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第一章

結婚記念日前日 過去からは逃げられないのか②

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「顔をあげなさい、このクズが」
 可愛らしい声と容姿なのに、いつもあの子は毒を吐く。細い綺麗な指で私の頬を殴り、鞭を持ち、振り上げる。細い脚で頭を踏みつけ、コロコロと可愛いらしい声で笑う──。
「聞こえていないの?」
 枕を抱き締めたまま爪先からやっとの事で視線を上げて姿を瞳に映し出すと綺麗な顔を歪めて立つ妹──ミシェルが裸で立っていた。
 十三歳で亡くなった筈のミシェルは成長した姿だった。妖艶に笑う彼女からは昔の幼さは消えている。ウェーブかかった栗色の髪をかき上げてるのをオリヴィアは呆然と見た。言葉を発そうにも震えて出てこない。彼女にされた仕打ちは、そう簡単に忘れられないのだから。
(死んだ、って聞かされたのに、どうして目の前にいるの……?)
 考えても答えが出なかった。
 寝台の上で後ろに後退れば彼女もまた一歩近付いてくる。
「夢──」
「にしては生々しいわね」
 顔がグイっと近付いてきて、碧い瞳がスゥっと細くなる。それから右手が上げられて条件反射でオリヴィアは目を閉じた──ら、痛みはいつまで経ってもなくて、馬鹿にされたように笑われた。
「いつまで経ってもビビりね」
 クスクス笑いながら言われ、反論出来ない。
「ど、どうして生きているの……?」
「ハッ。そんな事どうでも良いのよオリヴィア。それは私の台詞なの──どうして生きてるの?」
「あの男……?」
 忌々しそうに訊ねたミシェルにそう聞き返せば、
「イアン・ジョー・グゥインよ」
「イアンに何したの!?」
 ニィ、と口角が上がる。昔と変わらないその表情に吐き気がした。
「お姉様とグゥインが婚約をした時、呪いをかけたの」
 お姉様、なんて今まで言った事がないのにわざとらしい──。
「そんな事ができるの?」
「えぇ。私魔女だから」
(魔女?)
 魔女が存在する事は聞いた事がある。しかし彼女らは俗世から離れた場所で生活をし、決してこちら側の世界に足を踏み入れない、と聞いた。
「お母様は魔女の血を残す為に、皇族の男と契りを結んだの。魔女の地位を上げる為でもあるわ。魔女という事は隠していたけど、お母様は私に打ち明けた。魔女を受け継ぐ力を私に残さねばならないから」
「自分の生い立ちを……そんなにペラペラ喋っても良いの?」
 疑問を口に出すと「聞いたところで何かできる訳ないでしょ?」と嘲笑される。確かにその通りではある。
「私が幼くなったのは呪いも関係あるの?」
「フン。知らないわ。私はそんな呪いをかけていない」
(じゃあ、私が若返ったのは……やっぱりイアンと愛し合ったから……?)
 それを訊ねても馬鹿にされるだけだろう。
「──イアンにかけた呪いって?」
「お姉様とグゥインが子作りをしたら、あんたの膣でチンコが千切られる呪い」
(──は?)
 なんと返答したら良いか分からず黙り込んだオリヴィアに、ミシェルはケラケラと腹を抱えて笑った。
「でも無理な話だったかしら。お父様に一カ月近く犯されたあんたのソコは緩いものね」
 昔のトラウマを突き付けられて怯んでしまう。それでもミシェルを睨み続けた。
「それであの男は死んで、お姉様は幸せになる事はないし他人を不幸にする女だって知らしめたかったの。だって、そうでしょう? 誰の種か分からないあんたが恵まれるって可笑しいじゃない。ねぇ、スェミスへ来てから自分はお姫様になった気で居たの? 身も心も穢れきったお姉様が心の底から愛される、ってそんなの本の中でしかないのよ」
 オリヴィアは奥歯を噛み締め、下唇を噛んで涙を堪えた。
(──泣くな。泣いたらミシェルの思うツボだ)
「帝国に居る頃よりも──あの頃の貴女よりも愛されているのは確かよ」
(大事にされているのは本当。イアンからも愛されている)
 それはいつも怯えて過ごしていたオリヴィアを強くしてくれた。
 天真爛漫だったミシェル。彼女の周りには常に人で溢れていたがいつも顔色を伺っていた。それから同じ顔は見ない。頻繁に代わる使用人達──彼女達が何処へ消えたのか誰も口にしなかった。
「減らず口を」と手が振り上げられ咄嗟に目を閉じるも頬に痛みが生じない。恐る恐る目を開けると、ミシェルの手はオリヴィアの顔を貫通していた。
「バレちゃった。私は実体じゃないの。意識だけ飛ばしてるのよ」
 ミシェルがここにいない事にオリヴィアは気が楽になった。居ない奴を恐れて何になるのか──ミシェルを睨み付ける。
 それを見てミシェルは舌打ちをした。
「あんたは何故か幼児化しているし、あの男は死んでない。私のが台無しよ」
「計画?」
 訝し気に彼女を見るとミシェルはさも楽しそうに目を細めた。良くコロコロと変わる表情だ。
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