俺とタロと小さな家

鳴神楓

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第1章 子犬編

6 引っ越し

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美大からの友人たちとは、光とのつきあいを反対されたこともあって少し疎遠になりかけていたのだが、光と別れて引っ越すことにしたと報告すると、ありがたいことに、みな快く引っ越しの手伝いを申し出てくれた。

もともとお互いに個展の準備や大型の作品の搬入などを手伝いあうことが多いので、みんなこういう作業には慣れている。
引っ越し当日は、トラックを借りて朝から作業をし、午後2時過ぎには新居に荷物をすべて入れ、大きな家具の設置も終らせることが出来た。
もっとも家具と言っても、一番大きいダブルベッドは処分済みだったので、そうたいした大きさのものはない。
ちなみにダブルベッドは、入り口の路地を通れなさそうだったのと、光のことを思い出してしまいそうだったこともあって、ちょうど作品に使いたかったという友人にもらってもらった。

こんなふうにみんなで作業をした後は、たいていはこのまま宴会に突入するのだが、夕方までに子犬を迎えに行かなければならなかったので、今日はお礼の缶ビールを渡して解散ということにしてもらった。
もう少しこの家での暮らしに慣れてきたら、またみんなに飲みに来てもらうことにしよう。

――――――――――――――――――――

「ほら、今日からここがお前の家だぞ」

玄関の戸を閉めてから、NPOから引き取ってきた子犬をキャリーバッグから出して床の上におろしてやった。
子犬はふんふんとあちこちの匂いを嗅ぎまわっていたが、やがて納得したのか、俺のところにやってきて尻尾をぶんぶんと振った。

「お、気に入ってくれたか。
 よかった、よかった」

寄ってきた子犬を抱き上げると、子犬はおとなしく俺の腕の中に収まった。

「そうだ、お前の名前なんだけどな。
 タロっていうのはどうだ?」

譲渡会の時にオスだと教えてもらったので、どんな名前がいいか散々悩んだが、結局タロにしようと決めた。
引っ越しを手伝ってくれた友人たちに話したら、センスがないと笑われたが、犬の名前はやっぱりシンプルでわかりやすくて呼びやすいのが一番だと思う。

俺の言葉がわかっているのかいないのか、子犬は小首をかしげている。
改めてもう一度「タロ」と呼びかけてみると、子犬は元気な声で「ワン!」と返事をした。

「そうかそうか、タロでいいか。
 本当にタロはいい子だな。
 ああ、そうだ。庭にも出てみるか?」

庭に出るガラス戸を開けて庭におろしてやると、タロはまた匂いを嗅ぎ始めた。
俺も玄関から靴を持ってきて庭に降りる。
夕方なので庭はビルの影になっていて、すでに薄暗い。

「あ、まずい」

気付くとタロは庭のすみにあるお社の方へと歩いていっていた。

「タロ、これは神様がいるところだから、この近くではおしっことかしちゃだめだぞ」

抱き上げながらそう言い聞かせてはみたものの、たぶんタロはよくわかっていないだろう。
後でお社から離れたところにトイレの場所を決めて、そこでするように根気よくしつけなければならないだろう。

「あ、そういえば、まだお稲荷さんに入居のごあいさつをしてなかったな」

タロを再び地面におろすと、俺はお社に向かって、ぱんぱんと手を叩いた。

「今日からここに住まわせてもらいます。
 タロともども、よろしくお願いします」

声に出してお祈りをしてから目を開けると、俺の足元でタロもお祈りしているかのように頭を下げてじっとしていた。

「お、お前もお祈りしてたのか」

俺がそう言うと、タロは顔を上げ、俺の方を見て尻尾を振った。

「よし、お稲荷さんにあいさつもしたし、飯にするか」

タロの足を拭いてやってから部屋の中に入り、俺はカップそば、タロはドッグフードで夕食をすませた。

――――――――――――――――――――

そして夜は、タロを抱いて二階に上がり、一緒の布団で寝ることにした。
タロはあまりにも小さくて、寝返りを打った拍子につぶしてしまわないかとも思ったのだが、俺の寝相はいい方だからたぶん大丈夫だろう。
それに俺はここしばらく一人寝で寂しかったので、せっかくタロと一緒に暮らし始めたのに、別々に寝るなんて考えられなかった。

それでもタロが嫌がったらやめようとは思ったのだが、布団に入って片側をめくってタロを呼ぶと、タロはおとなしく布団の中に入ってきた。
タロはしばらくもぞもぞと落ち着く場所を探していたが、俺が腕枕をするように腕を横に伸ばしてやると、そこに頭をのせて俺に背中をくっつけて横になった。

「おやすみ、タロ」

俺が小さな声でそう言うと、タロも答えるように小さくクウンと鼻を鳴らした。

引っ越しの疲れもあって、俺は小さなぬくもりを感じながら、すぐに眠ってしまった。

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