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side:吉川(おまけ)
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眠りから覚醒する途中で違和感を覚えた。
いつもの一人きりのベッドとは違って、傍らにぬくもりを感じる。
半分無意識のうちにそのぬくもりに手を伸ばすと、柔らかいものに触れるとともに、くすくすという笑い声が聞こえた。
聞き覚えのある声に完全に目が覚めて、はっと目を開けると、藤本さん――じゃなくて、もう晴希さんと呼んでもいいのだった――が頬杖をついてこちらを見て笑っていた。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
朝から間近で大好きな人のきらきらした笑顔を見せられ、俺は喜ぶ以前にあたふたしてしまう。
「お、起きてたんですね……」
「おう、ちょっと前にな。
お前の寝顔見てたんだよ。
なかなか、かわいかった」
「か、かわいいって……」
晴希さんの言葉に俺がまたあたふたしていると、晴希さんはベッドから起き上がった。
夕べは二人ともシャワーも浴びずにそのまま寝てしまったので、晴希さんはまぶしいほどの裸体を惜しげもなくさらしている。
「あー、腹減った。
シャワー浴びて、なんか食いに行かないか?」
「あ、食パンでよかったらありますけど」
「おー、ありがたい」
「じゃあ準備しときますんで、晴希さん、お先にシャワーどうぞ」
「じゃ、遠慮なく。サンキュ」
そう答えると、晴希さんは体を隠すこともなく、昨日脱ぎ捨てた服を拾ってシャワーに行った。
ベッドのなかで、そのきゅっと締まったお尻がバスルームに消えていくのをぼんやりと眺めていた俺もはっと我に返ると、起き出して服を着て、新しい下着とバスタオルを用意して、バスルームの晴希さんに持って行った。
その後、キッチンに移動して、朝食の準備を始める。
朝食といっても不器用な俺はろくに自炊もできないので、トーストを焼いて、ちぎった野菜とハムのサラダ、それにインスタントコーヒーを用意するくらいだ。
準備をしていると、やがてシャワーを終えた晴希さんが頭を拭きながら出てきた。
「お先。
こっち代わるから、お前もシャワー浴びてくれば?」
「あ、じゃあ、お願いします。
あとはハムと、ポットのお湯が沸いたらコーヒー入れてもらえばいいので」
「ん、了解」
朝食の方は晴希さんに任せて、俺もシャワーを浴びることにする。
晴希さんが使ったばかりの浴室、と思うとちょっとドキドキするが、空腹の晴希さんを待たせてはいけないと思い、急いで体を洗う。
本当なら初めて思いが通じ合った翌朝なのだから、晴希さんより先に起きてその寝顔を堪能し、その後で完璧な朝食を作ってベッドに運んで、寝ぼけている晴希さんにあーんして食べさせてあげたかったと思う。
けれどもこういう朝も、それはそれでいいなと思うのだ。
そもそも、晴希さんにはさんざん情けないところを見られているので、今更へたにかっこつけてみせても無駄だというのもある。(もちろん、これから挽回して、ちょっとでも晴希さんにかっこいいと思ってもらえるようにはなりたいけれど)
いつもよりも短い時間でシャワーを終えて出ると、晴希さんが朝食をテーブルに並べてくれているところだった。
「お、ちょうどいいところに出てきたな。
早く食おうぜ」
「はい」
小さなテーブルに向かい合って座り、いただきますと手を合わせて食べ始める。
いつもと変わらない簡単な朝食だけど、半分とはいえ晴希さんに用意してもらったものを晴希さんと一緒に食べると、ものすごく美味しく感じる。
「そういえば、今日はこれからどうしますか?
晴希さん、何か予定あります?」
そう晴希さんに問いかけながら、予定なんかなければいいなと思う。
せっかく晴希さんと思いが通じ合ったのだから、今日は一日この部屋で、二人きりでイチャイチャしていたい。
「んー、予定ってほどじゃないけど、買い物行くつもりだったんだよな。
ワイシャツを買い足したくて」
そう言った後、晴希さんは何かを思い出したように、「そうだ」と言った。
「そういえば、お前も普通に話せるようになってきたから、休みの日に外で会うのもいいかなと思ってたところだったんだよ。
お前とはスーツか女装姿でしか会ったことがないから、普通の私服姿も見てみたくて」
そう言われてみれば、俺の方も晴希さんはスーツ以外だと部屋着くらいしか見たことがない。
晴希さんはスーツを来ていてもオシャレだなと思うくらいなのだから、私服姿もきっとかっこいいだろう。
「……俺も見たいです。晴希さんの私服姿」
「じゃ、決まりな。
俺、一回帰って着替えたいし、せっかくだから外で待ち合わせしようぜ。
その方がデートっぽくていいだろ」
晴希さんの口から出た『デート』という単語に浮かれつつ、俺は「はい」とうなずいた。
そうして待ち合わせ場所と時間を相談しつつ食事を終え、晴希さんは先に部屋を出ることになった。
「あ、私服って言っても、そんなに気合い入れなくても普段着でいいからな。
俺もそうするから」
「あ、はい、わかりました」
そう答えて晴希さんを見送り、食器を片付けた後、着替えようとクローゼットを開ける。
正直、俺は着るものにはあまり気を使う方ではないので、晴希さんがああ言ってくれて助かった。
それでも少しでもよく見せたいと、クローゼットの前でうんうん唸ってみたが、結局普段着ている長袖のTシャツとジーンズが一番無難な気がして、なるべく新しいものを選んで着ることにした。
――――――――
そうやって着替えてしまうと待ちきれなくて、まだ少し早かったが、俺は待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせ場所で、しばらくそわそわしながら待っていると、待ち合わせより少し早く晴希さんがやってきた。
「お待たせ」
そう言って俺の前に立った晴希さんを見て、俺はぽかんと口を開けてしまう。
私服姿の晴希さんは、想像していた以上にかっこよかった。
一見普通っぽいけど、よく見ると襟のところが凝ったデザインになっているカットソーと、細身の黒いジーンズがよく似合っている。
今まで着けているのを見たことがない、落ち着いた緑のバンドの時計がさりげないワンポイントになっている。
俺が私服姿の晴希さんに見とれていると、晴希さんがぽつりと「ずるい」とつぶやいた。
「え?」
「かっこいいやつは、何着てもかっこいいんだから、ずるいよな」
ちょっとすねているみたいな顔で晴希さんにそう言われ、俺は照れてしまう。
「晴希さんこそ、かっこいいです。
その服、すごくおしゃれだし」
照れるあまりに思わず早口になりながらもそう言うと、今度は晴希さんが照れて赤くなった。
「おしゃれって……べつに、普通だし。
ああもう、それより早く行こうぜ」
「あ、待ってください」
照れているせいか、早足で歩き出した晴希さんを慌てて追いかける。
俺が追いつくと晴希さんは速度をゆるめてくれて、そこからは二人で話をしながら歩く。
やがて、メンズショップがたくさん入ったビルに入ったので、どのブランドで買い物をするんだろうと思ったが、意外なことに晴希さんが入っていったのは、大手紳士服チェーンが経営しているワイシャツ専門店だった。
「え、ここですか?」
「ん? なんかまずいか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて、晴希さんワイシャツもおしゃれなの着てるから、てっきり気に入ったブランドとかがあるのかなって……」
「いやいや、そんなことないって。
だいたい俺、特にブランドものとか着てないぞ?
今日の服だって普通のカジュアルショップで買ったやつだし」
「えっ、そうなんですか?」
おしゃれだし、晴希さんによく似合っているから、てっきりなじみのショップで店員さんと話ながら買ったりしたのかなと思っていた。
このかっこよさで普通のカジュアルショップだなんて、晴希さんの方がよっぽどずるい。
「ブランド決めて買うやつもいるだろうけど、俺はこういうとこで買う方が好きなんだよ。
種類が多いから色々選べるしな」
そう言いながら、晴希さんはいくつかのワイシャツを手にとって見ている。
それを見ながら俺も1、2枚痛んできたワイシャツがあったことを思い出して、晴希さんに断って自分のワイシャツを選びにいった。
選ぶといっても、俺はいつも白無地のワイシャツなので、サイズを確認するだけだ。
2枚選んで晴希さんのところに戻ると、「もう選んだのか?」と驚かれた。
「……っていうか、白かよ。
そう言えばお前、いつも白しか着てないよな。
なんかこだわりでもあるの?」
「いえ、単純にスーツやネクタイと合わせるのが楽なので」
スーツとネクタイの組み合わせもどれがいいのか迷うのに、その上ワイシャツも色柄ものとなると毎朝困りそうなので、何も考えなくてもいい白無地にしているというだけだ。
「そりゃ、楽は楽だろうけどさ。
お前、せっかく素材がいいんだから、もったいないだろ?
俺が合わせやすいやつ選んでやるから、たまには他のも着てみろよ」
「……そうですね、晴希さんが選んでくれるなら、着てみようかな」
俺がそう答えると、晴希さんは張り切った様子で「よし!」と言った。
「んー、いきなりカラーシャツはハードル高いだろうから、無難にストライプかなー。
ああ、あと襟が白いのも結構合わせやすいかな」
晴希さんは俺にサイズを聞くと、次々にワイシャツを手にとって俺の体に当て始めた。
そうやって俺のワイシャツを選んでくれている晴希さんは、自分の分を選んでいる時よりも楽しそうなくらいだ。
「とりあえず、最初はこれとこれでどうかな?
ネクタイとも合わせやすいし、お前に似合ってると思う」
晴希さんは、広めの間隔の黒の細いストライプが斜めに入っているものと、襟が白で胴は白とグレーの縦のストライプのものを選んでくれた。
体に当てて鏡を見てみると、確かに俺に合っているような気がするし、無難なデザインなのでスーツやネクタイとの組み合わせもあまり考えなくてもよさそうだ。
「はい、これだったら俺でも着られそうです」
「まあ、お前だったら、もっと遊びのあるデザインでも着こなせそうだけどな。
しばらくこれを着てみて、もうちょっと慣れたら他のやつも着てみろよ」
「はい……けど、自分で選ぶの自信ないですから、また晴希さん選んでくれますか?」
「おう、いいぜ。
よかったら今度は私服買うときも選んでやるよ」
「はい、ぜひお願いします!」
そうして俺たちは、それぞれ二枚ずつシャツを買った。
その後もビル内の他の店をぶらぶらと見たり、本屋や電気屋を覗いたりしてデートを楽しむ。
「あー、昼飯、どこも混んでそうだな。
めんどくさいし、ハンバーガーでもいいか?」
「はい」
すぐそばのファストフードの看板を指さした晴希さんに、俺はうなずく。
正直、晴希さんと一緒なら何を食べてもごちそうのように思えるから、何でもいいというのが本当のところだ。
店内は混んでいて、隅っこのカウンター席しか空いていなかった。
向かい合って晴希さんの顔を見ながら食べられないのは残念だけど、隣り合って座るのも距離が近いからいいかと思う。
話をしながら食べ終わり、そろそろ席を立とうかというところで、突然晴希さんが「あ、忘れるとこだった」と言い出した。
「なんですか?」
「ん、これ渡すの忘れてた」
そう言って晴希さんがポケットから出したのは、キーホルダーも何もついていない一本のカギだった。
「これってもしかして……」
「そ。俺んちのカギ。
夕べ、約束しただろ?
渡すって」
何でもないように言った晴希さんは、それでも照れているのか、耳が少し赤くなっている。
その様子がすごくかわいくて、まだ昼間だというのに俺は無性に晴希さんのことが欲しくなってしまった。
「ありがとうございます。うれしいです
……これ、さっそく使ってもいいですか?」
言外に早く二人きりになりたいという意味を込めて、晴希さんの耳元でそう言うと、晴希さんはパッと赤くなったものの、その後すぐに、なぜかちょっと意地悪そうな顔つきになった。
「おう、いいぜ。
俺の部屋、壁薄いけどな」
「……あっ」
そういえば、晴希さんの部屋は壁が薄いから、セックスするのは無理だと言われていたのだ。
すっかり忘れていた。
「そっかー、買い物が済んだらまたお前の部屋に行こうかと思ってたけど、お前がそう言うんなら仕方がないなー。
そうと決まったら早く帰るか」
「あっ! 待ってください!
やっぱ今のなしで!」
にやにや笑いながら、さっさとトレーを片付けに行った晴希さんを、俺は慌てて追いかける。
さっき貰ったばかりで、しまう暇もなかった、晴希さんの部屋のカギを右手に握りしめたままで。
いつもの一人きりのベッドとは違って、傍らにぬくもりを感じる。
半分無意識のうちにそのぬくもりに手を伸ばすと、柔らかいものに触れるとともに、くすくすという笑い声が聞こえた。
聞き覚えのある声に完全に目が覚めて、はっと目を開けると、藤本さん――じゃなくて、もう晴希さんと呼んでもいいのだった――が頬杖をついてこちらを見て笑っていた。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
朝から間近で大好きな人のきらきらした笑顔を見せられ、俺は喜ぶ以前にあたふたしてしまう。
「お、起きてたんですね……」
「おう、ちょっと前にな。
お前の寝顔見てたんだよ。
なかなか、かわいかった」
「か、かわいいって……」
晴希さんの言葉に俺がまたあたふたしていると、晴希さんはベッドから起き上がった。
夕べは二人ともシャワーも浴びずにそのまま寝てしまったので、晴希さんはまぶしいほどの裸体を惜しげもなくさらしている。
「あー、腹減った。
シャワー浴びて、なんか食いに行かないか?」
「あ、食パンでよかったらありますけど」
「おー、ありがたい」
「じゃあ準備しときますんで、晴希さん、お先にシャワーどうぞ」
「じゃ、遠慮なく。サンキュ」
そう答えると、晴希さんは体を隠すこともなく、昨日脱ぎ捨てた服を拾ってシャワーに行った。
ベッドのなかで、そのきゅっと締まったお尻がバスルームに消えていくのをぼんやりと眺めていた俺もはっと我に返ると、起き出して服を着て、新しい下着とバスタオルを用意して、バスルームの晴希さんに持って行った。
その後、キッチンに移動して、朝食の準備を始める。
朝食といっても不器用な俺はろくに自炊もできないので、トーストを焼いて、ちぎった野菜とハムのサラダ、それにインスタントコーヒーを用意するくらいだ。
準備をしていると、やがてシャワーを終えた晴希さんが頭を拭きながら出てきた。
「お先。
こっち代わるから、お前もシャワー浴びてくれば?」
「あ、じゃあ、お願いします。
あとはハムと、ポットのお湯が沸いたらコーヒー入れてもらえばいいので」
「ん、了解」
朝食の方は晴希さんに任せて、俺もシャワーを浴びることにする。
晴希さんが使ったばかりの浴室、と思うとちょっとドキドキするが、空腹の晴希さんを待たせてはいけないと思い、急いで体を洗う。
本当なら初めて思いが通じ合った翌朝なのだから、晴希さんより先に起きてその寝顔を堪能し、その後で完璧な朝食を作ってベッドに運んで、寝ぼけている晴希さんにあーんして食べさせてあげたかったと思う。
けれどもこういう朝も、それはそれでいいなと思うのだ。
そもそも、晴希さんにはさんざん情けないところを見られているので、今更へたにかっこつけてみせても無駄だというのもある。(もちろん、これから挽回して、ちょっとでも晴希さんにかっこいいと思ってもらえるようにはなりたいけれど)
いつもよりも短い時間でシャワーを終えて出ると、晴希さんが朝食をテーブルに並べてくれているところだった。
「お、ちょうどいいところに出てきたな。
早く食おうぜ」
「はい」
小さなテーブルに向かい合って座り、いただきますと手を合わせて食べ始める。
いつもと変わらない簡単な朝食だけど、半分とはいえ晴希さんに用意してもらったものを晴希さんと一緒に食べると、ものすごく美味しく感じる。
「そういえば、今日はこれからどうしますか?
晴希さん、何か予定あります?」
そう晴希さんに問いかけながら、予定なんかなければいいなと思う。
せっかく晴希さんと思いが通じ合ったのだから、今日は一日この部屋で、二人きりでイチャイチャしていたい。
「んー、予定ってほどじゃないけど、買い物行くつもりだったんだよな。
ワイシャツを買い足したくて」
そう言った後、晴希さんは何かを思い出したように、「そうだ」と言った。
「そういえば、お前も普通に話せるようになってきたから、休みの日に外で会うのもいいかなと思ってたところだったんだよ。
お前とはスーツか女装姿でしか会ったことがないから、普通の私服姿も見てみたくて」
そう言われてみれば、俺の方も晴希さんはスーツ以外だと部屋着くらいしか見たことがない。
晴希さんはスーツを来ていてもオシャレだなと思うくらいなのだから、私服姿もきっとかっこいいだろう。
「……俺も見たいです。晴希さんの私服姿」
「じゃ、決まりな。
俺、一回帰って着替えたいし、せっかくだから外で待ち合わせしようぜ。
その方がデートっぽくていいだろ」
晴希さんの口から出た『デート』という単語に浮かれつつ、俺は「はい」とうなずいた。
そうして待ち合わせ場所と時間を相談しつつ食事を終え、晴希さんは先に部屋を出ることになった。
「あ、私服って言っても、そんなに気合い入れなくても普段着でいいからな。
俺もそうするから」
「あ、はい、わかりました」
そう答えて晴希さんを見送り、食器を片付けた後、着替えようとクローゼットを開ける。
正直、俺は着るものにはあまり気を使う方ではないので、晴希さんがああ言ってくれて助かった。
それでも少しでもよく見せたいと、クローゼットの前でうんうん唸ってみたが、結局普段着ている長袖のTシャツとジーンズが一番無難な気がして、なるべく新しいものを選んで着ることにした。
――――――――
そうやって着替えてしまうと待ちきれなくて、まだ少し早かったが、俺は待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせ場所で、しばらくそわそわしながら待っていると、待ち合わせより少し早く晴希さんがやってきた。
「お待たせ」
そう言って俺の前に立った晴希さんを見て、俺はぽかんと口を開けてしまう。
私服姿の晴希さんは、想像していた以上にかっこよかった。
一見普通っぽいけど、よく見ると襟のところが凝ったデザインになっているカットソーと、細身の黒いジーンズがよく似合っている。
今まで着けているのを見たことがない、落ち着いた緑のバンドの時計がさりげないワンポイントになっている。
俺が私服姿の晴希さんに見とれていると、晴希さんがぽつりと「ずるい」とつぶやいた。
「え?」
「かっこいいやつは、何着てもかっこいいんだから、ずるいよな」
ちょっとすねているみたいな顔で晴希さんにそう言われ、俺は照れてしまう。
「晴希さんこそ、かっこいいです。
その服、すごくおしゃれだし」
照れるあまりに思わず早口になりながらもそう言うと、今度は晴希さんが照れて赤くなった。
「おしゃれって……べつに、普通だし。
ああもう、それより早く行こうぜ」
「あ、待ってください」
照れているせいか、早足で歩き出した晴希さんを慌てて追いかける。
俺が追いつくと晴希さんは速度をゆるめてくれて、そこからは二人で話をしながら歩く。
やがて、メンズショップがたくさん入ったビルに入ったので、どのブランドで買い物をするんだろうと思ったが、意外なことに晴希さんが入っていったのは、大手紳士服チェーンが経営しているワイシャツ専門店だった。
「え、ここですか?」
「ん? なんかまずいか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて、晴希さんワイシャツもおしゃれなの着てるから、てっきり気に入ったブランドとかがあるのかなって……」
「いやいや、そんなことないって。
だいたい俺、特にブランドものとか着てないぞ?
今日の服だって普通のカジュアルショップで買ったやつだし」
「えっ、そうなんですか?」
おしゃれだし、晴希さんによく似合っているから、てっきりなじみのショップで店員さんと話ながら買ったりしたのかなと思っていた。
このかっこよさで普通のカジュアルショップだなんて、晴希さんの方がよっぽどずるい。
「ブランド決めて買うやつもいるだろうけど、俺はこういうとこで買う方が好きなんだよ。
種類が多いから色々選べるしな」
そう言いながら、晴希さんはいくつかのワイシャツを手にとって見ている。
それを見ながら俺も1、2枚痛んできたワイシャツがあったことを思い出して、晴希さんに断って自分のワイシャツを選びにいった。
選ぶといっても、俺はいつも白無地のワイシャツなので、サイズを確認するだけだ。
2枚選んで晴希さんのところに戻ると、「もう選んだのか?」と驚かれた。
「……っていうか、白かよ。
そう言えばお前、いつも白しか着てないよな。
なんかこだわりでもあるの?」
「いえ、単純にスーツやネクタイと合わせるのが楽なので」
スーツとネクタイの組み合わせもどれがいいのか迷うのに、その上ワイシャツも色柄ものとなると毎朝困りそうなので、何も考えなくてもいい白無地にしているというだけだ。
「そりゃ、楽は楽だろうけどさ。
お前、せっかく素材がいいんだから、もったいないだろ?
俺が合わせやすいやつ選んでやるから、たまには他のも着てみろよ」
「……そうですね、晴希さんが選んでくれるなら、着てみようかな」
俺がそう答えると、晴希さんは張り切った様子で「よし!」と言った。
「んー、いきなりカラーシャツはハードル高いだろうから、無難にストライプかなー。
ああ、あと襟が白いのも結構合わせやすいかな」
晴希さんは俺にサイズを聞くと、次々にワイシャツを手にとって俺の体に当て始めた。
そうやって俺のワイシャツを選んでくれている晴希さんは、自分の分を選んでいる時よりも楽しそうなくらいだ。
「とりあえず、最初はこれとこれでどうかな?
ネクタイとも合わせやすいし、お前に似合ってると思う」
晴希さんは、広めの間隔の黒の細いストライプが斜めに入っているものと、襟が白で胴は白とグレーの縦のストライプのものを選んでくれた。
体に当てて鏡を見てみると、確かに俺に合っているような気がするし、無難なデザインなのでスーツやネクタイとの組み合わせもあまり考えなくてもよさそうだ。
「はい、これだったら俺でも着られそうです」
「まあ、お前だったら、もっと遊びのあるデザインでも着こなせそうだけどな。
しばらくこれを着てみて、もうちょっと慣れたら他のやつも着てみろよ」
「はい……けど、自分で選ぶの自信ないですから、また晴希さん選んでくれますか?」
「おう、いいぜ。
よかったら今度は私服買うときも選んでやるよ」
「はい、ぜひお願いします!」
そうして俺たちは、それぞれ二枚ずつシャツを買った。
その後もビル内の他の店をぶらぶらと見たり、本屋や電気屋を覗いたりしてデートを楽しむ。
「あー、昼飯、どこも混んでそうだな。
めんどくさいし、ハンバーガーでもいいか?」
「はい」
すぐそばのファストフードの看板を指さした晴希さんに、俺はうなずく。
正直、晴希さんと一緒なら何を食べてもごちそうのように思えるから、何でもいいというのが本当のところだ。
店内は混んでいて、隅っこのカウンター席しか空いていなかった。
向かい合って晴希さんの顔を見ながら食べられないのは残念だけど、隣り合って座るのも距離が近いからいいかと思う。
話をしながら食べ終わり、そろそろ席を立とうかというところで、突然晴希さんが「あ、忘れるとこだった」と言い出した。
「なんですか?」
「ん、これ渡すの忘れてた」
そう言って晴希さんがポケットから出したのは、キーホルダーも何もついていない一本のカギだった。
「これってもしかして……」
「そ。俺んちのカギ。
夕べ、約束しただろ?
渡すって」
何でもないように言った晴希さんは、それでも照れているのか、耳が少し赤くなっている。
その様子がすごくかわいくて、まだ昼間だというのに俺は無性に晴希さんのことが欲しくなってしまった。
「ありがとうございます。うれしいです
……これ、さっそく使ってもいいですか?」
言外に早く二人きりになりたいという意味を込めて、晴希さんの耳元でそう言うと、晴希さんはパッと赤くなったものの、その後すぐに、なぜかちょっと意地悪そうな顔つきになった。
「おう、いいぜ。
俺の部屋、壁薄いけどな」
「……あっ」
そういえば、晴希さんの部屋は壁が薄いから、セックスするのは無理だと言われていたのだ。
すっかり忘れていた。
「そっかー、買い物が済んだらまたお前の部屋に行こうかと思ってたけど、お前がそう言うんなら仕方がないなー。
そうと決まったら早く帰るか」
「あっ! 待ってください!
やっぱ今のなしで!」
にやにや笑いながら、さっさとトレーを片付けに行った晴希さんを、俺は慌てて追いかける。
さっき貰ったばかりで、しまう暇もなかった、晴希さんの部屋のカギを右手に握りしめたままで。
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