商店街の稲荷神社に奉職しました

鳴神楓

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本編

奉職奉告祭 2

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そうして祭りは進み、最後に太鼓を叩くと佐々木宮司はこちらを向いた。

「奉職奉告祭、滞りなく斎行さいこういたしました。
 本日より心を新たにして、このお宮でご奉仕してください」
「はい、ありがとうございます」

短いが、まさに今の僕にふさわしい、宮司の言葉を噛み締めながら、僕は頭を下げる。

「それでは戻りましょうか」
「はい」

渡り廊下を通って社務所に戻りながら、僕は気になっていたことを宮司に尋ねる。

「あの、こちらの主祭神は稲荷大神ではないのでしょうか」
「ああ、あの祝詞、気になりますよね。
 実は主祭神は稲荷大神ではなくて、別の二柱ふたはしらの神様なのですよ。
 あとでご説明しますね」

社務所に着くと宮司は「太郎くん、中芝さんにお茶の場所を教えてあげてください」と指示を出し、狩衣を脱ぎに行った。
松下くんにポットやお茶っぱの場所を教えてもらって3人分のお茶を入れていると、宮司が戻ってきた。
松下くんは自分の分のお茶を持って窓口に戻り、宮司と僕は続きの間のコタツに座る。

「これが先ほどの祝詞です。
 こちらの二柱が主祭神になりますね」

宮司の指し示したところを見ると「佐々木義倫命よしのりのみこと 佐々木菊姫命きくひめのみこと」と書いてあった。

「あ、佐々木ってもしかして」
「ええ、私はご祭神の弟にあたる人物の末裔ということになっております」
 
それでは佐々木宮司は正真正銘代々続く社家の家系なのだ、と僕は感心する。

「神社に伝わる話では、江戸の中頃この辺りで人の姿に化けて人々を困らせていた雌の化け狐を旅の侍が改心させ、二人は夫婦めおととなって村に住み着き、狐はその妖力を村のために使ったため、二人の死後、神としてまつられたそうです。
 その際、化け狐を神として祀るのは幕府に対してさわりがあるということで、表向きは稲荷神社とし、本当の主祭神は秘されることになったそうです」
「へえ……江戸時代の創建でそういう御由緒があるというのも珍しいですね」

古い神社だとおとぎ話のような神話が由緒として伝わっている神社も多いが、江戸時代創建という新しい神社でそういう不思議な話が由緒として残っているのは珍しいと思う。

「そうですよね。
 まあ、実際のところは、侍かその妻が幕府に対して大っぴらには出来ないような人物だったために、その正体を隠すために狐だったということにしたのではないかと思っていますけれどね」
「ああ、なるほど……。
 豊臣の末裔だとか罪人とされた知識人なんかが、村に隠れ住んでその村を豊かにするために力を貸したとしたら、死後そういう形で祀ることもあるかもしれませんね」
「ええ、そうではないかと思っています。
 ああ、そうそう。
 そういう事情ですので、主祭神の御神号は口に出さずに頭の中でだけ読んでください。
 御神号の書かれた祝詞も社外には持ち出さないように。
 外祭と一般の方のご祈祷の際は、稲荷大神を主祭神として、本来の主祭神の御神号は頭の中でさっと唱える程度で」
「はい、わかりました」
「では、こちらの祝詞は記念と見本ということで差し上げましょう」
「ありがとうございます」

宮司が折り畳んで渡してくれた祝詞を、ありがたく受け取る。
ごく普通の神社に見えていたのに、こういう不思議な御由緒があり、しかもこうして秘密にされている本当の主祭神の御神号まで教えてもらえて、何だかワクワクしてしまう。
稲荷神社なのに赤い鳥居やのぼり旗がないのも、そういう理由だったのだなと納得する。

「あの、もしかして御由緒も社外秘なのでしょうか」
「いえ、そちらは『口伝に限る』ということになっています。
 ですので、参拝者の方に話す分には構いませんが、書き残したり動画やテレビの取材などの記録に残る形で話したりしないようにしてください」
「わかりました」
「実はこの御由緒も、口伝なので氏子の方々に伝わっているものは、もっとおとぎ話らしい装飾がされていて面白いんですよね。
 あちらではなぜか御祭神は妻の狐だけになっていますし」
「へえ……」
「そちらは総代役員さんに詳しい方がいますから、機会があれば聞いてみるといいですよ」
「はい、楽しみにしておきます」

僕が好奇心を隠し切れない声でそう言うと、宮司は微笑ましそうな笑顔になってうなずいた。

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