上 下
84 / 206
二章

オスト公爵

しおりを挟む
 比較的ゆっくりとした速度で進み、王都まであと二日程の距離に迫っていた。
今まで立ち寄ってきたところの貴族達は、タッカーさんが言った通りいかにも小者という感じで、表だって敵対してくるような事はなかったみたいだ。
 ちょっと嫌味な高圧的な態度を取ってくる伯爵クラスの領主もいたようだけど、タッカーさんがグリペン侯爵とよしみを通じている事を暗にほのめかした途端に大人しくなったらしい。
 実際、こちらに旅立つより前、タッカーさんのところからグリペン侯爵へ使者が出立しており、友好関係を築こうとしているとの事だ。
 とりあえずは僕の条件を呑んでもらっているようで何よりだ。

「隊長、前で公爵領の部隊が待ち構えてますが。やっちまいますか?」

 よく言えば平和、悪く言えば退屈な数日だったんだけど、そんな平穏を打ち破るような報告が護衛の騎兵からもたらされた。
 それにしても血の気が多いね。ケルナーさんによれば、こうなったのはデライラ達と訓練するようになってからみたいだけど。
 その報告を聞いたケルナーさんも苦笑いだ。

「バカヤロウ。問答無用で攻撃するんじゃねえぞ。出迎えかも知れねえじゃねえか」

 そもそも各領主には、『王都へ行くため領内を通過しますからね』っていう先触れを出してある。なので出迎えの部隊を出してきてもおかしくはない。もっとも、今までそんな部隊を出してきた領主はいなかった。せいぜい案内の兵が二名とかそんな感じ。

 やがて出迎えの部隊の指揮官らしき男が接触してきた。

「ポー伯爵家のタッカー卿とお見受け致します。我が主、オスト公爵の命を受け、お迎えに上がりました」
「ご苦労。出来ればこのまま素通りしたいんだがな」
「ははは。それはご勘弁願います。晩餐の準備なども進めております故」
「はぁ……だよな。では、案内を頼む」
「はっ!」

 あわよくば、というタッカーさんの申し出も一笑に付されて、タッカーさんは売られていく子牛のような顔になっていた。
 考えてみれば、オスト公爵がたかが案内に部隊を繰り出してきた事自体、逃がさないぞという意思表示なのかも知れないね。まったく、上手い事を考える。大人数での出迎えって、なんとなく相手に対して敬意を払ってるようにも思えるから、格下のタッカーさんからすれば無碍に扱う訳には絶対にいかないもんね。

「浮かない表情ですな」

 馬車に揺られながら窓の外を眺めるタッカーさんに、笑いをかみ殺した表情でケルナーさんが話しかける。

「お前は知らねえだろうけどな、あの爺さんおっかねえんだよマジで」
「ほう?」
「まだガキの頃にな、貴族が集まるパーティがあったんだがよ……」

 遠い目をしながらタッカーさんが話し始めたエピソードはなかなか凄まじかった。そして面白かった。
 なんでも、退屈なパーティに飽きたタッカーさんと、同年代の貴族の子供達が庭に出て遊んでいたらしい。そんな中、誰かが戯れに投げた泥団子がパーティが開かれていたホールのガラスを割り、会場は一時騒ぎになったそうだ。

「まあ、襲撃者が来たかと思った大人達は騒然となるよな。すぐさま警備の連中に捕まったよ。その時だ。腰に差していたワンドを抜いた爺さんがツカツカと歩いて来てよ」

 ――この痴れ者がぁっ!

 そう激怒したオスト公爵がワンドを振るうと、局地的な竜巻が出現したらしい。それは動く事がなく、その場に留まったまま。明らかに魔法を行使した事によって発生したものだ。

「それからかれこれ二時間も、俺達はその竜巻の中でグルグルグルグル……もう気持ちが悪いとかそういうのも通り越してよ……」

 二時間も魔法を? それは凄いな。どれだけの魔力量なんだろう。それにしてもお仕置きがえげつない。

「結局、涙と鼻水とゲロにまみれた俺が失神寸前に見たのは、土下座で公爵に謝罪してる親父だったんだけどな」

 その姿は、タッカーさんにとって申し訳なさと共に情けなさを感じさせたらしい。彼はそこから親子の関係が徐々に狂っていったと話す。

「それから俺は武に強さを求め、親父は金に強さを求めた」

 なるほど。マルセルが汚職に手を染めるようになったのは、ある意味タッカーさんが原因でもある訳で、そのせいで苦しんで来た領民もたくさんいる。その後始末と罪滅ぼしの為に、そして領民の為を思い、敢えて親殺しの汚名を被るつもりになったのか。

「気を付けろよ。アレは凄腕のウィザードだ。腕はゴールドランクにも匹敵すると言われている」

 風のオスト家の当主か。戦士職は加齢と共に衰えるのが常だけど、魔法使い系は必ずしもそうじゃない。むしろ加齢によって熟練していく傾向もあるからね。確かに油断できないかも。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

旦那様、本当によろしいのですか?【完結】

翔千
恋愛
ロロビア王国、アークライド公爵家の娘ロザリア・ミラ・アークライドは夫のファーガスと結婚し、順風満帆の結婚生活・・・・・とは言い難い生活を送って来た。 なかなか子供を授かれず、夫はいつしかロザリアにに無関心なり、義母には子供が授からないことを責められていた。 そんな毎日をロザリアは笑顔で受け流していた。そんな、ある日、 「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」 突然夫にそう告げられた。 夫の隣には豊満ボディの美人さんと嘲るように笑う義母。 理由も理不尽。だが、ロザリアは、 「旦那様、本当によろしいのですか?」 そういつもの微笑みを浮かべていた。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

強さがすべての魔法学園の最下位クズ貴族に転生した俺、死にたくないからゲーム知識でランキング1位を目指したら、なぜか最強ハーレムの主となった!

こはるんるん
ファンタジー
気づいたら大好きなゲームで俺の大嫌いだったキャラ、ヴァイスに転生してしまっていた。 ヴァイスは伯爵家の跡取り息子だったが、太りやすくなる外れスキル【超重量】を授かったせいで腐り果て、全ヒロインから嫌われるセクハラ野郎と化した。 最終的には魔族に闇堕ちして、勇者に成敗されるのだ。 だが、俺は知っていた。 魔族と化したヴァイスが、作中最強クラスのキャラだったことを。 外れスキル【超重量】の真の力を。 俺は思う。 【超重量】を使って勇者の王女救出イベントを奪えば、殺されなくて済むんじゃないか? 俺は悪行をやめてゲーム知識を駆使して、強さがすべての魔法学園で1位を目指す。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

処理中です...