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一章
アーテル
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ノワールは無言でミスティウルフの前に立ち、両手を広げた。すると、全身から黒い靄が立ち昇る。これは、黒ウサギだったノワールを埋葬しようとした時と同じだ。恐ろしい程の魔力を感じる。
「おおお……これは!」
ん?
ミスティウルフの赤い瞳から零れるものが。
「懐かしい……再び闇の魔力を感じる事が出来ようとは!」
ああ、感極まってるのか。妙に人間くさいとところがあるな、このミスティウルフ。
「大精霊よ。そなたがこの小僧に力を与えているのか?」
「そうですが……このお方は私を二度に渡り助けて下さった恩人です。この世界でも数少ない闇属性の適正者。私はご主人様の命尽きるまで、忠誠を誓っています」
それを聞いて、ミスティウルフがこちらに視線を向ける。
「では、小僧がこの大精霊を眷属化したと?」
「眷属化? いや僕はそ――」
「その通りです! 私はご主人様の眷属なのです!」
いや、なんでそこで嬉しそうなのさノワール?
それに眷属化ってなに? 僕、別に契約とか結んでないよね?
「小僧。眷属になるのに特別な儀式や契約などいらぬ。そう望めばよいだけだ」
ふうん?
でも眷属になって、何かメリットがあるっていうの?
「ご主人様。例えば我々のようなヒトならざる者がヒトの眷属になったとします。そうすれば私のように人の姿をとり、人の食物を食し、人の営みをも……その、男女間のアレとかソレですね。そういった事を体験できるのです」
頬を染めてクネクネしながらノワールが言う。なにこの羞恥マックスな感じ。可愛いし。
そんなノワールの言葉を肯定するように、ミスティウルフも続けた。
「そうだ。我等にとって人間などは取るに足りぬ存在ではあるが、その生活だけは彩りに溢れている。その一点だけは羨ましく思う」
そんなものなのかな? 確かに魔物や獣には娯楽や料理、創造みたいな、生きるという行為を楽しむ為に付加価値を付けるみたいな事はないだろうけど。
「そこでだ、小僧」
ミスティウルフが改まってお座りのポーズをした。でっかいけどちょっと可愛いかも知れない。体毛に魔力を流していないせいか、黒光りする毛はいかにも柔らかそうで、そう、モフモフ。黒ウサギだった時のノワールを思い出す。
「む?」
すると、急に目付きを険しくしたノワールが自分の魔力を揺らがせた。
「お、おい?」
僕は不審に思ってノワールを宥めにかかるが、彼女は僕の心配をよそに黒ウサギに変化してしまった。そして、今では懐かしくなってしまったあの頃のように、僕の足下でじゃれついてくる。
なるほど。つまり、モフモフのポジションは渡さないと、そういう意思表示なのかな?
「ぐぬぬぬ……小僧、我も眷属にするのだ」
「はい?」
「我も眷属にするのだ」
「いやでも――」
「眷属にするのだ」
「ア、ハイ」
僕が了承するや否や、ミスティウルフは尻尾をブンブン振りながら目の前にやってきた。そして撫でろとばかりに頭を下げてきた。いや、下げても僕の視線くらいの高さなんだけどね。
まあ、届かない訳じゃないのでミスティウルフの頭に触れると、手のひらから魔力が流れ込んで来る。
ああ……これは確かに僕と同質のものだ。きっと闇属性の精霊達が封印された後、思うようにならない自分と戦ってきたんだろうな。
ノワールの魔力が僕の中に入り込んで来たあの時と同じ感覚がする。不思議な一体感だ。そうか、これが眷属になったという事なのか。
それじゃあ、僕も魔力を流してみようか。
すると、僕に目を合わせたミスティウルフが、嬉しそうに目を細めた。うん、僕には確かに嬉しそうに見えたんだ。
天災とも言える強大な力を持った魔物とも渡り合える存在。普通なら、見ただけで恐怖に足が竦んでしまいそうなその佇まい。
「お前は……いや、主人は我と同士であったか」
眷属になった事で僕の呼称が貴様からお前、そして主人と変わった!?
「ショーンでいいよ。で、君の名前は?」
「……ない」
「そっか……」
「ないのだ」
「……」
「ないのだ」
「分かった! 分かったからちょっと待って! 考えてる!」
なにこの狼、めっちゃ押しが強いんですが!
ノワールも妙に押しが強いとこあるけど、闇属性ってこんな感じなの?
うーん。しばらく考える。ミスティウルフの期待に満ち満ちた視線が痛い。
ノワールはそのまま黒って意味だ。それを言ったらこのミスティウルフだって黒なんだよなあ……
そうだ!
「アーテル。君は今日からアーテルだ」
「アーテル……うむ! 気に入ったぞ、主人よ」
アーテルっていうのは現在は殆ど使われない神代の言語で、やっぱり黒って意味だ。気に入ってもらえて何よりだよ。
「じゃあ、二人共僕の事はショーンって呼んでよね!」
「分かりました、ご主人様」
「うむ、承知したぞ、主人」
ダメだ。分かってなかった……
それにしても、アーテルは神獣、ノワールは大精霊。僕達人間より遥かに格が高い存在のはず。そんな彼等が僕なんかの眷属になるっていうのは、何て言うかな、プライドとかそういうものが妨げにならないのかな?
「そんな事はありませんよ? 私達はご主人様を認めているからこそ眷属になっているのです」
「うむ、それに人の一生など我等にしてみれば一瞬の事よ。その短い時間をヒトとして生きるのもまた一興」
という事らしい。
そういう事ならよろしく頼むよ。
「おおお……これは!」
ん?
ミスティウルフの赤い瞳から零れるものが。
「懐かしい……再び闇の魔力を感じる事が出来ようとは!」
ああ、感極まってるのか。妙に人間くさいとところがあるな、このミスティウルフ。
「大精霊よ。そなたがこの小僧に力を与えているのか?」
「そうですが……このお方は私を二度に渡り助けて下さった恩人です。この世界でも数少ない闇属性の適正者。私はご主人様の命尽きるまで、忠誠を誓っています」
それを聞いて、ミスティウルフがこちらに視線を向ける。
「では、小僧がこの大精霊を眷属化したと?」
「眷属化? いや僕はそ――」
「その通りです! 私はご主人様の眷属なのです!」
いや、なんでそこで嬉しそうなのさノワール?
それに眷属化ってなに? 僕、別に契約とか結んでないよね?
「小僧。眷属になるのに特別な儀式や契約などいらぬ。そう望めばよいだけだ」
ふうん?
でも眷属になって、何かメリットがあるっていうの?
「ご主人様。例えば我々のようなヒトならざる者がヒトの眷属になったとします。そうすれば私のように人の姿をとり、人の食物を食し、人の営みをも……その、男女間のアレとかソレですね。そういった事を体験できるのです」
頬を染めてクネクネしながらノワールが言う。なにこの羞恥マックスな感じ。可愛いし。
そんなノワールの言葉を肯定するように、ミスティウルフも続けた。
「そうだ。我等にとって人間などは取るに足りぬ存在ではあるが、その生活だけは彩りに溢れている。その一点だけは羨ましく思う」
そんなものなのかな? 確かに魔物や獣には娯楽や料理、創造みたいな、生きるという行為を楽しむ為に付加価値を付けるみたいな事はないだろうけど。
「そこでだ、小僧」
ミスティウルフが改まってお座りのポーズをした。でっかいけどちょっと可愛いかも知れない。体毛に魔力を流していないせいか、黒光りする毛はいかにも柔らかそうで、そう、モフモフ。黒ウサギだった時のノワールを思い出す。
「む?」
すると、急に目付きを険しくしたノワールが自分の魔力を揺らがせた。
「お、おい?」
僕は不審に思ってノワールを宥めにかかるが、彼女は僕の心配をよそに黒ウサギに変化してしまった。そして、今では懐かしくなってしまったあの頃のように、僕の足下でじゃれついてくる。
なるほど。つまり、モフモフのポジションは渡さないと、そういう意思表示なのかな?
「ぐぬぬぬ……小僧、我も眷属にするのだ」
「はい?」
「我も眷属にするのだ」
「いやでも――」
「眷属にするのだ」
「ア、ハイ」
僕が了承するや否や、ミスティウルフは尻尾をブンブン振りながら目の前にやってきた。そして撫でろとばかりに頭を下げてきた。いや、下げても僕の視線くらいの高さなんだけどね。
まあ、届かない訳じゃないのでミスティウルフの頭に触れると、手のひらから魔力が流れ込んで来る。
ああ……これは確かに僕と同質のものだ。きっと闇属性の精霊達が封印された後、思うようにならない自分と戦ってきたんだろうな。
ノワールの魔力が僕の中に入り込んで来たあの時と同じ感覚がする。不思議な一体感だ。そうか、これが眷属になったという事なのか。
それじゃあ、僕も魔力を流してみようか。
すると、僕に目を合わせたミスティウルフが、嬉しそうに目を細めた。うん、僕には確かに嬉しそうに見えたんだ。
天災とも言える強大な力を持った魔物とも渡り合える存在。普通なら、見ただけで恐怖に足が竦んでしまいそうなその佇まい。
「お前は……いや、主人は我と同士であったか」
眷属になった事で僕の呼称が貴様からお前、そして主人と変わった!?
「ショーンでいいよ。で、君の名前は?」
「……ない」
「そっか……」
「ないのだ」
「……」
「ないのだ」
「分かった! 分かったからちょっと待って! 考えてる!」
なにこの狼、めっちゃ押しが強いんですが!
ノワールも妙に押しが強いとこあるけど、闇属性ってこんな感じなの?
うーん。しばらく考える。ミスティウルフの期待に満ち満ちた視線が痛い。
ノワールはそのまま黒って意味だ。それを言ったらこのミスティウルフだって黒なんだよなあ……
そうだ!
「アーテル。君は今日からアーテルだ」
「アーテル……うむ! 気に入ったぞ、主人よ」
アーテルっていうのは現在は殆ど使われない神代の言語で、やっぱり黒って意味だ。気に入ってもらえて何よりだよ。
「じゃあ、二人共僕の事はショーンって呼んでよね!」
「分かりました、ご主人様」
「うむ、承知したぞ、主人」
ダメだ。分かってなかった……
それにしても、アーテルは神獣、ノワールは大精霊。僕達人間より遥かに格が高い存在のはず。そんな彼等が僕なんかの眷属になるっていうのは、何て言うかな、プライドとかそういうものが妨げにならないのかな?
「そんな事はありませんよ? 私達はご主人様を認めているからこそ眷属になっているのです」
「うむ、それに人の一生など我等にしてみれば一瞬の事よ。その短い時間をヒトとして生きるのもまた一興」
という事らしい。
そういう事ならよろしく頼むよ。
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