯定なんだろうね。

「公爵家の情報収集能力をもってすれば、グリペン侯爵が戦力増強に動いている事、そしてその理由についてもご存知ではないかと」
「うむ」

 今度は短く肯定した。

「これは僕の推測でしかないのですが、閣下が自ら贅沢を嫌い治安維持に予算を掛けているのは、このオスト領も戦力を増強している事のカモフラージュではないですか?」

 うん、これは本当に、全くのカンだけどね。治安維持の名目で軍事に金を掛けるのはそんなに反対意見は強くないだろう。それを隠れ蓑に、来たるべく何かに備えて軍備を増強しているのは考えられる事だ。ましてやオスト公は国内の情報収集に抜かりがない。
 だけど僕の指摘はかなり正鵠せいこくを射ていたようで、オスト公の目が見開かれた。

「そのあたりを踏まえてですが、僕の条件は何が何でもオスト公爵家は存続させて下さい」
「何故だ。この領を誰が治めようが、貴殿には関係あるまい」
「そうかもしれません。ですが閣下はすでに僕のウィザードとしての特異さに気付いておられると思うのですが?」

 この人ほどの情報収集能力があれば、すでに無くなっているはずの二つの属性の事も知っていると踏んでいる。その上で、僕達の敵になるか味方になるか見極めなければならない。デライラもそのあたりの事を言いたいんだろうと思う。

「闇、か」

 短くオスト公が答える。

「僕が闇属性のウィザードと知っても、何もなさらないので?」
「貴殿になんぞ野心があれば止めもしようが、我が家の象徴とも言うべきシルフすら敗れてしまった。私がどうこう出来る相手ではあるまい」
 なるほど。とことんリアリストなのか単に諦めがいいのか。だけどもう少し踏ん張ってもらわないとな。オスト公以外の三つの公爵は恐らく敵だし、二候四爵家もグリペン侯爵以外はどうなるか分からない。それに侯爵が誰と戦おうとしているのかもはっきりしないしね。

「そのシルフですが、洗脳を解いて今はになっています。ちょっと弱体化してますけど」
「洗脳だと!?」

 自分の家に代々加護を与えていた精霊王シルフが洗脳されていた。オスト公はその事に驚きを隠せない。

「はい。詳しくはいずれ目覚めるシルフに聞いて下さい。そこで僕の条件に関わってくるのですが」

 少々落ち着きを取り戻したオスト公が、続けろと視線で訴えてくる。

「オスト公爵家はポー伯爵家、グリペン侯爵家と共に僕達の後ろ盾となっていただきたい」

 オスト公は僕を見定めるように目を細めた。当然ながら国内有数の貴族が派閥というか陣営というか、そういった国を割るような事に首を突っ込むことが簡単に判断できる事じゃない事は理解している。それでも、他の三つの公爵家を敵に回すには……

「貴公は何と戦うつもりなのだ」
「僕に敵対するもの全てです。そして他の三つの属性の加護を受けた公爵家は必ず敵になります」

 むしろノワールやアーテルの事を思えばこちらかケンカを売る事態にもなりかねないけどね。

「そして、僕の味方をするという事は……」
「どうやら相当の覚悟が必要なようだな」

 グリペン侯爵が反乱を起こそうとしているのか、それとも反乱を起こそうとしている者に対して備えをしているのか、それは分からない。でもここまでくれば分かる。グリペン侯爵はその始祖の伝説から察するに、間違いなく光の属性の加護を受けているべき家柄のはずだ。
 そして僕もいずれ、闇属性の加護を受けるべきだった貴族と出会うんだろうな。きっと女神ルーベラはそうなる事を待ち望んでいる気がするから。

「貴公の判断、行動に間違いはないと言い切れるのだな?」

 しばし考え込んでいたオスト公が僕に確認してくる。そんな事言われたって分かるもんか。
 でも――

「少なくとも僕は洗脳されてなどいませんから」

 それだけはキッパリと言い切った。
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