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第二章
2-19
しおりを挟む「————何してんの」
由希は太助の店の前で行ったり来たりとうろうろしている久賀を怪訝な目で見つめた。
朝起きて店の前を掃き掃除しようと外に出ると、久賀が親指の爪を噛みながら怖い顔をしてうろうろと動きまわっていたのだった。
「何してんの?」
と久賀を見ると、その目は据わっていた。ぶつぶつと呟いている久賀を由希は遠巻きにして店の前を掃くが、自分と同じ方向へ久賀が歩いて来る為に埃が舞って少しも綺麗になる気配はなかった。だからといって久賀とは逆方方向から掃くが、態とやっているのか由希が行く方向へ向かってくる為、半ば掃き掃除を諦めてうろうろ動き回る久賀へ話しかける事にした。
「俺は許可を出すつもりはなかった」
「なんの?」
「手紙の相手と会う約束」
「へぇ。あれ成功してたんだ。良かったじゃない」
「はぁああ?!」
と声を荒げ、由希に凄んで身を乗り出し、由希は思わず後退ってしまう。
「どこの誰かと分からない、手紙の内容からして頭と尻の軽いような女と会うんだぞ。どこが成功して、どこが良かったんだ!」
「あんた、頭と尻と股が軽い女好きでしょ…」
自分もその部類に入るといえば入るのだが…久賀に対してだけなので当てはまらない筈だ。
「いくらゆき君でも、そう簡単に騙されないでしょ。確かに素直な子ではあるけど」
「変な事を教えられたらどうする! 無理にでもついて行けば良かったんだ」
つい雪の可愛さに負けてしまい、折れてしまった。
久賀は、雪が視界に映らなくなってから、本当にこれで良かったのかと再度後悔の念に苛まれ始めてしまい現にこうしてうろうろと歩き回っていた。
「どこまで行ったの?」
「佐川町だよ」
「————全っ然、遠くないじゃない」
「はぁあああ?! あそこは花街が近いからゴロツキがわんさか居るじゃねぇか! 俺はそんな所に行って欲しくなんてねぇよ!」
「昼間からごろつきはウロウロしてないわよ。動くのは夜からでしょ」
遠いか近いか答えただけだが、何が引っ掛かったのか怒りを露わにしている。
「可愛い子には旅をさせよ、っていうでしょ」
「はぁあああ!? 可愛い子を旅なんかさせたら道端で犯されて終わりだろ! だったら”可愛い子は部屋から出さない”、が正解だろうが」
何を言っているんだと久賀を見たがその目は冗談を言っているように全く見えないし、薬を打っているように見えない。
正直、久賀のこんな姿を見たのは初めてだった。まして、雪に対しての執着は度を越えてはいまいか。過保護とは言えなかった。
由希を組み敷く久賀の余裕のある姿は跡形もなく、今は恋に腑抜けの男しかそこにはいない。
「可愛い子は痛いものや怖いものから隔離して、守ってやるもんだろ。何を好き好んで、旅なんてさせんだよ。誰だよそんな事言った奴」
————重症だわ。
ここまで酷いとは思っていなかった。
最近では由希の前で雪への執着を隠さないようになっており、大抵ぼうっとしている時は雪の事を考えているとこの男は自分で言ったのである。
由希を組み敷いてる時でさえ、雪の事を考えていた。正直、自分の上に乗っかって他の女の事を考えているなんて失礼極まりない話なのである。それをこの男は悪気もなくそう言い放った。流石に由希も腹はたったが、これは由希にとって復讐である。この行為を間違いだと思わせない為に、雪に嫌われるように仕向けるには口を噤むしかなかった。
しかし、久賀の行動は常識を逸している。
他人に対して愛着が湧いた事のない久賀にとって、大事な物はしまわなきゃいけないという認識なんだろうか。
外部から遮断しあらゆる痛みから守り、愛でるだけ愛でて。それは愛情ではなく飼い慣らしではないか。
子供が受け止めるには重すぎる。あの子に罪はないというのに。
真顔で隔離すると言った久賀から視線を外すように、由希は箒で地面を掃いた。
「…昨晩は顔見せなかったわね」
「あ? 忙しいしな。当分ねぇよ」
そう、と由希は呟いて、箒を動かしながらも自分の足元をじっと見つめた。顔を上げられなかったのだ。ついに行動に移したのかと思って背筋に冷たい汗が流れたが、それは久賀の想いをぶつけられたかもしれない雪の心配からくるものではなく、ついに見向きもされなくなるかもしれないという、恐れからだった。
今朝、雪は外出していったのだから、久賀は何もしていない筈だと由希は結論付ける。この男があの子を手に入れたならば、その瞬間に自由は失われるのだから。
まだ関係を結んでいない事に雪は安堵していた。久賀に復讐すると言っておきながら、矛盾した心に由希はこの期に及んで久賀に未練がましく恋をしている自分に嘲笑を浮かべた。こっぴどく拒絶され嫌われたなら、自分に希望があるのではないか、と。
その一方。久賀と言えば未だにぶつぶつと独り言を言っていた。
知らないところで何かあれば、助けられず間に合わない。そう思うと居ても立っても居られず、今から走って迎えに行こうと思ってしまう始末である。
しかし、迎えに行けば夜の約束はなくなってしまう。いや、それ以前に、さっさと奪って部屋から出さなきゃ良いのではないか…?
久賀は突然閃いたようで、口笛を三回鳴らすと、頭上高く、一羽の鷹が空をぐるぐると舞い、差し出した右腕に降りてきた。慶ちゃんである。
「良いか。雪に何かありそうになれば、すぐに俺に知らせろ。あった後では駄目だ。その前だ」
後をついて行って見つかってしまうなら、常に傍に居ても怪しまれない奴を監視役にすれば良い。
久賀がそう言うと、返事をするかのように慶ちゃんは短く鳴くと、すぐさま飛び去ったのだった。
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