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一章

現実を受け入れられない者は滑稽である

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 クエスト出発前日まで、冒険者ギルドはごった返していた。パーティに不足しているメンバーを補充しようとしている者。または自分を売り込んでいる者。
 仲間は多い方がいいよね。その気持ちは分かるよ。でも、それは信頼できる相手の場合だけど。
 それとは別に、ポーターというポジションの人間を募集しているパーティが多い。何しろ魔物討伐の大規模クエストだから、持ち帰る素材も大量になる可能性があるし、移動だけでも往復四日間掛かるので、水や食料、更には薬品や予備の武装など、荷物は多い。それを運搬するのがポーターだ。
 一応、ポーターは冒険者以外の人間も連れて行くのは可だ。でも、いざという時に足手まといになるド素人よりは、多少なりとも戦闘を熟せるウッドランクの冒険者を雇う場合が多い。ポーターの日当は雇用したパーティが支払う代わり、入手した素材などはポーターに分配する必要はない。
 それだけ聞くと、重い荷物を持たされ、場合によっては命懸けの戦闘も強いられるポーターにうま味は無いように思える。でも、それがウッドランカーやブロンズランクのソロ冒険者の場合だと若干事情が変わってくる。
 もしも雇い主のパーティと意気投合すればパーティに入れてもらえる可能性もあるし、素材の取り分は無くてもギルドへの貢献度は上がるので、昇格への近道になる事は間違いない。
 まあ、生きて帰れればの話だけどね。

「やあ!」

 そして出発当日。街の外に集合していた冒険者たちの人混みを掻き分けて、僕達に近付いてくる一団がいた。
 爽やかな愛想笑いを浮かべた弓使い、そして斧使い、双剣使い、更にはデライラ。その後ろにはポーターらしき少年が二人。
 デライラだけは僕と視線を合わせようとしないが、他の三人は一様に笑みを貼り付けている。ただし、目は一切笑っていないが。

「なんでしょう?」
「そうイヤな顔をしないでくれ。俺達も悪かったと思ってね。こうして謝罪しに来たんだ。そこでどうだろう? 俺達のパーティのポーターをやらないかい?」
「ポーターですか? あはははは!」

 僕は思わず笑ってしまった。だって、笑えるよね。僕はアイアンランクで彼等はブロンズランクなんだよ?

「……何がおかしい?」

 こいつはまだ気付いてないのかな。

「僕はアイアンランクです。あなた方はまだブロンズでしょう? 僕があなた方をポーターとして雇うなら分かりますけど。ちゃんと起きてますか?」

 すると、弓使いは顔を真っ赤にして怒り出した。

「調子に乗るな! どうせお前の実力じゃなくてそっちの女のお陰だろう!? 寄生虫の分際で! お前ら、いくぞ!」
「……ふん」

 去っていく男達を鼻で笑い、まだ残っているデライラに声を掛ける。

「あんな連中とパーティを組んでるとか、まったく意味が分からないね。他人の大切なものを奪い、見下し、現実を受け入れる事も出来ない」
「ショーン、あの……」
「せいぜい魔物にやられないように気を付けてね」

 何か言いたそうなデライラだけど、僕としては特に聞きたい事はない。それに、奴らを殺すのはこの僕とノワールだ。魔物なんかにやられて欲しくないのは本心だ。

「……ごめんなさい」

 デライラはそれだけ言うと、去っていった。

「今更謝罪されたところで……」
「ですがご主人様。あの少女、どうするのですか?」

 デライラの内面に変化があった事に気付いたのだろう。ノワールが小首を傾げながら訊ねてきた。
 正直、分からないな。
 僕達の復讐を邪魔するなら、彼女も敵だ。だけど……

「ノワールは彼女を許せるのかい? 直接手を下したのがあの男達でも、デライラがそれを黙認したのは間違いない」
「私も、正直よく分からなくなってきました。彼女からは激しい悔恨の念が流れてきます。それに、私に手を下した男達を黙認したのも、ご主人様の身を案じての事かと」
「……」

 僕は答えられなかった。デライラが僕を案じて敢えて突き放したのは何となく理解できる。だからといって……

「確かにあの時は怖くて悲しくて、悔しくて、無念でした。でもあれが切っ掛けで元の姿と力を取り戻す事が出来たのも事実です」

 一度ウサギとしての命を絶たなければ封印は解かれる事なく、その上僕のような闇属性に親和性のある魔力の持ち主から魔力供給を受けないと、復活する事が出来なかった。
 いくつかの偶然と奇跡が僕とノワールを邂逅させたのは確かにその通りで。それらがなければ、今頃僕は黒ウサギのノワールを愛でながら、田舎で畑でも耕していたんだろうな。

「ノワールは、ウサギとして生きていくのと、今の生活と、どちらが良かった? 安穏と田舎で生きるか、冒険者として常に危険の中に身を置くか」
「もちろん、後者です!」

 そう答えるノワールの瞳に力が籠っていた。

「ご主人様は史上稀にみる偉大なウィザードなのです。私の力を存分に振るえる存在など、ご主人様を置いて他にはいません。そしてご主人様には私が必要なのです!」

 ご主人様の側で愛玩動物として愛でられるのも捨てがたいですが。頬を染めながら小さくそう付け足したのを僕は聞き逃してないぞ?
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