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一章

対となる者

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 どうやらアーテルには対となる存在がいたらしい。光と影、表と裏、前と後、陰と陽。物事には必ず対となる者が存在するもんね。

「我は闇と力の象徴。ヤツは光と知恵の象徴だった。顔を合わせればケンカばかりしていたが、不思議とウマが合ってな」

 そう語るアーテルの表情は懐かしそうだ。

「頭だけは回るヤツだったからな。どこかで生き延びているかとは思うが」

 ああ、なんとなく察しがついた。アーテルが黒い神狼なら、彼女が言うヤツとは恐らく。

神梟しんきょうの事ですね。あれだけ白く美しいフクロウならば目立つのですが、少なくとも私のいた森では見かけませんでした」

 そう、光と知恵の象徴である神梟の事だね。どこかで無事でいるといいね。きっとケンカ友達みたいな感じだったんだろう。

 それから馬車は時折休憩を挟みながら走り続け、夕暮れ時になって領都へと辿り着いた。
 高さ五メートル程の石造りの防壁で囲まれた大都市だ。僕は初めて来る。
 門を通って街に入るには許可が必要なみたいだけど、この馬車は侯爵家の持ち物なのでフリーパスだ。

「うわあ……」

 街の景観を眺めて、思わず感嘆の溜息を漏らしてしまった。道は石畳で舗装され、人々も活気があって賑やかだ。夕食の買い出しや仕事終わりの人達で商店や飲食店は賑わい、宿では見た目の良い女の子が呼び込みを頑張っている。
 そして何より目を奪われたのは、侯爵の居城の佇まいだった。
 峻険な山の麓に拓かれたこの街は、山を背に築城された侯爵の城から扇状に街が広がっている。しかも、侯爵の城は山の麓の湖の中にある島に立てられており、まさに難攻不落。
 白亜の城は夕陽を反射した湖の光を浴び、オレンジ色に輝く。

「きれいね」

 デライラもその姿に目を奪われていた。

「さすがに辺境を守る貴族の城だけはあるな!」

 アーテルも興奮気味だね。昔は無かったのかな。
 そんな景色を眺めながら馬車は進み、湖の岸辺へと近付いていく。岸から城までは巨大な橋が掛けられていた。馬車なら十台は並んで通れるくらいの幅があり、向こう岸の城までは二百メートルはあるだろうか。弓矢で直接攻撃しても絶対に届かない距離だね。
 その橋を渡る為には門をくぐる必要があるんだけど、城そのものには城壁も城門もない。有事の際にはこの門を閉ざしてしまえば必要ないという事だろうか。中々思い切った設計だと思う。
 護衛の騎士さんが門を守る衛兵さんと短いやり取りをしてから、馬車は橋を渡った。
 城の敷地内に入ると、芝生の中央に石畳が真っ直ぐに走り、屋敷の扉へと続く。その後方には左右に聳え立つ尖塔。そして中央に侯爵の居城である五階建ての巨大な建物。一番手前にあるのは来賓用のお屋敷かな?

 やがて馬車はその屋敷の玄関前に横づけで停車した。執事さんらしき初老の男性とメイドさんが七人、並んで僕等を出迎えている。

「グリフォバーグ城へようこそ。皆様はこちらで旅の疲れを癒していいただくようにと侯爵様が仰せです」

 執事さんが折り目正しく礼をすると、それに倣ってメイドさん達も礼をする。それだけ見ても、よく訓練されてるなあって思うよ。
 今夜はここで一泊して、侯爵には明日謁見って事になるのかな?

「お一人様に一部屋ご準備してございますのでごゆるりとお寛ぎ下さいませ。夕食時にはお迎えに上がります」

 執事さんがそう言って、ちらりとメイドさん達に目を向けると、一人一人が僕達に付いて案内を始めた。なるほど、今日限りの専属メイドって感じなのかな?

△▼△

「で、なんでみんな僕の部屋にいるのさ?」

 メイドさんが一人一人案内してくれて、各々に個室があてがわれたはずなのに、なぜかこの部屋には僕の他にノワール、アーテルがいる。
 いや、それは分かる。彼女達は僕の眷属って事になってるし。
 なんでデライラとルークスまでいるんだよ。君達まで来るから、この部屋に控えているメイドさんが五人もいるんだよ!

「いいじゃない。あたしもこんなイケメンと二人きりじゃ緊張しちゃうし」
「私はデライラの眷属だ。共にいるのが当然だ」

 どうせ僕はフツメンですよ。

「ルークス、デライラも年頃の女の子なんだ。四六時中一緒にいると色々と困るんだよ」
「それくらい心得ているぞ。私は排泄も風呂も必要ないし、睡眠も不要だ。邪険にされた時は屋根の上で過ごしている」
「それはそれで……」

 なんだかルークスが忠犬みたいだ。思わずデライラに非難めいた視線を投げてしまう。

「……だって、あたしだって乙女なワケだし?」

 そこでデライラがちらりと上目遣いでこちらを見る。すると僕の隣に座っていたノワールがずいっと距離を縮めてしなだれかかって来た。
 こら、そんな勝ち誇ったような目でデライラを挑発するのは止めなさい。

 そんな緩んだ空気で頂いた侯爵家の食事は絶品で、今まで食べた事のないような美味しさだった。アーテルなんかお代わりを連発して、メイドさんを苦笑させていたよ。
 そんなおかげで、特に緊張する事もなく侯爵との謁見に臨む事が出来た。
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