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一章

狼の爪

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 ダンジョンでのクエストを終え、ゴールドランクに昇格した僕は、収入も安定してきたので、少しいい物件に引っ越した。前の家じゃちょっと手狭なんだよね。ほら、同居人が増えたから。
 ノワールも冒険者として活動していく以上、人型でいる時間が多い。そしてコイツ、アーテルだ。
 ダンジョンの最下層にいたミスティウルフ。それが僕の眷属になり、共に行動する事になったんだけどね。

「我も人型になって冒険者になってみたいのだ!」

 そう言って聞かない。まあ、ノワールだけが表に出て、自分は自由がない身というのも可哀そうなので了承したんだけどね。

「君、女の子だったの?」
「ん? なんだ、今まで知らなかったのか?」

 ……分かる訳ないだろ。確認した訳じゃないし、話し方はなんか偉そうだったし。

「声で分かるだろう?」
「犬の鳴き声でオスメスの判別は出来ないんです、人間は」
「なんと……さらりと我を犬扱いしおって。さすがだな、主人よ」

 人間の姿になって仁王立ちしながらアーテルが威張る。
 身長は僕と同じくらい。ミスティウルフだった時と同じ黒髪は背中まで届く長いストレートヘア。顔は勝ち気そうな美人だ。年上に見えるね。均整のとれた身体はいかにもバネがありそうだ。
 しかし、素っ裸なのはいただけない。精霊と違って雌雄の区別があるんだから、もっと恥じらいというものをだね……

「よし、服を買いにいくぞ。影に入ってくれ、アーテル」
「イヤだ。我も外を歩きたいのだ!」
「君みたいな美人が裸で外を歩いてると大変な事になるんだよ」
「むぅ……」

 こんな具合に、アーテルはとにかく外に出たがる。まあ、気の遠くなる年月をダンジョンの中で過ごしていたんだから、中に引きこもるのを嫌がる気持ちは分かるんだけどね。

「服と装備を買ったら、そのまま冒険者ギルドで登録もしよう。だから少し我慢してくれ」
「そうか! 分かったぞ!」

 だけどこういう風に餌をちらつかせると素直になる。現金だよね。そこが可愛いんだけど。そんな訳で、僕とノワール、そして影の中に隠れたアーテルは買い物へ出かけた。
 まずは服屋さん。ここではアーテルを隠したまま、ノワールに服を選んでもらう。それにアーテルがダメ出しする感じでお気に入りを絞っていく。
 そして買い込んだ後、人気のない裏通りへ移動してアーテルに着てもらう。意外とワイルドだね、これ。ゆったりめのカーゴパンツにゴツいブーツはくるぶしが隠れるくらいの長さ。
 上半身はうっすらと割れた腹筋が見える程短い、長袖のトップス。胸がその、豊かなので目のやり場に困るな。せめて上に羽織るものくらいはと思い、小物が入れられるポケットがたくさん着いた袖なしの革製のベストを着てもらう。
 次は装備を整えないとね。

「アーテルはどんなスタイルで戦うの?」
「ん? 我は闇魔法とコレだな」

 そう言って、にゅっと拳を突き出してきた。

「まあ、正確には爪と牙と圧倒的な膂力とスピードが武器なのでな」

 そうなんだよね。武器を持って戦うのは人間と人型の魔物のみ。元々が大精霊のノワールも、神狼のアーテルも、存在そのものが武器と言える訳なんだよなあ。
 一応冒険者としての見た目もあるので、ノワールには短剣を二本装備してもらってるけど、彼女は器用に使いこなしている。
 アーテルはどうだろうか? 逆に邪魔になりそうな気もするんだよなぁ。
 そんな事を考えているうちに、最近よく使っている武器と防具の店先に着いた。僕がゴールドランクに昇格してからは、店主も愛想がよくなったよ。

「おう、らっさい! 今日はなんだ? 新顔か?」
「うん、この子の装備を揃えたいんだけど、格闘戦メインなんだ」
「ほう? 拳闘士ケンプファーか? 珍しいな!」

 徒手空拳で戦う事を得意としたジョブをケンプファーと呼ぶ。己の肉体そのものを武器として戦うジョブはかなりレアだ。それもそうだよね。重い防具は妨げになるし。リーチの長い武器もない。卓越した技量を必要とするジョブだ。
 ちなみにノワールは双剣士デュアルソードファイターという事にしている。

「そうさなぁ……ケンプファーなら殴る蹴るだろ? これなんかどうだい?」

 店主が勧めてきたのは変わった手甲だった。手首まですっぽり隠れる長めのグローブなんだけど、手の甲に三本のかぎ爪が付いている、先端が鋭く、突いてよし、切り裂いてよし。リーチも中指一本分程長くなる。
 使わない時は上に折り返してカバーを掛けられるようになっていて、安全面も大丈夫そうだ。

「うむ! これがいい!」

 アーテルも目をキラキラさせながらその変わり種のグローブを凝視している。

「じゃあご主人、これと、胸、肘、膝の防具を」
「まいどあり!」
「ところで、このグローブは何ていう武器なのかな?」
 代金を渡しながら店主に訊ねてみた。でも店主は首を傾げるばかり。

「さあてなあ? ケンプファーってヤツが少ないもんだから、それ用の武器ってのも中々流通しなくってよ。敢えて言うなら鉤爪クローだろうなぁ」

 そうなんだ。見た目そのまんまだね……
 ともあれ、購入した武具を装備して、僕等は冒険者ギルドへと向かった。
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