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本編

奉職奉告祭 1

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翌日、僕は約束の10時の15分ほど前に神社を訪れた。

「先にうちの方に案内しましょう」

スーツ姿に大荷物で現れた僕を、佐々木宮司は自宅の建物へと案内してくれた。
トイレや風呂場の位置を説明されながら案内されたのは、客間らしき八畳ほどの和室だった。

「布団は今干していますから、後で取り込んでくださいね。
 他の荷物はどうされましたか?」
「前の神社と相談して、すぐに必要ないものはしばらく寮に置かせてもらえることになりました。
 残りの着替えなどは今朝コンビニから送りましたので、明日こちらに届きます」

今日もかなりの大荷物で来ているが、実はこれでもほぼ今日明日に必要なものだけである。
神主は装束などで荷物がかさばってしまいがちなのだ。

「わかりました。
 それでは着替えたら先ほどの渡り廊下を通って社務所に来てください。
 あ、それと鍵をお渡ししますので、社務所に来る時にこちらは鍵をかけてきてくださいね」
「はい、わかりました」

佐々木宮司が部屋を出ていくと、僕は白衣と浅葱あさぎ色の袴と白足袋たびに着替えた。
風呂敷に狩衣かりぎぬなどのご祈祷用の装束一式や祝詞のりと、習字道具などの仕事に必要なものと、昨日作った履歴書を包んで、社務所に向かう。
途中で下駄箱に寄って雪駄せったを入れてから、先日話を聞いてもらった授与所とその続きの部屋に入ると、狩衣姿の佐々木宮司と、白い作務衣さむえを来た大学生くらいの男の子がいた。

「中芝さん、こちらはアルバイトの松下太郎くんです。
 同居している画家の方の助手とモデルが本業なので、こちらには土日と私が外祭がいさいがある時だけ手伝いに来てもらっています。
 太郎くん、さっき話した中芝拓也さんです」

佐々木宮司に紹介され、互いに「よろしくお願いします」と頭を下げる。
松下くんは目がくりくりっとした、素直そうな感じの子だ。
なんとなくだけど、うまくやっていけそうな気がする。

「それでは、先に奉職奉告祭ほうしょくほうこくさいをやってしまいましょう。
 中芝さんはそのままで構いませんから、ついてきてください」
「はい」

宮司の後について拝殿に入り、ご祈祷を受ける側の席に座る。
奉職奉告祭は前の神社でもやってもらったが、ご祭神への最初のご挨拶なので、少し緊張する。

宮司は側に置いてあった太鼓を叩いた後、祭りを始めた。
紫の袴をはいているだけあって宮司の神職歴は長いようで、祭りの所作しょさも手馴れてはいるが丁寧で美しい。
祭りは進み、やがて宮司が祝詞を開いた。

けまくもかしこき、」

やや低めのよく通る声の祝詞は、しかし始まってすぐに途切れてしまった。

あ、とちった。

そう僕が思った次の瞬間、宮司の声が響いた。

ならびに稲荷大神いなりのおおかみ大前おおまえに……」

そうして祝詞は何ごともなかったように続いていったが、僕はすっかり混乱していた。

えっ、「並びに」って何?
稲荷大神が主祭神じゃないの?
でも他にご祭神の名前は読み上げてないけど……。
え、まさか、祝詞が途切れたの、とちったわけじゃなくて、そこだけ読まなかったのか?

ごくごくまれに、祭主の頭の中だけで読んで口には出さない祝詞や、聞き取れないような小さな声で読み上げる祝詞もあるにはあるのだが、それにしたって、ご祭神の名前だけ読まないなんて聞いたことがない。

……あっ、いけない、お祭りの最中だった!

僕が混乱している間にも祝詞は続いている。
僕は慌てて姿勢を正し、佐々木宮司の祝詞に集中する。

宮司の祝詞はよく通る声で聞き取りやすく、神にも人にも届きやすい祝詞だ。
祝詞は古い言い回しが使われているものの、言葉自体は日本語なので、せっかくなら参列者にもその内容を聞いて欲しいと、僕個人は思っている。
こうして聞き取りやすい祝詞を読むということは、佐々木宮司も同じ考え方なのかなと思うと少し嬉しい。


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