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一章

僕の痛みが分かるのは僕だけ

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「テメエ……魔法使えたのかよ……」

 腰まで泥沼に浸かって身動きが取れない双剣使いが恨めしそうに言う。

「いいえ、使えませんでしたよ。でもね、あなた方のお陰で使えるようになったんですよ」

 僕はありったけの憎悪と皮肉を込めて言った。
 そして、まだ気を失っている弓使いの首根っこを掴んで引き摺ってきた。然程力まずにそれをやった僕を、驚きの目で見ている。
 こいつ、魔法だけじゃなくてパワーもか、そんな感じだね。そんな視線を無視して、僕は泥沼に弓使いをポイッと放り込む。盛大に泥の中に顔を突っ込んだ弓使いが意識を取り戻した。

「ブハッ! ペッ! なんだこりゃ!?」

 さて、役者も揃ったし、始めようか。

「デライラ。君も来るんだ」
「ええ……」

 デライラには元々抗うつもりはないようで、素直に従ってくれる。

「どうしてあなた方は、僕にこうも嫌がらせをするんです? 僕はあなた方に何か恨まれるような事をした覚えはないんですけどね」
「「「……」」」

 泥沼の中の三人は答えない。答えを誤れば自分達は死ぬ。そういう状況だしね。

「答えられないのなら質問を変えましょうか。僕の大切なウサギを手に掛けただけでなく、僕まで殺そうとするのは何故ですか?」

 僕を殺そうとしていた。その事を聞いたデライラの瞳に動揺が走る。さっき自分が人質になってたのに……いや、痛めつけはしても、殺すとまでは思わなかったとか?
 甘いよデライラ。こいつらは僕の大切なノワールを……

「俺達がやったっていう証拠でもあんのか!?」

 まあ、そうだよね。確かに物理的な証拠はないかな。刺さっていた矢だって、どこにでも売っている物だし。
 でもね。がいるんだよね。

「ノワール」
「はい」

 僕の側に控えていたノワールが短く答えると、その姿が徐々に朧気になっていき、そして靄のようになって形が崩れ去っていく。そしてその靄が再び集まり、形を成した。

「な……」
「バカな……」
「……」

 ノワールが姿を変えたのは、そう、彼女のの姿。毛が長い、タレ耳とつぶらな瞳が愛くるしい黒ウサギだった。

「ショーン……この子って……」

 デライラも唖然としていて言葉を上手く紡げないようだ。

「そうだよ。君も気味悪がってたノワールさ。この子がこいつらに殺される時、どれだけ怖くて痛かっただろうね……それは僕にも分からない」
「……」
「ただ、僕が邪魔だからという理由にしろ、僕を思っての事にしろ、僕の大切なものを奪う権利は誰にもない」
「……そうよね」

 デライラが悲し気に俯く。今更ながらに、自分達のした事の身勝手さに気付いたのだろうか。一応の謝罪はしてきた彼女だけど、実際にノワールを目にした事で、そして自らは直接手を汚していないという、ある意味卑怯だった事で罪悪感が増したのかもしれない。

「そこで、僕は彼等の大切なものを奪おうと思うんだ。異論は許さないし、僕等にはそれをする権利がある」
「ショーン?」

 今の僕は、デライラが未だかつて見た事がないような顔をしているだろうな。怒り、憎しみ、そして今から復讐するという高揚感。マイナスの感情が表に出た、昏い笑顔を浮かべている事だろう。
 そんな僕を見る彼女の目の色は、一言で言うなら恐怖だ。

「それに、僕が許しても彼女が許しはしないよ」

 ノワールは人型に戻り、弓使いが持っていた弓矢を拾って来た。そして矢を番え、弓弦を引く。標的は弓使いだ。

「ひぃっ! やめろ! やめてくれ!」

 ノワールは顔色一つ変える事なく矢を放つ。ひゅん、という弓弦の音が洞窟の中に反響した。

「かひゅ」

 弓使いが喉笛を貫かれて絶命した。それを見ていたデライラが口に手を当てて息を飲む。

「ありがとうございます、ご主人様。お陰で仇を討てました」

 ノワールは弓矢をその場に投げ捨て、胸に手を当て片膝を付いた。あとは僕に任せるという事だろうか。それならば、僕も復讐を果たそうか。
 二本の短槍を手に取り、斧使いと双剣使いに突き付ける。

「な、なあ、直接やったのはアイツなんだ。お、俺達はいいだろ? な?」
「そ、そうだ! 俺達は見てただけなんだよ」

 身動きの取れない二人が哀願するような目で僕を見る。

「ノワール、彼等はこう言ってるけど?」
「はい。この二人は面白半分に私を追い回し、逃げられないように部屋の隅に追い込みました。逃げ場を失った私は弓使いに……」

 かわいそうに。ノワールが死の間際の記憶を思い出し、恐怖で自分の身を抱きながら震えている。

「そうだったんだ。面白半分に、僕の大切なノワールを……」
 
 僕は突き付けた槍に僅かに力を込めた。ほんの数ミリ、穂先が突き刺さる。

「ショーン! もうやめ――」
「デライラ、君に分かるかい? 僕がどれだけノワールに救われてきたか」

 僕を制止しようとするデライラの言葉を遮り、僕は今まで彼女に話した事がない苦しみを吐露した。
 魔力測定でゴールドランク並との評価を得ながら、まともに魔法を使えなかった絶望。
 期待のホープとして名を上げていくデライラと比較され続け、残滓の異名を付けられた僕の苦しみ。
 理由もなく虐げられ、罵倒され、迫害される日々。
 毎日、僕は何のために生きているんだろうか。それでもいつか、努力を続けていれば花咲く日が来るんじゃないか。そう思いながら努力しても、それすら否定される毎日。
 でも、僕は耐え続けた。家に戻れば、ノワールが僕を癒してくれた。僕の生きる糧だったと言っていい。

「周囲にちやほやされ続け、ノワールを気味悪いと言っていた君には分からないだろう?」
「そう……だったの」

 周囲の人間はそれこそ面白半分だったかも知れない。だからデライラはそれほど深刻な事になっているとは思っていなかったんだろうね。もっとも、僕も極力それを表に出さないようにしていたんだけど。

「ショーン、あたしの話を聞いて」

 僕の話を一頻り聞いたデライラが、僕に真っ直ぐな視線をぶつけてきた。
 ああ、彼女のこんな瞳を見るのは随分久しぶりだ。いつしか僕を見下すような視線になっていたデライラが、こんな目をするなんて。
 いいだろう。話を聞いてみよう。
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