愛する妻が置き手紙一つ置いて家出をしました。~旦那様は幼な妻を溺愛したい~

猫原

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第一章

幕間1-②

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「──様ですよね?」
 銀髪の男の背中に声を掛けると、その人物がゆっくりと振り向いた。穏やかな琥珀色の瞳が見開いていく様を私──サラに扮したジェシカはじっと見つめてから勢いつけてガバッと頭を下げる。
「二年前、森の中で私を助けて下さってありがとうございました! あの時お礼を言えなくて……言うのが遅くなってしまいました……」
 間があった。
 男は何も言葉を発さず、ただ戸惑っている様子が肌で感じる。
(女がこうやって頭下げているんだから、それをそのままにするわけ?)
 見た目通りに柔な男だった。やっぱりサラには似合わない。私の半身に似合う男は、何もかも強い男でなきゃ。
 俯いたままチラッと顔を横に向けると、王太子妃に間違われて様々な人達に声を掛けられているサラが視界の端に映った。
(そろそろ戻らないと……)
 頭を上げたと同時に、やっと声を掛けられる。それも謝罪だった。
「王太子妃……申し訳ございません、わたくしは貴女を助けた記憶がないのですが……別の人間と間違えておりませんか?」
「間違えておりませんわ」
 内心ドキドキているのを表情に出さないように澄まして答えると、男は困ったように首を傾けた。
「それに、わたくしは王太子妃ではありません」
「……それは、無理があるかと……」
 ますます困った、というように眉が下がっていく。それを見て、カマをかけられているわけではないと悟った。
「……どうして、別人だと分かったの?」
「王太子妃が仰ったお話の方は……王太子妃よりも瞳の色は薄く、栗色の癖毛は自然のように見えましたから」
「盗み聞きしてたの?」
「盗み聞き?」
 目をパチクリと瞬きした男を見て、私は力が抜けた──初めてだ。サラと私を間違わず判別できた男は。
「人を良く観察されているのね」
「お褒め頂き光栄です」
 クスッと笑った男を私はマジマジと見た。サラが恋する男は、どう見ても優男だ。どうしてこの男に惹かれたかと言えば、悪漢から助けてくれたからだ。まるでヒーローのように登場した男に助けられ、憧れを抱いたに違いない。それが恋心と言えるのか些か疑問が沸く。
「あーーーーー、いやだわ」
(かわいいサラが、もしかしたらこの男のモノになるかもしれない)
 外見はそっくりでも、私たちの性格は違う。私は見た目はおっとりしていても、騒ぐのが好きで好奇心旺盛。でも妹は外見だけではなく性格もおっとりとしていて、私以上に淑女らしいのだ。それに、世間知らずで箱入り娘。貴族の娘として生まれ、その義務も分かっていながら、恋愛に憧れる女の子──……。
「王太子妃……?」
 恨めしく思って銀髪の男をジロッと睨むと彼はタジタジと怯んだ。こんな男に妹を任せてもいいものか……。
「王太子妃……妹さんが」
 視線を巡らせると、さっきよりもサラの周囲に人だかりが出来ていて、てんやわんやになっているサラが居た。
「まずいわ」
 そろそろ元の立場に戻ってサラを助けなければ。銀色の男の元を去ろうとした──けれど。
「忘れてたわ」
 フゥ、と溜息を吐いて銀髪男を振り返った。キョトンとした顔の男を指差した。
(他人を指差すとか、淑女らしくないって……王太子妃らしくしなさいと怒られるだろうけど)
「ここに居なさい。これは王太子妃命令です」
 と釘をさした。
(悔しいけどサラと約束したから、お膳立てはしてあげなきゃ)
 まずは、私とサラの区別がついたことは及第点をあげなければ。そのあと、二人が上手く行くかなんて分からない。あのお父様だから、彼と交際に発展した事をしれば反対するだろう……としても、この男がサラを泣かせるようなことをすれば、私が王太子妃の立場を使ってこの男を懲らしめればいいわ。
 フン、と鼻で笑って銀髪に背を向けて、私は今にも泣き出しそうなサラを救出すべく彼女の場所へ向かった。



 
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