斉藤先生と佐藤くん

鳴神楓

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お泊まり 4(side:斉藤先生)

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 そういうわけで佐藤くんを我が家に連れて帰ってきたわけだが、対談という仕事を終え俺の存在にも慣れてだいぶリラックスしてきた佐藤くんは、凶悪なくらいに愛らしく、ちょっと気を緩めたら思わず抱きしめてしまいそうだ。
 抱きしめるだけで済めばまだいいが、下手をしたらネットカフェで泊まったら方がましだったという犯罪案件になりかねない。

 ……そうだ。こんな俺の理想通りの男の子が現実にいるはずがないから、佐藤くんは実在していないんだ。
 きっと佐藤くんは二次元上の存在なんだよ。
 佐藤くんは二次元。佐藤くんは二次元。だから触ったり抱きついたりできない。……よし。

 明らかに自分をだまして誤魔化しているだけだが、そうやって言い聞かせでもしないと、佐藤くんに襲いかかってしまいそうになるので仕方がない。

「斉藤先生、食べないんですか?」
「え、あ、うん、食べるよ」

 箸が止まっていた僕を見ながら不思議そうに小首を傾げた佐藤くんの可愛さに内心では悶絶しながら、俺は慌てて食事を再開する。

「そういえば、佐藤くんは本名はなんていうの?」

 さっき俺の本にサインする時に為書きにかこつけて聞こうとしたが聞けなかったので、今度こそはとストレートに聞いてみることにする。

「えーと……笑わないでくださいね?」
「え? ああ、笑ったりしないけど」
「絶対ですよ?
 えーとですね……本名は百瀬ももせ林檎りんごっていうんです」
「え?
 モモとリンゴ……?」

 え、うそ、なんなの、その可愛い名前!
 可愛い佐藤くんにめっちゃぴったりの名前じゃん。
 なんなの、まじで二次元なの?

「絶対そう思いますよね?
 もう俺、この名前で何回笑われたりからかわれたりしたか!」
「そ、そうだよね。大変だったね」

 うっ、ごめん。可愛いとか思って。
 いくら可愛くても本人としては困る名前だよね。

 俺が心の中でそう反省していることなど知らずに、佐藤くんは話を続ける。

「僕の実家、長野でリンゴ農家やってるんですよ。
 僕は三男なんですけど、長男が富士男ふじおで次男は津軽つがるでどっちもリンゴの品種なんです。
 で、兄貴たちによれば『俺たちが止めなければお前は信濃甘と書いてシナノスイートか信濃金と書いてシナノゴールドだったんだぞ!』っていうことらしいです」
「えー……さすがにそれはないでしょ。
 多分お兄さんたちにだまされてるんじゃないかなあ」
「僕もそう思ってたんですけどね。
 けど年の離れた妹が生まれた時、父は千秋という名前に『せんしゅう』って読み仮名振ってて、兄弟3人で説得して『ちあき』に変えさせたってことがあったので、多分僕の話も本当なんだと思います。
 だからまあ、信濃シナノゴールドにされることを思えば、林檎の方がマシではあるんですけど」

 えー……まじかよ。
 信濃金じゃなくて良かったよ……。
 佐藤くんのお兄さんたち、グッジョブだ。

「あ、もしかして本名で苦労したから、ペンネームは普通にしたの?
 最近は変わったペンネームつける人が多いから、佐藤くんみたいなのはかえって珍しいなって思ってたけど」
「はい。
 キラキラネームは本名だけで充分なので、ペンネームは絶対ありふれた名前にしようと思って。
 けど、うっかり『実る』なんてリンゴ関係の名前にしちゃったんで、兄貴たちには『父さんとネーミングセンスが変わらない』って笑われちゃいました。
 あ、斉藤先生は本名なんですよね?」
「ああ、それね。
 読みは本名のままなんだけど、実は字が違うんだよ」

 そう言うと俺は紙とペンをとって『齋藤嘉貴』と書いた。

「う、うわー、画数多いですね」
「そうなんだよ。
 もう昔から自分の名前を書くのがめんどくさくてたまらなくてさ。
 この名前で何百回もサインすること考えたら気が遠くなりそうだったから、字だけは変えたんだ」
「あ、それすごくわかります。
 僕も百瀬の瀬と林檎の檎がめんどくさくて簡単にしたかったっていうのもあるんで」
「あ、だったら前の山田の方が良かったんじゃないの?
 佐藤でも藤の字がめんどうだよね?」
「いえ! それはいいんです。
 斉藤先生とおそろいなので!」
「ふふ、ありがとう」

 そうやって余裕を見せた返しをしたものの、内心ではうれしくてうれしくて、にやけないようにするのが大変だった。

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