21 / 21
エピローグ 2 ~護の場合~
しおりを挟む
シャワーの音が止んだ。
まだそう時間はたっていなかったから、どうやら今日は時間をかけて準備をする必要がないということらしい。
何となく眺めていたテレビを消して護が立ち上がると、バスルームのドアが開いた。
「今日はもう寝るか?」
「うん、そうだね」
護の問いかけに、ホテルに備え付けのパジャマを着た風呂上がりの佳暁がうなずく。
普段は護にとって上司であり、恋人としても崇め奉るような存在である青年は、こうして二人きりの時だけは護と対等な恋人に姿を変える。
最初に佳暁から「二人きりの時は敬語はやめて欲しい」と請われた時には驚いたものだが、彼がそれを欲する理由もまた想像することも出来たから、護はその願いを受け入れた。
名家の出で、生まれながらにして『主人』である彼にとって崇め奉られることは必要だが、同時にまた、ただの『人』として扱われたいこともあるのだろう。
それは佳暁が生まれた時から使用人であった聡にも、純粋に佳暁のことを信奉している健太にも出来ない、護だけが佳暁にしてやれることだ。
そう思うと、別に聡や健太に勝ちたいと思っているわけではないが、男としては多少の優越感を覚える。
ツインルームのベッドのシーツをめくって横になると、同じベッドに佳暁が潜り込んでくる。
やはり予想した通り、今夜の彼はこのまま何もせずに眠ってしまうつもりらしい。
過去のトラウマから性依存症になっており、誰かとセックスしてからでなければ眠れなくなっていた佳暁だが、最近は護と二人きりの時に限ってだが、こうして何もしなくても眠れる日も増えてきた。
それは出張中で体が疲れているからということもあるのだろうが、それ以上に佳暁が精神的に安定してきたということが大きいのではないかと思う。
佳暁がセックスなしで眠れるようになったのは、健太が抱かれる側になってしばらくしてからのことだ。
もしかしたら佳暁は、どんなに無茶を言ってもそれを受け入れてくれる健太の存在に救われているのかもしれない。
俺や聡には、健太のようにすべてを佳暁にさらけだしてゆだねるようなことは出来ないから、健太が佳暁様のことを好きになってくれて、そして抱かれる立場に目覚めてくれて、本当によかったと思う。
「そういえば、もう普通に眠れること、聡や健太には言わなくていいのか?
たぶんもう、出張先でなくても眠れるだろう?」
前から少し気になっていたことを聞いてみると、佳暁は「そうなんだけど……」と口ごもった。
「……やっぱり、もうちょっとだけ内緒にしておいて。
そのうちに、ちゃんと言うから」
「そうか、わかった」
俺がそう答えると、佳暁は俺の胸にぎゅっと顔をくっつけてきた。
「二人にもちゃんと言わなきゃいけないとは思っているんだ。
けど言ってしまったら、二人はもう僕とセックスもしてくれないだろうし、恋人でもいてくれなくなるだろうと思うと怖くて……」
「いや、それは……」
ないだろう、と俺が言う前に、佳暁は少しかすれた声で続けた。
「わかってるんだ。
聡と健太が結ばれた以上、二人のことを解放してあげなきゃいけないって。
二人が僕の恋人じゃなくなっても、僕には護がいてくれるんだから、それで満足しなきゃいけないって。
でも……、だめなんだ。
護だけじゃなく、聡にも健太にも愛してもらわないと僕は……」
「佳暁」
佳暁の言葉をさえぎり、頬に手を添えて顔を上げさせる。
俺を見た佳暁の目は潤んでいて、少し不安定になりかけているのが見て取れた。
「そんなふうに言ったら、聡も健太も怒るぞ。
あいつら二人とも、お互いを好きなのと同じくらいか、それ以上にお前のことが好きなのに」
「そんなことない……」
「いや、ある。
そうでなければ健太はあんなことまで出来ないし、聡だって健太のあんな姿を見せることを許したりしない。
二人が恋人同士になっても、二人のお前に対する愛情は変わっていない。
それなのにお前が二人の愛情を信じてやらなかったら、あいつらがかわいそうじゃないか」
言い聞かせるように、ゆっくりはっきりと話す俺を、佳暁はじっと見つめていたが、やがて納得したようにうなずいた。
「うん……、そうだね。
確かに護の言う通りだ。
……眠れるようになったこと、帰ったら二人にもちゃんと話すよ」
「ああ、そうしろ。
二人ともきっと喜ぶ」
「……そうかな……」
「ああ、そうだ。
俺も、お前が眠れるようになった時はすごくうれしかったから、あいつらだって同じだろう」
「……うん、きっとそうだね」
そうつぶやくと、佳暁は安心したように体の力を抜いた。
その背中をそっと撫でてやると、腕枕をした左腕が徐々に重くなってくる。
少し不安定になりかけていたから、もしかして抱いてやらないといけないかと思ったが、どうやらこのまま眠れるようだ。
本当に佳暁は落ち着いてきたのだなと実感して安心すると、護の方もまた眠たくなってくる。
明日は仕事がすんだら、出来るだけ早く東京へ戻ろう。
そうして佳暁と二人、あの大きな家に帰るのだ。
聡と健太が待つ、四人で暮らす――これから先もずっと暮らしていく、あの家へ。
まだそう時間はたっていなかったから、どうやら今日は時間をかけて準備をする必要がないということらしい。
何となく眺めていたテレビを消して護が立ち上がると、バスルームのドアが開いた。
「今日はもう寝るか?」
「うん、そうだね」
護の問いかけに、ホテルに備え付けのパジャマを着た風呂上がりの佳暁がうなずく。
普段は護にとって上司であり、恋人としても崇め奉るような存在である青年は、こうして二人きりの時だけは護と対等な恋人に姿を変える。
最初に佳暁から「二人きりの時は敬語はやめて欲しい」と請われた時には驚いたものだが、彼がそれを欲する理由もまた想像することも出来たから、護はその願いを受け入れた。
名家の出で、生まれながらにして『主人』である彼にとって崇め奉られることは必要だが、同時にまた、ただの『人』として扱われたいこともあるのだろう。
それは佳暁が生まれた時から使用人であった聡にも、純粋に佳暁のことを信奉している健太にも出来ない、護だけが佳暁にしてやれることだ。
そう思うと、別に聡や健太に勝ちたいと思っているわけではないが、男としては多少の優越感を覚える。
ツインルームのベッドのシーツをめくって横になると、同じベッドに佳暁が潜り込んでくる。
やはり予想した通り、今夜の彼はこのまま何もせずに眠ってしまうつもりらしい。
過去のトラウマから性依存症になっており、誰かとセックスしてからでなければ眠れなくなっていた佳暁だが、最近は護と二人きりの時に限ってだが、こうして何もしなくても眠れる日も増えてきた。
それは出張中で体が疲れているからということもあるのだろうが、それ以上に佳暁が精神的に安定してきたということが大きいのではないかと思う。
佳暁がセックスなしで眠れるようになったのは、健太が抱かれる側になってしばらくしてからのことだ。
もしかしたら佳暁は、どんなに無茶を言ってもそれを受け入れてくれる健太の存在に救われているのかもしれない。
俺や聡には、健太のようにすべてを佳暁にさらけだしてゆだねるようなことは出来ないから、健太が佳暁様のことを好きになってくれて、そして抱かれる立場に目覚めてくれて、本当によかったと思う。
「そういえば、もう普通に眠れること、聡や健太には言わなくていいのか?
たぶんもう、出張先でなくても眠れるだろう?」
前から少し気になっていたことを聞いてみると、佳暁は「そうなんだけど……」と口ごもった。
「……やっぱり、もうちょっとだけ内緒にしておいて。
そのうちに、ちゃんと言うから」
「そうか、わかった」
俺がそう答えると、佳暁は俺の胸にぎゅっと顔をくっつけてきた。
「二人にもちゃんと言わなきゃいけないとは思っているんだ。
けど言ってしまったら、二人はもう僕とセックスもしてくれないだろうし、恋人でもいてくれなくなるだろうと思うと怖くて……」
「いや、それは……」
ないだろう、と俺が言う前に、佳暁は少しかすれた声で続けた。
「わかってるんだ。
聡と健太が結ばれた以上、二人のことを解放してあげなきゃいけないって。
二人が僕の恋人じゃなくなっても、僕には護がいてくれるんだから、それで満足しなきゃいけないって。
でも……、だめなんだ。
護だけじゃなく、聡にも健太にも愛してもらわないと僕は……」
「佳暁」
佳暁の言葉をさえぎり、頬に手を添えて顔を上げさせる。
俺を見た佳暁の目は潤んでいて、少し不安定になりかけているのが見て取れた。
「そんなふうに言ったら、聡も健太も怒るぞ。
あいつら二人とも、お互いを好きなのと同じくらいか、それ以上にお前のことが好きなのに」
「そんなことない……」
「いや、ある。
そうでなければ健太はあんなことまで出来ないし、聡だって健太のあんな姿を見せることを許したりしない。
二人が恋人同士になっても、二人のお前に対する愛情は変わっていない。
それなのにお前が二人の愛情を信じてやらなかったら、あいつらがかわいそうじゃないか」
言い聞かせるように、ゆっくりはっきりと話す俺を、佳暁はじっと見つめていたが、やがて納得したようにうなずいた。
「うん……、そうだね。
確かに護の言う通りだ。
……眠れるようになったこと、帰ったら二人にもちゃんと話すよ」
「ああ、そうしろ。
二人ともきっと喜ぶ」
「……そうかな……」
「ああ、そうだ。
俺も、お前が眠れるようになった時はすごくうれしかったから、あいつらだって同じだろう」
「……うん、きっとそうだね」
そうつぶやくと、佳暁は安心したように体の力を抜いた。
その背中をそっと撫でてやると、腕枕をした左腕が徐々に重くなってくる。
少し不安定になりかけていたから、もしかして抱いてやらないといけないかと思ったが、どうやらこのまま眠れるようだ。
本当に佳暁は落ち着いてきたのだなと実感して安心すると、護の方もまた眠たくなってくる。
明日は仕事がすんだら、出来るだけ早く東京へ戻ろう。
そうして佳暁と二人、あの大きな家に帰るのだ。
聡と健太が待つ、四人で暮らす――これから先もずっと暮らしていく、あの家へ。
0
お気に入りに追加
137
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
ファミリア・ラプソディア エバーアフター
Tsubaki aquo
BL
「5人で恋人同士」なカップルの日常話+リクエスト頂いたお話をこちらでまとめています。
●ファミリア・ラプソディア本編完結済み●
本編→https://www.alphapolis.co.jp/novel/807616543/930403429
本編では悲喜交々ありましたが、こちらの日常回では大きな事件は起こらない(たぶん)です。
前書きに、お話の雰囲気のタグを記載しています。
イチャイチャ、まったり、コメディ、アダルトシーン多めの予定。
不定期更新です。
もしもリクエストなどございましたら、
マシュマロ(https://marshmallow-qa.com/aumizakuro)
または、
twitter(https://twitter.com/aumizakuro)
にて、お気軽にドウゾ!
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる