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第一章
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しおりを挟む「どうしましょう、どうしましょう……」
ブツブツ呪文のように唱える。
今朝イアンに「いつ帰ってくるのか」「いつ寝るのか」「いつ起きるのか」訊ねた理由は、イアンに犬を断られた為、自分で手に入れようと考えた末にイアンが留守の間に決行しようと考えたからだ。イアンに勘付かれてはならないサプライズ告白は計画のモノを用意している事を知られては台無しになってしまう。記念日の当日早朝に家を出て犬を購入しようと考えたが、イアンから「早朝ジョギングへ行く」と言われてしまい、この計画も実行できそうになかった。
それ以前に、イアンから「犬は飼わない」と冷たくあしらわれてしまったので、自分で用意して良いものかどうか、結婚記念日を前にして、頭を抱えている。
(黒い犬が欲しい、って言えば、ピンとくるかも、って思ったのに……)
イアンと再会した日に、月夜の下で踊った事を思い出した私と同じように、思い出してくれなかったのね……。
少しくらい、思い出してくれても良いのに。
(でも……イアンは覚えているんじゃないかって、たまに思う事があるのよね……)
例えば、寝室の壁に掛けられて花冠のドライフラワー。厳重にガラスケースに収納されて壁に飾ってある花冠はベッドから見える位置にある。
『あの花冠はどうしたの?』
『あれは……俺が戦場デビューで勝利を収めた時の花冠です』
『……? 自分で編んだの?』
『ユング将軍が』
サーレンは将軍の座を退き、現将軍はイアンの元上官のユングだ。イアンの話を詳しく聞くと、イアンが機転をきかせたお陰で、彼らの部隊は危機的状況に陥らずに済んだ。それを喜んだユング中将は、その場に咲いていたジャスミンの花をちまちまと摘んで、花冠を編み、イアンの頭上に飾った。
『勝利の王冠だ……!!』
ガハハ!! と豪快に笑いながら。
オリヴィアが編んだ花冠を飾ってくれている、と思ったオリヴィアはその話を聞いて、落胆したのだった。そして、その話をオリヴィアは信じた。アンからの『軍人は変人が多い』という受け売りを
信じたのである。
(──あの話は、本当は嘘なんじゃ……)
他にも、私の好きな食べ物、嫌いな食べ物も知っていたし。イアン曰く「オリヴィアを毎日見ているから分かるよ」である。
でも、イアンが嘘を吐く理由が分からない。イアンは本当の事を言っているかもしれないし、でもそれが本当なのかを証明する事は難しい。イアンがあの時の記憶を忘れている風だから。
(イアンにとって、忘れたい記憶なのかしら)
それとも、イアンにとって、どうでもいい記憶……?
暗い方に暗い方に考えてしまうと、ジワリと目頭が熱くなってしまった。
一度考えてしまうと、ループから中々抜け出せない。
『今日も愛しているよ』
って言葉にするのって、イアンにとって、とても簡単な事なんだわ。それくらい、六歳の女の子を垂らし込むのなんて、お手の物なのよ。
(私みたいに道具を揃えなきゃイアンに愛の告白ができないような人じゃないんだわ、手練れなの)
告白をしたら、今まで過ごしていた時間が嘘だと暴露されるんじゃないか、って怖くて堪らない。今までの表情は全て仮面上で繰り広げられていて、仮面の下に本当の素顔が隠されている。私の想いが表面化したら、一斉にみんなが仮面を外すのよ──……。
パンっ!
オリヴィアは両頬を叩いた。そうやって、悪い方向へ考えるのは良くない、と自分を奮い立たせた。
この屋敷の人達は本当に優しくて気さくな人達ばかり。社交が苦手な私にメイド長のターニャは根気良く教えてくれる。フットマンとメイド達は街の噂話を面白おかしく私に教えてくれる、執事のジュレックは屋敷の来客対応の方法を優しく教え、庭師のディーズは花を育てる土の耕し方を教えてくれて、料理長のクロールはティータイムを一緒に過ごしてくれるし、紅茶の美味しい淹れ方を教えてくれた。
優しい世界、誰も私を傷付けない。それを、私は疑ってはいけない、信じなきゃ。
(信じるのよ、オリヴィア)
告白が上手くいかない、なんて考えない。私が想いを伝えたら、イアンは絶対に受け入れてくれる。私の全てに肯定してくれるんだもん。
私が、幼い頃にアンから頑なに許して貰えなかった木登だって、イアンは許してくれたわ。地上で、青褪めてはいたけど……。
(でも、犬はダメ、って言ったわ)
初めて、私に否定の言葉を吐いた!
パンっ!
オリヴィアはもう一度両頬を叩いた。イアンが黒い犬を断った事を──私がイアンに告白をしない理由にしちゃダメ。
(黒い犬がいなくても花冠とリンゴで私がイアンをどれだけ愛しているか。結婚記念日に、かんっぺき、なプレゼンするんだから!)
「オリヴィアは、結婚記念日に何が何でも絶対に言う!」
ギュッと拳を握って、天井高く上げながらオリヴィアは決意表明を叫んだ。
「離婚します、とですか?」
ハッと振り返ると、背後にアンが立っていた。いつからそこに立っていたのか……騎士の頃からの癖なのか足音を立てずに、背後に立つのだ。
「お手伝いしますよ」とアンはさぞかし良い案だと頷いた。
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