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第四章
4-19
しおりを挟む「嫉妬深い男は嫌われるぞ。ねぇ雪ちゃん」
「馴れ馴れしいんだよ。名前で呼ぶな」
「俺ら一緒のお布団で寝た事あるもんねー。それ相応の態度だよねー」
「は? どういう事?」と隣に座る雪に顔を近付けて問い正すと目ん玉を右往左往動かし、口元をごにょごにょ動かした。頬が赤く染まり何かあったのは至極当然で、久賀は目の前に座る男の胸倉を掴むと、その衝撃で湯呑みが倒れて茶が零れてしまったが、そんなのお構いなしに久賀は亮の胸倉を掴み引き寄せる。
「悪気はなかったんだよ、いい香りがしたからちょっと匂い嗅いで、お尻触っちゃたけど」
「は!? 貴様っ」
「少女という年齢でもさ、可愛いし女の子だし躰が膨らみだした蕾みたいな子が同じ布団の中に居たら触っちゃうでしょ?」
「左目だけじゃなくて右目も斬ってやろうか」
亮の前髪に隠れた左目を久賀は眼光鋭く殺気の籠った視線で刺し、片手を刀の鞘へ手を伸ばした所で、クイクイと袖を引かれた。視線を移すと座ったままの雪が頬を染めながら袖を握っていた。
「私、寝ぼけてて…その…間違えて」
久賀は俯いたまま話す雪に耳を傾けた。
「部屋を間違えて、お布団も入っちゃって…悪いのは寝ぼけていた私が悪いんです」
「悪いのは私です」と言うのは簡単だ、何もされていないのだから。尻は触られたが…。
悪いのは私なんて言葉、簡単に言ってはいけない。相手に隙を与えるし、「お前が悪いんだからされてしょうがない」なんて言われれば雪の事だ、「そうなのかも」と思って男に組み敷かれて取り返しのつかない事になるのは安易に想像できる。
「間違えて布団に入ったのは頂けないが、悪いのはこの男だ。雪は何一つ悪くない。こいつが部屋を変えれば良かっただけの事」
「ごめん、ごめんって~」
「心がこもっていない。手を出せ。指を詰めろ」
「正直に告白すればさ…触ったんじゃなくて、何回か揉んじゃった」
「貴様…!」
投げ飛ばし、亮は尻もちをついたが、鬼気迫る男の様子に全く怖がる気配もなく面白がっているようだった。
「据え膳食わぬは男の恥、って言うしさぁ」
「そのお喋りの口もあの時一緒に斬られていれば良かったものを」
「それを助けてくれたのは京じゃ~ん」
「俺はそれをとてつもなく後悔している」
「俺の口が斬られたところで口が増えてさ、余計煩くなるよ」
「二度と声が出ないようにしてやろうか」
音もなく刀を抜いた所で、背後から雪の慌てた声が聞こえたが久賀は「黙っていなさい」と振り向きもせずに吐いた。
「お友達なのに、そんな」
「穴兄弟でもあるよ」と亮が言ったものだから「穴兄弟って…? 友達でも兄弟でもあるのですか? 兄弟なら尚更斬るなんて駄目です」と慌てた様子で雪は久賀の裾を引っ張った。
「穴兄弟っていうのはね」
ダン!と刀を脚の間に刺された亮はそれでもヘラヘラのまま男を見上げたままで、それは股間すれすれで少しずれていれば刺さったが、この色黒の男は咄嗟に後ろにずれてそれを避けたのである。
「目で追えた。鈍ったか?」
「本気で殺りあうか? お前も刀を持ってこい」
後ろで名前を呼ばれているが、雪を無視してしまう程久賀は目の前の旧友に腹が立って仕方ない。
初対面の頃から馴れ馴れしかったこの男は、昔から久賀の神経を逆撫でしてばかりいた。
「不可抗力だったんだよ。それに俺だけじゃなくて雪ちゃんも悪いと思うなぁ」
「雪は悪くない。お前が悪い」
「だってさー、布団に潜ってきて胸にすりすりされたら、良いのかな? って思うのが普通じゃん? 手を出して良いと思っちゃうよね?」
「す、すりすりなんてしてません!!」と思わず雪は声を荒げて否定したが、
「したもーん。寒かったみたいで、丸まって俺の隣で寝たでしょう? 猫みたいに擦り寄ってきたもん」
「してません!!」
「えぇーしたってー」
「してないです!」
二人は久賀を挟んで言い争いを始めてしまった。
久賀は尻餅をついたままの男を見るとニヤニヤしていてどう見ても雪は揶揄われていた。
チラリと背後の雪に視線を送ると、雪はハッと口を押さえて身体を小さくすると「してないです…」と声を小さくしてキュッと下唇を噛もうとしたが、注意をされて歯を引っ込めた。
「擦り寄ってきちゃうし、足を絡めてくるから、やって良いのかなって、思って俺も帯を解こうとした訳よ」
ギロリと久賀に睨まれたが「まぁまぁ待て待て」と両手をかざして待て待てと目の前の男を制した。
「でも『久賀様、久賀様』って言いながらさ、甘えるように擦り寄って来てね。いくら俺でも他の男の名前を呼びながら寝惚ける子に手を出す事出来ないよー。尻は揉んだけど」
「その『久賀様』が京とは思わなかったけどねー」と楼主の言葉を聞きながらバッと振り返れば顔を真っ赤にする雪と目が合った。
「京の夢でも見て寝惚けちゃったんだよね?」
ニヤニヤしながら亮は言った。
「そうなの?」
久賀から訊ねられ、答えられずに余計に全身を赤く染めあげて、それは肯定しているようなものだった。
「良かったね、本物と再会できて。いつも寂しそうだったもんね」
前に立つ久賀の背後からひょいと顔を覗かせて、雪を見るとニコッと亮は笑ってみせた。先程のニヤけたような笑みではなく、それは本心から言っていると分かるような、優しさが含まれていた。
――――そんなに、私は分かりやすかったのかな?
じっと見つめたままの久賀から視線を遮るように勢い良く立ち上がると、
「ね、姐さんにお土産を渡して来ます!」
とその場を後にしようとする雪の手首を久賀は咄嗟に掴んだ。
「姐さんって言っても男だよね? 二人きりになるのは拙いから俺と一緒に行こう」
「大丈夫です、お二人には積もる話もあるでしょうから!」
そこまで強く掴まれていなかった腕を振り払うと、雪は部屋を慌てた様子で出て行ってしまい二人の男が残された。
雪が出て行った扉を久賀はじっと見ながら、昨夜を思い出していた。
三か月振りの一緒に過ごす晩、就寝の時間になり男は雪に一緒の布団で寝ようと誘うと断られた。
「戻ったばっかりですから、初日から一緒のお布団で寝るのは頂けません」
昼間に一緒のお布団で寝てくれるか否か訊いてきたくらいだ、断られると思っていなかった久賀は面食らった。
断った理由がどういう理屈か分からなかったから言い包めて一緒の布団に入ろうと思えば入れたし、雪の体温を感じたかったが再会した初日に強引に押すのは早いと判断した男はすんなりと雪からの拒否を受け入れた。
しかし。
俺の夢を見て寝ぼけて他人の布団に潜り込んでしまうくらい淋しかったというのなら、断らなくても良かったのでは…?
「やっと、二人きりになれたね」
と気持ち悪い台詞が聞こえて振り向けば、旧友、もとい、兄弟子の亮がニヤリとして笑い、久賀は顔を引き攣らせた。
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