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告白
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翌朝目が覚めると、聡はもう部屋にいなかった。
「うわっ、もう10時!」
時計を見て慌てて飛び起きる……というわけにはいかなかった。
たっぷりと寝たのにまだ体はだるく、あちこちが痛い。
いちおうは無理矢理だったとはいえ、決して無茶をされたわけではないのに、やはり初めてだったから結構体に負担がかかったらしい。
しかたなくオレはゆっくり起き上がって、そろそろと階段を降りた。
一階にたどりついて最初にキッチンをのぞくと、ダイニングテーブルに一人分の朝食が用意してあった。
この時間なら聡はもう仕事を始めているはずなので、その前に自分の分と一緒にオレの分も用意してくれたのだろう。
「オレ、あんなひどいこと言ったのにな……」
正直、食欲はあまりなかったけれど、どんな気持ちで聡がこれを用意してくれたのを思うと、少しでも食べようという気になって、オレは一人で席に着いた。
毎朝ホームベーカリーで焼いている食パンもきっちり同じ幅に切ってあったが、そっちは冷凍してしまうことにして、ちょっと焼きすぎの目玉焼きと野菜を切っただけのサラダに手をつける。
そう言えば聡は、家事全般得意なのに、料理だけは少し苦手なのだと言っていたことがある。
その時はまさかこんな形で聡の手料理を食べることになるなんて、思ってもみなかったけど。
簡単な食事を終えるとちょっと元気が出てきたが、やはり今日はまともに仕事ができそうもない。
聡と二人きりで顔を合わせるのも気まずいし、申し訳ないが今日の分は明日以降にがんばることにして、佳暁様が帰ってくる夕方まで休ませてもらうことにしよう。
そう決めて、オレは残ったパンと食器を片付けた。
そうして自分の部屋に帰ろうとしたが、ちょっと考えて、テーブルの上に「ごちそうさま。昼ご飯はいらないから、悪いけど聡の分は出前でも取ってください」というメモを残しておいた。
幸い、昼過ぎには普通に動けるくらいには回復してきたので、聡が書斎に戻っていることを確かめつつ自分の部屋を出ると、シャワーと簡単な食事を済ませてから掃除を始めた。
さすがにいつも通りというわけにはいかなかったが、それでも佳暁様が帰ってくる頃には、それなりに家の中を整え、夕食の支度も終えることが出来た。
「ただいま」
調理器具を洗っていると、玄関から佳暁様の声が聞こえてきたので、慌てて手を拭いて出迎える。
玄関にはビニール袋を持った佳暁様と、二人分の荷物を持った護がいて、靴を脱いでいるところだった。
「おかえりなさい!」
昨日あんなことがあったせいで、佳暁様の顔をまともに見られないような気がしたが、どうにか平静を装って笑顔で出迎える。
「ただいま。
はい、これお土産」
「ありがとうございます!
わー、美味しそうな干物ですね。
さっそく焼きますね」
「うん、お願い。
じゃあ、その間に着替えてくるね」
そう言った佳暁様の視線が、オレの後ろに移動する。
振り返ってみると、書斎から出てきた聡がこちらにやってくるところだった。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。
なにか変わったことはなかった?」
「いえ、特には。
お疲れでしょうから、細かいご報告は明日の朝にいたしましょうか?」
「うん、そうしてくれるかな」
聡と話し始めた佳暁様に軽く頭を下げて、オレは逃げるようにキッチンに移動した。
やっぱりまだ、聡とはちょっと顔を合わせづらかったから、干物を焼くという用事があって助かったと思った。
夕食とその後リビングでくつろいでいる間は、佳暁様の出張先での話で盛り上がったし、オレの方にも給仕と後片付けの仕事があったおかげで、ほとんどいつもと変わらずいられたと思う。
けれども、それぞれが順番に風呂に入り、佳暁様の寝室に四人が集まると、もうだめだった。
いつも通り全員が服を脱ぎ、男四人が乗ってもびくともしない巨大なベッドに上がって、オレと聡と護の三人が佳暁様を感じさせるために奉仕を始めたが、オレはそうしていると、どうしても昨日聡に抱かれた時に頭に浮かんだ怖い考えが頭の中を占めてしまい、ぎこちない動きになってしまう。
オレがそんなふうだから聡も気になるらしくて、こっちを何度もちらちらと見ていて、あまり集中出来ていないようだ。
結局、オレたち二人がそんなふうだったせいで、佳暁様には護が挿入し、そのまま二人で達した。
全く役に立たなかったオレは、佳暁様に申し訳なくて小さくなっているしかない。
一度達したせいで、普段よりも濃厚な色気を発している佳暁様が、護から体を離してオレの方に来た。
「健太、昨日、何があったの?」
「佳暁様、それは……!」
まるでオレのことをかばうかのように口を挟んできた聡を、佳暁様はキッと睨んだ。
「聡には聞いていないよ。
健太、夕べ何があったのか、僕に教えてくれる?」
言い方も表情も優しいのに、佳暁様の言葉には有無を言わせないような調子があった。
普段は穏やかで、容姿以外はごく普通の人に思える佳暁様だが、こういう時には何というか王者の風格というようなものを感じさせる。
ただでさえ佳暁様に心酔しているオレが、そんな佳暁様に逆らえるはずもない。
オレは恐る恐る、夕べあったことを佳暁様に話した。
最後までオレの話を聞いた佳暁様は、再び聡のことを睨んだ。
「聡。
確かに僕は、お前が健太のことも愛していても構わないとは言ったけれど、いきなり襲ってもいいとは言わなかったよね」
「申し訳ありません」
聡は佳暁様に深々と頭を下げると、オレにも「すまなかった」と再度謝ってくれた。
「えっ、あの、佳暁様、聡がオレのこと好きだって知って……」
「うん、そうだね。
聡とは長いつきあいだから、見ていたら何となくわかってしまってね。
ごめんね、僕が聡にあんなこと言わなければ、こんなことにはならなかったのに」
「い、いえ、佳暁様のせいでは……」
オレが慌てて佳暁様の言葉を否定すると、佳暁様は「ありがとう」と微笑んでくれた。
「それで健太。
お前は聡に抱かれて、どんなふうに思ったの?」
「あ……」
それは出来れば、特に佳暁様には答えたくない質問だった。
けれどもやはり佳暁様に逆らえるはずもなく、オレはおずおずと口を開いた。
「聡に抱かれた時、すごく気持ちよくって……。
だから……、こんなふうに佳暁様に抱かれたいって……、そう、思いました」
そう、それこそが聡に抱かれた時、オレの頭の中に浮かんだ恐ろしい考えだった。
もし、佳暁様が男の人を抱くことも出来るタイプの人だったら、オレがそう考えても別に問題はなかっただろう。
けれども、佳暁様は完全に抱かれる側の人間で、以前抱く方も試したことがあるが駄目だったと聞いているから、オレの望みは決して叶えられない。
それならば、オレが抱いてしまった望みには目をつぶって、今まで通り佳暁様を抱く側でいればいいだけだとも思った。
けれども……無理なのだ。
初めて体験した抱かれる立場は驚くほどに気持ちよくて、それに相手が佳暁様でなく聡であったにもかかわらず精神的にも満たされるような気すらして、一度それを体験してしまった以上、今まで通り佳暁様のことを抱けるかどうか、正直自信がなくなってしまった。
たとえ佳暁様のことが抱けなくなっても、オレが佳暁様のことを好きなことに変わりはない。
それにたぶん佳暁様の方も、肉体的なつながりがなくてもオレのことを愛してはくださるだろう。
けれどもやはり、佳暁様にとってはオレたち三人との関係においてセックスがかなり重要であることは確かで、オレが佳暁様のことを抱けなくなったら今の関係がどうなるのか分からない。
「オレ、もう佳暁様のこと、抱けないかもしれません……。
申し訳ありません……」
もともと佳暁様のことを満足させられていたわけではないけれど、こんなことになってしまって本当に申し訳ないと思う。
佳暁様の顔もまともに見られる気がしなくて、オレはさっきからうつむいたままだ。
「それと……聡も、ごめん……」
聡はオレのことが好きだって言ってくれたのに、オレが抱かれている時に佳暁様に抱かれたいと思っていたと知って、いい気はしないだろう。
「いや、俺は……」
「聡、にやにやしてるんじゃない」
聡が言いかけた言葉に、佳暁様がそうかぶせてきたので、オレは思わず顔を上げた。
佳暁様の言う通り、聡は何が嬉しいのか、口元を緩ませていた。
「悪い。
昨日のあれが、お前が抱かれる立場に目覚めるきっかけになったかと思うと、嬉しくてな」
「え……」
オレには聡が何でそれが嬉しいと思うのかイマイチわからないが、そういうものなのだろうか。
もしかしたら、それが理解できないあたり、オレは最初から抱く方は向いていなかったのかもしれない。
「健太、謝らなければいけないのは僕の方だ」
「え……どうしてですか?」
唐突な佳暁様の言葉にオレは首をかしげる。
「前からもしかしたら健太は、抱くよりも抱かれる方が向いているのかもしれないと思うことがあったんだ。
けれども、それを健太に言ったら今の関係が壊れてしまうかもしれないと思ったら、怖くて言えなかったんだ。
ごめんね」
「い、いえ! 佳暁様が謝ることないです!
それにオレも、抱かれる方が好きなんだってわかった時に、佳暁様と同じこと考えてしまって、すごく怖かったから……」
佳暁様が前からオレのことに気付いていたというのも驚きだけど、今の関係が壊れるのが怖くて言えなかったというのも意外だった。
佳暁様はいつもオレたちの主人としてふさわしい堂々とした態度でいるので、佳暁様もそんなふうに怖がることがあるのだなんて思ってもみなかった。
佳暁様には申し訳ないけれど、佳暁様もオレと同じなんだと思うと、何となく嬉しくなってくる。
佳暁様の言葉で、オレの緊張が少し緩んだのが佳暁様にも伝わったのだろうか。
佳暁様は少し微笑んで、オレの両手を取った。
「けどね、健太。
もしかしたら、今の関係を壊さなくてもすむかもしれないよ。
今までは絶対無理だと思っていたけれど、今の健太を見ていると、たぶんお前のことを抱けるような気がする」
「えっ……、けど佳暁様、抱く方は駄目なんじゃ……」
「うん、そのはずだったんだけどね。
けど考えてみたら、前に試した時はその人に恋愛感情があったわけじゃないからね。
健太のことはその人と違って愛しているし、可愛いと思うし、お前が僕に抱いて欲しいと思うなら抱いてあげたいって、そう思えるんだ」
「佳暁様……。
それは、すごくうれしいですけど、でも、佳暁様に無理させるようなことは……」
佳暁様がそう思ってくれるのはうれしいけれど、正直、佳暁様に我慢をさせてまで抱いて欲しいとは思えない。
それに昨日抱かれる喜びを知ったばかりのオレでさえ、もう抱く側には戻れないと感じているのに、ずっと抱かれる側の佳暁様がオレを抱くことなど本当に出来るのだろうか。
「そうだね、確かに無理なのかもしれない。
けど、出来そうな気がするのも確かなんだよ。
正直、僕自身もどっちなのか、やってみなければわからないんだ。
だからね、健太。
もし、お前さえよければ、試させてくれないかな。
僕がお前のことを抱けるかどうか、そしてお前の方も僕に抱かれて、聡の時と同じように気持ちいいと思えるかどうかをね」
そう言って、佳暁様はオレの返事を待つようにオレのことをじっと見つめた。
その眼差しは真剣で、けれども佳暁様にしては珍しくどことなく不安そうでもある。
佳暁様がオレのためにそこまでするつもりになってくれたそのことだけでもう、十分すぎるくらいに嬉しくて幸せだ。
だからもう、オレの答えは決まっている。
「……はい、よろしくお願いします」
そう言うとオレは、しっかりと佳暁様の手を握り返した。
「うわっ、もう10時!」
時計を見て慌てて飛び起きる……というわけにはいかなかった。
たっぷりと寝たのにまだ体はだるく、あちこちが痛い。
いちおうは無理矢理だったとはいえ、決して無茶をされたわけではないのに、やはり初めてだったから結構体に負担がかかったらしい。
しかたなくオレはゆっくり起き上がって、そろそろと階段を降りた。
一階にたどりついて最初にキッチンをのぞくと、ダイニングテーブルに一人分の朝食が用意してあった。
この時間なら聡はもう仕事を始めているはずなので、その前に自分の分と一緒にオレの分も用意してくれたのだろう。
「オレ、あんなひどいこと言ったのにな……」
正直、食欲はあまりなかったけれど、どんな気持ちで聡がこれを用意してくれたのを思うと、少しでも食べようという気になって、オレは一人で席に着いた。
毎朝ホームベーカリーで焼いている食パンもきっちり同じ幅に切ってあったが、そっちは冷凍してしまうことにして、ちょっと焼きすぎの目玉焼きと野菜を切っただけのサラダに手をつける。
そう言えば聡は、家事全般得意なのに、料理だけは少し苦手なのだと言っていたことがある。
その時はまさかこんな形で聡の手料理を食べることになるなんて、思ってもみなかったけど。
簡単な食事を終えるとちょっと元気が出てきたが、やはり今日はまともに仕事ができそうもない。
聡と二人きりで顔を合わせるのも気まずいし、申し訳ないが今日の分は明日以降にがんばることにして、佳暁様が帰ってくる夕方まで休ませてもらうことにしよう。
そう決めて、オレは残ったパンと食器を片付けた。
そうして自分の部屋に帰ろうとしたが、ちょっと考えて、テーブルの上に「ごちそうさま。昼ご飯はいらないから、悪いけど聡の分は出前でも取ってください」というメモを残しておいた。
幸い、昼過ぎには普通に動けるくらいには回復してきたので、聡が書斎に戻っていることを確かめつつ自分の部屋を出ると、シャワーと簡単な食事を済ませてから掃除を始めた。
さすがにいつも通りというわけにはいかなかったが、それでも佳暁様が帰ってくる頃には、それなりに家の中を整え、夕食の支度も終えることが出来た。
「ただいま」
調理器具を洗っていると、玄関から佳暁様の声が聞こえてきたので、慌てて手を拭いて出迎える。
玄関にはビニール袋を持った佳暁様と、二人分の荷物を持った護がいて、靴を脱いでいるところだった。
「おかえりなさい!」
昨日あんなことがあったせいで、佳暁様の顔をまともに見られないような気がしたが、どうにか平静を装って笑顔で出迎える。
「ただいま。
はい、これお土産」
「ありがとうございます!
わー、美味しそうな干物ですね。
さっそく焼きますね」
「うん、お願い。
じゃあ、その間に着替えてくるね」
そう言った佳暁様の視線が、オレの後ろに移動する。
振り返ってみると、書斎から出てきた聡がこちらにやってくるところだった。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。
なにか変わったことはなかった?」
「いえ、特には。
お疲れでしょうから、細かいご報告は明日の朝にいたしましょうか?」
「うん、そうしてくれるかな」
聡と話し始めた佳暁様に軽く頭を下げて、オレは逃げるようにキッチンに移動した。
やっぱりまだ、聡とはちょっと顔を合わせづらかったから、干物を焼くという用事があって助かったと思った。
夕食とその後リビングでくつろいでいる間は、佳暁様の出張先での話で盛り上がったし、オレの方にも給仕と後片付けの仕事があったおかげで、ほとんどいつもと変わらずいられたと思う。
けれども、それぞれが順番に風呂に入り、佳暁様の寝室に四人が集まると、もうだめだった。
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オレがそんなふうだから聡も気になるらしくて、こっちを何度もちらちらと見ていて、あまり集中出来ていないようだ。
結局、オレたち二人がそんなふうだったせいで、佳暁様には護が挿入し、そのまま二人で達した。
全く役に立たなかったオレは、佳暁様に申し訳なくて小さくなっているしかない。
一度達したせいで、普段よりも濃厚な色気を発している佳暁様が、護から体を離してオレの方に来た。
「健太、昨日、何があったの?」
「佳暁様、それは……!」
まるでオレのことをかばうかのように口を挟んできた聡を、佳暁様はキッと睨んだ。
「聡には聞いていないよ。
健太、夕べ何があったのか、僕に教えてくれる?」
言い方も表情も優しいのに、佳暁様の言葉には有無を言わせないような調子があった。
普段は穏やかで、容姿以外はごく普通の人に思える佳暁様だが、こういう時には何というか王者の風格というようなものを感じさせる。
ただでさえ佳暁様に心酔しているオレが、そんな佳暁様に逆らえるはずもない。
オレは恐る恐る、夕べあったことを佳暁様に話した。
最後までオレの話を聞いた佳暁様は、再び聡のことを睨んだ。
「聡。
確かに僕は、お前が健太のことも愛していても構わないとは言ったけれど、いきなり襲ってもいいとは言わなかったよね」
「申し訳ありません」
聡は佳暁様に深々と頭を下げると、オレにも「すまなかった」と再度謝ってくれた。
「えっ、あの、佳暁様、聡がオレのこと好きだって知って……」
「うん、そうだね。
聡とは長いつきあいだから、見ていたら何となくわかってしまってね。
ごめんね、僕が聡にあんなこと言わなければ、こんなことにはならなかったのに」
「い、いえ、佳暁様のせいでは……」
オレが慌てて佳暁様の言葉を否定すると、佳暁様は「ありがとう」と微笑んでくれた。
「それで健太。
お前は聡に抱かれて、どんなふうに思ったの?」
「あ……」
それは出来れば、特に佳暁様には答えたくない質問だった。
けれどもやはり佳暁様に逆らえるはずもなく、オレはおずおずと口を開いた。
「聡に抱かれた時、すごく気持ちよくって……。
だから……、こんなふうに佳暁様に抱かれたいって……、そう、思いました」
そう、それこそが聡に抱かれた時、オレの頭の中に浮かんだ恐ろしい考えだった。
もし、佳暁様が男の人を抱くことも出来るタイプの人だったら、オレがそう考えても別に問題はなかっただろう。
けれども、佳暁様は完全に抱かれる側の人間で、以前抱く方も試したことがあるが駄目だったと聞いているから、オレの望みは決して叶えられない。
それならば、オレが抱いてしまった望みには目をつぶって、今まで通り佳暁様を抱く側でいればいいだけだとも思った。
けれども……無理なのだ。
初めて体験した抱かれる立場は驚くほどに気持ちよくて、それに相手が佳暁様でなく聡であったにもかかわらず精神的にも満たされるような気すらして、一度それを体験してしまった以上、今まで通り佳暁様のことを抱けるかどうか、正直自信がなくなってしまった。
たとえ佳暁様のことが抱けなくなっても、オレが佳暁様のことを好きなことに変わりはない。
それにたぶん佳暁様の方も、肉体的なつながりがなくてもオレのことを愛してはくださるだろう。
けれどもやはり、佳暁様にとってはオレたち三人との関係においてセックスがかなり重要であることは確かで、オレが佳暁様のことを抱けなくなったら今の関係がどうなるのか分からない。
「オレ、もう佳暁様のこと、抱けないかもしれません……。
申し訳ありません……」
もともと佳暁様のことを満足させられていたわけではないけれど、こんなことになってしまって本当に申し訳ないと思う。
佳暁様の顔もまともに見られる気がしなくて、オレはさっきからうつむいたままだ。
「それと……聡も、ごめん……」
聡はオレのことが好きだって言ってくれたのに、オレが抱かれている時に佳暁様に抱かれたいと思っていたと知って、いい気はしないだろう。
「いや、俺は……」
「聡、にやにやしてるんじゃない」
聡が言いかけた言葉に、佳暁様がそうかぶせてきたので、オレは思わず顔を上げた。
佳暁様の言う通り、聡は何が嬉しいのか、口元を緩ませていた。
「悪い。
昨日のあれが、お前が抱かれる立場に目覚めるきっかけになったかと思うと、嬉しくてな」
「え……」
オレには聡が何でそれが嬉しいと思うのかイマイチわからないが、そういうものなのだろうか。
もしかしたら、それが理解できないあたり、オレは最初から抱く方は向いていなかったのかもしれない。
「健太、謝らなければいけないのは僕の方だ」
「え……どうしてですか?」
唐突な佳暁様の言葉にオレは首をかしげる。
「前からもしかしたら健太は、抱くよりも抱かれる方が向いているのかもしれないと思うことがあったんだ。
けれども、それを健太に言ったら今の関係が壊れてしまうかもしれないと思ったら、怖くて言えなかったんだ。
ごめんね」
「い、いえ! 佳暁様が謝ることないです!
それにオレも、抱かれる方が好きなんだってわかった時に、佳暁様と同じこと考えてしまって、すごく怖かったから……」
佳暁様が前からオレのことに気付いていたというのも驚きだけど、今の関係が壊れるのが怖くて言えなかったというのも意外だった。
佳暁様はいつもオレたちの主人としてふさわしい堂々とした態度でいるので、佳暁様もそんなふうに怖がることがあるのだなんて思ってもみなかった。
佳暁様には申し訳ないけれど、佳暁様もオレと同じなんだと思うと、何となく嬉しくなってくる。
佳暁様の言葉で、オレの緊張が少し緩んだのが佳暁様にも伝わったのだろうか。
佳暁様は少し微笑んで、オレの両手を取った。
「けどね、健太。
もしかしたら、今の関係を壊さなくてもすむかもしれないよ。
今までは絶対無理だと思っていたけれど、今の健太を見ていると、たぶんお前のことを抱けるような気がする」
「えっ……、けど佳暁様、抱く方は駄目なんじゃ……」
「うん、そのはずだったんだけどね。
けど考えてみたら、前に試した時はその人に恋愛感情があったわけじゃないからね。
健太のことはその人と違って愛しているし、可愛いと思うし、お前が僕に抱いて欲しいと思うなら抱いてあげたいって、そう思えるんだ」
「佳暁様……。
それは、すごくうれしいですけど、でも、佳暁様に無理させるようなことは……」
佳暁様がそう思ってくれるのはうれしいけれど、正直、佳暁様に我慢をさせてまで抱いて欲しいとは思えない。
それに昨日抱かれる喜びを知ったばかりのオレでさえ、もう抱く側には戻れないと感じているのに、ずっと抱かれる側の佳暁様がオレを抱くことなど本当に出来るのだろうか。
「そうだね、確かに無理なのかもしれない。
けど、出来そうな気がするのも確かなんだよ。
正直、僕自身もどっちなのか、やってみなければわからないんだ。
だからね、健太。
もし、お前さえよければ、試させてくれないかな。
僕がお前のことを抱けるかどうか、そしてお前の方も僕に抱かれて、聡の時と同じように気持ちいいと思えるかどうかをね」
そう言って、佳暁様はオレの返事を待つようにオレのことをじっと見つめた。
その眼差しは真剣で、けれども佳暁様にしては珍しくどことなく不安そうでもある。
佳暁様がオレのためにそこまでするつもりになってくれたそのことだけでもう、十分すぎるくらいに嬉しくて幸せだ。
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「……はい、よろしくお願いします」
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