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第一章
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次の日、オリヴィアはアンからの追跡を撒いて、結婚後に住む屋敷へ訪れた。
あの噴水の近くの花壇で汗で濡れた背中を見つけた。長袖を肘より上まで捲し上げてスコップを片手に土を耕している様子だった。
イアンの名前を呼ぶと、驚いた顔をして振り返った。どうしてオリヴィアがここに居るのか分からないらしい。戸惑いながら慌てた様子でオリヴィアの元まで駆け寄ったイアンを見上げた。
「サーレン様から聞きました」
「サーレン将軍から? どうして──……」
「昨日、アンと観劇に行ったらいらっしゃったんです。その時、イアンと一緒に植えている花は育ったかって訊ねられて」
「サーレン辺境伯がそんな事を?」
オリヴィアはコクリと頷いて「身に覚えがないから、気になって来たんです」
「そうなんだね」
イアンはオリヴィアの背後を見やった。いつもオリヴィアの背後に影のように立つアンの姿が見えない事が気になった。
「アンは撒きました」
「撒いた……!? 撒く事自体は悪くないけど、でも一人で出歩く事はいくら昼間でも危ないよ……襲われでもしたら」
「慣れているから大丈夫」
昏い目で自嘲気味に言い捨てたオリヴィアを見てイアンは彼女の名を呼んだ。
何を言われるのか──「何が慣れているのか」と訊ねられるのが自分で言っておいてオリヴィアは怖くなる。イアンが何を発するのかが怖くて彼女はイアンが何をしていたのか訊ねる事にした。これが目的で、未来の住まいへ私は足を運んだのだから。
「何をなさっているんですか?」
「えっ、あっあぁ……」
何も訊いて欲しくない、という事を悟ったイアンは視線を彷徨わせてから、気まずそうに頬を掻いた。
「オリヴィアはジャスミンが好きだから、ジャスミンの花は俺が植えたかったんだ」
ツイっと右に移動したイアンの視線を辿ると、花が咲いていない苗が大量に並んでいた。
「あれは全部ジャスミン?」
「そうだよ。今から植えたら俺達の結婚式までには全部咲いていると思って。ここへ二人で住む頃には色とりどりなジャスミンが咲いているはずだ」
(あれを一人で植えようとしていたの? どうして?)
「オリヴィアが大好きだからだよ」
オリヴィアの問いは心の中で言ったつもりなのに声に出ていたみたいだった。
(どうして、イアンは私なんか好きになったのかしら……)
取り柄なんてないのに。
帝国で穀潰しと罵られた日々を過ごしていたのに。
私を帝国の兵士から助け出した時、私を見て一目惚れしたんですって……。
(髪の色と、夕焼けのような瞳が好きって)
目が腐っているんじゃないかしら……?
オリヴィアは母親が褒めてくれた髪と瞳の色を幼少時は大好きだった。──大好きだったのに、罵倒され、髪をぐちゃぐちゃにされ、自尊心を傷つけられた。そのせいで、銀色の髪を見るのが嫌いになって鏡を覗く事さえも憂鬱だった。
自分ではそう思っているのに、そう告白したイアンの表情は慈しみに溢れていて、オリヴィアは昔のワンちゃんを思い出す。あの頃から変わっていない微笑みを見て、オリヴィアの心臓は痛いくらい締め付けられた。
「本当は内緒にしたかったんだけど、バレちゃったね」
頬を赤く染めたイアンを見ると、頬が汚れている事にオリヴィアは気が付いた。
その汚れをじっと見つめていると、その視線にイオンは気が付いたようだ。
「さっき触った時に汚れたかな」
軍手をはめた右手で頬を擦ったものの、余計に広がっただけだった。
「私が拭いてあげる」
「拭いてくれるの……? あ、ありがとう」
「しゃがんで」と言うとイアンはゆっくりと腰を下ろす。同じ目線の高さになって彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。金色の瞳は蜂蜜が溶けたような色で美味しそうに見える。
いつも上げている前髪を下ろしていたイアンの前髪は汗のせいで額にくっついていたから、邪魔だろうな、と思ってオリヴィアは人差し指でイアンの前髪を横に流してあげると金色の瞳がすごく驚いて見えた。
ハンカチーフでイアンの汚れた頬を拭いてあげる。
イアンの頬の感触は私と違って固かった。だからと言って嫌悪感はなかった。
「あら?」
ハンカチを頬から話すと──何故だか余計に汚れが広がってしまった。
首を傾げてその汚れを見ると、イアンもまたある事に気が付いた。オリヴィアの頬が土で汚れているのだ。
「オリヴィア。君も頬が汚れているよ」
イアンもまたオリヴィアの頬を自分が持っていたハンカチーフで拭いてあげる。頬の感触が柔らかくてイアンの心臓は痛いくらいに鳴った。それでも気付かれないように平常心でイアンはオリヴィアの頬を拭いた。
そっとハンカチを頬から離せば……頬の汚れが広がっていた。
「あれ」
イアンは首を傾げた。上手く拭けなかった。
綺麗な顔を汚してしまってイアンは申し訳なさに項垂れた。オリヴィアには叱られた犬のように見えてしまう。
「ごめん……俺のハンカチ汚れていたかな? いや、毎日清潔なハンカチをもちろん持ち歩いているか誤解しないでくれ」
「誤解しないわ」
全然気にしていない、とオリヴィアは首を横に振った。
「そうか、なら良かった──そうだ、噴水の水で顔を洗えば綺麗になる。ちょっと待ってて」
とオリヴィアから離れて噴水へ行こうとしたイアンの袖をオリヴィアは掴んだ。
「どうしたの?」
「私も一緒にジャスミンの花を植えたい」
「オリヴィアも? でもドレスが汚れてしまうよ」
アンが選んだドレスは水色と白の縦線のワンピースだった。ドレスの下半身の裾はふんわりとしていて、十四歳のオリヴィアを幼く、愛らしく見せる事にとても成功していた。そんなオリヴィアの服が汚れてしまってはいけないと思ってイアンは、申し訳なさそうに眉を下げた。そういう時、否定の言葉が出てくるとオリヴィアは知っている。
オリヴィアはイアンの両手を握り締めた。
「ダメ?」
顔を覗き込まれ、上目使いで言われたら、そんなの、そんなの──……ノーなわけがない。
「ダメなんて事は絶対にないです。汚れたって新しいドレスを俺が買ってあげます」
「ヤッタ! 私、土いじり初めて!」
パァっと表情が明るく笑ったオリヴィアをイアンは眩しそうに目を細めて、彼も笑った。
イアンはどんな時でもオリヴィアに対してイエスマンだ。オリヴィアのドレスが汚れてしまう、と思ったものの、オリヴィアが怪我をする訳ではないし、ドレスが汚れたら買ってあげたら良い。だって俺は、スェミス大国貴族界の中で一番金を持っているんだ。オリヴィアに出し惜しみなんてしなくて良い。
それから二人で土を耕して、ジャスミンの苗を色毎に植えていく。
銀色の髪や顔、ドレスが土で汚れてしまったものの、オリヴィアは気にしなかった。イアンと肩を並べて花植えをする日がくるなんて夢にも思っていなかった。
「これって、初の共同作業ね」
イアンにそう言えば、くしゃっとした笑顔が返って来て、「無邪気で子供みたいで可愛い」と十歳年上の男相手に本気で思った。胸の奥がくすぐったくなる──これって、母性本能、っていうのね。
オリヴィアは昼間、結婚記念日の計画に必要な一つ『花冠』を用意する為に庭園で過ごした。庭師が手入れしているグゥイン公爵家の庭園は、レンガ色の石畳の道の左右には美しく整備された芝生があって、その芝生には左右対称で色彩豊かな花々が並んでいた。その先には涼やかな水飛沫を上げる丸型の噴水が広がっている。噴水を囲むように咲いている黄色、ピンク、白色のジャスミンのうちの白い花を摘んでから、オリヴィアはその噴水の低い石座席に座って花冠を編んだ。
ジャスミンを二本垂直にクロスして、縦に置いたジャスミンにもう一本の茎を折れないように巻き付ける。それをひたすら繰り返しながら、オリヴィアはイアンと一緒にジャスミンの苗を植えた日々を思い出していた。
「──フフっ」
思い出し笑いをして、「私、イアンのことを本当に好きなんだわ……」とオリヴィアは再確認をした。一本一本花を編む度にイアンへの気持ちが胸に沁みて、愛しさが溢れ出すのだ。
イアンに伝えなきゃ――。いつも伝えられてばかりだから、私も同じだって伝えるの。少しでも貴方の想いに応えたいって、思ってる。
(サーレン様に感謝をしなくちゃ)
あの劇場で、サーレン様から訊ねられなかったら私は今の生活を当然のように受け入れていただろうから。多くの使用人達に支えられている事を、感謝一つせずに過ごしていたと思う。イアンが汗と土にまみれて自分の手で花植えをしている姿を見て、屋敷の全ては"誰か"の手で私達の為に準備してくれた、って知る事が出来た。
ジャスミンの花畑もイアンの手で植えられたって、知らずに毎日、目に映して過ごしていた筈だから。
イアンと私が「初の共同作業」で植えたから、きっと愛しく思えるのね。
(イアンに結婚記念日の朝に愛しているって言うわ)
目が覚めて、一日の始めに瞳が映す人に。
(そして、イアンが初恋の人って告げるの)
月夜のダンスを思い出してくれたら、嬉しいけど。
(でも、いきなり言うとびっくりするわよね……今まで言わなかったんだもん)
「私、言うわよ」宣言した方が良いかしら?
「どうしましょうか」と首を傾けてオリヴィアは手を黙々と動かし続けた。
ジャスミンの花々を長く編んで、それから輪にした。重なる所を茎で結んで、余った茎を隙間に入れ込んで目立たないようにする。
「完成だわ!」
オリヴィアは花冠を両手で掴んで顔の前に出した。子供の頃以来に編む花冠は、自分ながらに上手に編めた、とオリヴィアは思った。
「どう!?」と鼻息を荒くしながら、目の前に立つアンへオリヴィアは見せた。『イアンの為に編んだ』というのは気に食わないがオリヴィアが丹精込めて編んだ花冠だ、それを貶す筈がない。
「最高の出来です。女神が地上に落としてしまったかのようです。女神の冠です、それ」
「でしょ?」
噴水の水飛沫を背景に、花冠を自分の頭に乗せながらフフッと笑った姿は、可憐そのものだった。
あの噴水の近くの花壇で汗で濡れた背中を見つけた。長袖を肘より上まで捲し上げてスコップを片手に土を耕している様子だった。
イアンの名前を呼ぶと、驚いた顔をして振り返った。どうしてオリヴィアがここに居るのか分からないらしい。戸惑いながら慌てた様子でオリヴィアの元まで駆け寄ったイアンを見上げた。
「サーレン様から聞きました」
「サーレン将軍から? どうして──……」
「昨日、アンと観劇に行ったらいらっしゃったんです。その時、イアンと一緒に植えている花は育ったかって訊ねられて」
「サーレン辺境伯がそんな事を?」
オリヴィアはコクリと頷いて「身に覚えがないから、気になって来たんです」
「そうなんだね」
イアンはオリヴィアの背後を見やった。いつもオリヴィアの背後に影のように立つアンの姿が見えない事が気になった。
「アンは撒きました」
「撒いた……!? 撒く事自体は悪くないけど、でも一人で出歩く事はいくら昼間でも危ないよ……襲われでもしたら」
「慣れているから大丈夫」
昏い目で自嘲気味に言い捨てたオリヴィアを見てイアンは彼女の名を呼んだ。
何を言われるのか──「何が慣れているのか」と訊ねられるのが自分で言っておいてオリヴィアは怖くなる。イアンが何を発するのかが怖くて彼女はイアンが何をしていたのか訊ねる事にした。これが目的で、未来の住まいへ私は足を運んだのだから。
「何をなさっているんですか?」
「えっ、あっあぁ……」
何も訊いて欲しくない、という事を悟ったイアンは視線を彷徨わせてから、気まずそうに頬を掻いた。
「オリヴィアはジャスミンが好きだから、ジャスミンの花は俺が植えたかったんだ」
ツイっと右に移動したイアンの視線を辿ると、花が咲いていない苗が大量に並んでいた。
「あれは全部ジャスミン?」
「そうだよ。今から植えたら俺達の結婚式までには全部咲いていると思って。ここへ二人で住む頃には色とりどりなジャスミンが咲いているはずだ」
(あれを一人で植えようとしていたの? どうして?)
「オリヴィアが大好きだからだよ」
オリヴィアの問いは心の中で言ったつもりなのに声に出ていたみたいだった。
(どうして、イアンは私なんか好きになったのかしら……)
取り柄なんてないのに。
帝国で穀潰しと罵られた日々を過ごしていたのに。
私を帝国の兵士から助け出した時、私を見て一目惚れしたんですって……。
(髪の色と、夕焼けのような瞳が好きって)
目が腐っているんじゃないかしら……?
オリヴィアは母親が褒めてくれた髪と瞳の色を幼少時は大好きだった。──大好きだったのに、罵倒され、髪をぐちゃぐちゃにされ、自尊心を傷つけられた。そのせいで、銀色の髪を見るのが嫌いになって鏡を覗く事さえも憂鬱だった。
自分ではそう思っているのに、そう告白したイアンの表情は慈しみに溢れていて、オリヴィアは昔のワンちゃんを思い出す。あの頃から変わっていない微笑みを見て、オリヴィアの心臓は痛いくらい締め付けられた。
「本当は内緒にしたかったんだけど、バレちゃったね」
頬を赤く染めたイアンを見ると、頬が汚れている事にオリヴィアは気が付いた。
その汚れをじっと見つめていると、その視線にイオンは気が付いたようだ。
「さっき触った時に汚れたかな」
軍手をはめた右手で頬を擦ったものの、余計に広がっただけだった。
「私が拭いてあげる」
「拭いてくれるの……? あ、ありがとう」
「しゃがんで」と言うとイアンはゆっくりと腰を下ろす。同じ目線の高さになって彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。金色の瞳は蜂蜜が溶けたような色で美味しそうに見える。
いつも上げている前髪を下ろしていたイアンの前髪は汗のせいで額にくっついていたから、邪魔だろうな、と思ってオリヴィアは人差し指でイアンの前髪を横に流してあげると金色の瞳がすごく驚いて見えた。
ハンカチーフでイアンの汚れた頬を拭いてあげる。
イアンの頬の感触は私と違って固かった。だからと言って嫌悪感はなかった。
「あら?」
ハンカチを頬から話すと──何故だか余計に汚れが広がってしまった。
首を傾げてその汚れを見ると、イアンもまたある事に気が付いた。オリヴィアの頬が土で汚れているのだ。
「オリヴィア。君も頬が汚れているよ」
イアンもまたオリヴィアの頬を自分が持っていたハンカチーフで拭いてあげる。頬の感触が柔らかくてイアンの心臓は痛いくらいに鳴った。それでも気付かれないように平常心でイアンはオリヴィアの頬を拭いた。
そっとハンカチを頬から離せば……頬の汚れが広がっていた。
「あれ」
イアンは首を傾げた。上手く拭けなかった。
綺麗な顔を汚してしまってイアンは申し訳なさに項垂れた。オリヴィアには叱られた犬のように見えてしまう。
「ごめん……俺のハンカチ汚れていたかな? いや、毎日清潔なハンカチをもちろん持ち歩いているか誤解しないでくれ」
「誤解しないわ」
全然気にしていない、とオリヴィアは首を横に振った。
「そうか、なら良かった──そうだ、噴水の水で顔を洗えば綺麗になる。ちょっと待ってて」
とオリヴィアから離れて噴水へ行こうとしたイアンの袖をオリヴィアは掴んだ。
「どうしたの?」
「私も一緒にジャスミンの花を植えたい」
「オリヴィアも? でもドレスが汚れてしまうよ」
アンが選んだドレスは水色と白の縦線のワンピースだった。ドレスの下半身の裾はふんわりとしていて、十四歳のオリヴィアを幼く、愛らしく見せる事にとても成功していた。そんなオリヴィアの服が汚れてしまってはいけないと思ってイアンは、申し訳なさそうに眉を下げた。そういう時、否定の言葉が出てくるとオリヴィアは知っている。
オリヴィアはイアンの両手を握り締めた。
「ダメ?」
顔を覗き込まれ、上目使いで言われたら、そんなの、そんなの──……ノーなわけがない。
「ダメなんて事は絶対にないです。汚れたって新しいドレスを俺が買ってあげます」
「ヤッタ! 私、土いじり初めて!」
パァっと表情が明るく笑ったオリヴィアをイアンは眩しそうに目を細めて、彼も笑った。
イアンはどんな時でもオリヴィアに対してイエスマンだ。オリヴィアのドレスが汚れてしまう、と思ったものの、オリヴィアが怪我をする訳ではないし、ドレスが汚れたら買ってあげたら良い。だって俺は、スェミス大国貴族界の中で一番金を持っているんだ。オリヴィアに出し惜しみなんてしなくて良い。
それから二人で土を耕して、ジャスミンの苗を色毎に植えていく。
銀色の髪や顔、ドレスが土で汚れてしまったものの、オリヴィアは気にしなかった。イアンと肩を並べて花植えをする日がくるなんて夢にも思っていなかった。
「これって、初の共同作業ね」
イアンにそう言えば、くしゃっとした笑顔が返って来て、「無邪気で子供みたいで可愛い」と十歳年上の男相手に本気で思った。胸の奥がくすぐったくなる──これって、母性本能、っていうのね。
オリヴィアは昼間、結婚記念日の計画に必要な一つ『花冠』を用意する為に庭園で過ごした。庭師が手入れしているグゥイン公爵家の庭園は、レンガ色の石畳の道の左右には美しく整備された芝生があって、その芝生には左右対称で色彩豊かな花々が並んでいた。その先には涼やかな水飛沫を上げる丸型の噴水が広がっている。噴水を囲むように咲いている黄色、ピンク、白色のジャスミンのうちの白い花を摘んでから、オリヴィアはその噴水の低い石座席に座って花冠を編んだ。
ジャスミンを二本垂直にクロスして、縦に置いたジャスミンにもう一本の茎を折れないように巻き付ける。それをひたすら繰り返しながら、オリヴィアはイアンと一緒にジャスミンの苗を植えた日々を思い出していた。
「──フフっ」
思い出し笑いをして、「私、イアンのことを本当に好きなんだわ……」とオリヴィアは再確認をした。一本一本花を編む度にイアンへの気持ちが胸に沁みて、愛しさが溢れ出すのだ。
イアンに伝えなきゃ――。いつも伝えられてばかりだから、私も同じだって伝えるの。少しでも貴方の想いに応えたいって、思ってる。
(サーレン様に感謝をしなくちゃ)
あの劇場で、サーレン様から訊ねられなかったら私は今の生活を当然のように受け入れていただろうから。多くの使用人達に支えられている事を、感謝一つせずに過ごしていたと思う。イアンが汗と土にまみれて自分の手で花植えをしている姿を見て、屋敷の全ては"誰か"の手で私達の為に準備してくれた、って知る事が出来た。
ジャスミンの花畑もイアンの手で植えられたって、知らずに毎日、目に映して過ごしていた筈だから。
イアンと私が「初の共同作業」で植えたから、きっと愛しく思えるのね。
(イアンに結婚記念日の朝に愛しているって言うわ)
目が覚めて、一日の始めに瞳が映す人に。
(そして、イアンが初恋の人って告げるの)
月夜のダンスを思い出してくれたら、嬉しいけど。
(でも、いきなり言うとびっくりするわよね……今まで言わなかったんだもん)
「私、言うわよ」宣言した方が良いかしら?
「どうしましょうか」と首を傾けてオリヴィアは手を黙々と動かし続けた。
ジャスミンの花々を長く編んで、それから輪にした。重なる所を茎で結んで、余った茎を隙間に入れ込んで目立たないようにする。
「完成だわ!」
オリヴィアは花冠を両手で掴んで顔の前に出した。子供の頃以来に編む花冠は、自分ながらに上手に編めた、とオリヴィアは思った。
「どう!?」と鼻息を荒くしながら、目の前に立つアンへオリヴィアは見せた。『イアンの為に編んだ』というのは気に食わないがオリヴィアが丹精込めて編んだ花冠だ、それを貶す筈がない。
「最高の出来です。女神が地上に落としてしまったかのようです。女神の冠です、それ」
「でしょ?」
噴水の水飛沫を背景に、花冠を自分の頭に乗せながらフフッと笑った姿は、可憐そのものだった。
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