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第二章
骨の折り方
しおりを挟む俺はレオに背を向け公園の出口へと向かい走った。
逃げられないとは分かっていた。
レオが追いかけてきて、俺に蹴りを入れる寸前で振り返り隙をついて膝を攻撃する作戦だ。
「も~、また~?逃げられないの分かってるでしょ~。」
レオは怠そうに言いながら予想通り俺を追ってきた。
俺の全速力よりも遥かに早いスピードであっという間に俺に追いつき、すぐ後ろにレオの気配がした。
俺は踵で急ブレーキし、振り返る。
そこには予想外の俺の動きに、少し驚いた様子のレオの顔があった。レオは全速力で走ったにも関わらず、息が全く乱れていなかった。
俺は低い位置にあるレオの肩を素早く掴み押し倒した。
が、レオの小さい身体は俺が全力で押してもビクともしなかった。まるでコンクリートの壁を押しているような手応えだった。
焦る俺を天使のような笑顔で見ているレオ。
倒れないのなら立ったまま膝を折ってやると考えた俺は、素早くレオの背後に周り首に左腕をまわした。
そして両膝を地面につき、右手でレオの膝を持った。
大人の二の腕ほどしかないレオの足に少し怖気付いたが、もうあとには引けない。
俺は渾身の力で膝を関節とは逆方向に引っ張った。
が、やはりレオの膝は押し倒した時同様ピクリともしなかった。
ヤケクソになった俺は立ち上がり、何度もレオの膝を蹴った。
折れろ。折れろ。早く折れてくれ。
普通の子供なら骨が折れるのはもちろん、泣き叫ぶであろう場面だろうが、レオは困り笑いを浮かべ俺の顔を見ている。
「あのさー。どうリアクションすればいいの?これ。」
不気味な程に無抵抗だったレオは、ひたすら自分の脚を蹴り続ける俺に笑いながら言った。
心底馬鹿にしたような笑い方だった。
「多分だけど、折ろうとしてるんだよね。ボクの脚。シュナウザーじゃ無理だよ。ボクの身体に傷付ける事が出来るのは、この世の中にボクだけだよ。ボクの骨を折ろうなんて、百年かけても無理だね。」
レオはそう言って、汗だくでレオの脚を蹴り続ける俺の足首を掴んだ。
「でも、ボクの真似をして骨を折ろうとしたんだよね。シュナウザー、それは素晴らしい事だよ。ちゃんと特訓の成果が出てる証拠だよ!」
そのまま俺の足首を物凄い力で引っ張った。
俺は勢いよく地面に背中から倒れてしまった。
後頭部を強く打ち、目の前が白く点滅した。
今日の空は快晴で雲ひとつ無かった。
気が付くとレオは胸の上に座っていて可愛い顔で俺を見下ろしていた。
「ボクの骨は折れないだろうけど、念の為シュナウザーに教えといてあげるね。骨っていうのは硬そうに見えるけど、一つ一つの骨に脆い箇所が絶対にあるものなんだよ。折る場合は、そこを狙うんだ。」
そう言いながらレオは俺の左手の人差し指を掴んだ。
身体全体を跳ねさせ必死に抵抗するが、軽いはずのレオの身体は一切動かない。
レオに掴まれている人差し指は石のように固定され、自力でレオの手から離すことは無理だった。
恐怖で頭がおかしくなり、俺はごめんなさいを連呼しながら号泣していた。
「骨の脆い箇所を見つけるには、最初は触って確認するしかないね。まぁ触っても初めは分からないものなんだけど…慣れてくると、相手の骨格を見ただけで脆い所が分かってくるようになるよ!そこまできたら、関節とか関係なく好きな位置で折れるようになるんだ!」
レオは俺の目の前に掴んでいる人差し指を持ってきて、ほら!と言い、俺の指を第一関節と第二関節の中間辺りで折った。
手の甲の方に不自然に曲がる人差し指を見て俺は絶叫した。
いっその事昨日のように気絶してくれと祈ったが、激痛が俺を現実に引きずり出した。
信じたくないが、今起きていることは紛れもない現実だった。
「安心してよ、脚は折ったりしないからね。歩けなくなると不便だもんね!でもシュナウザーはさっきボクの脚、折ろうとしたよね。ショックだな~。脚を折って動きを止めようなんて卑怯な考え、シュナウザーらしくないよ?もっとさ、正々堂々とやろうよ!」
輝く笑顔でレオはそう言い、不自然に曲がった俺の人差し指を元の方向へと戻す。
砂利を踏むような音がした。
足をばたつかせて痛みにもがき苦しむ俺を見てレオは手を叩きながら笑っていた。
仰向けの俺は自分の涙で溺れそうになった。
人生でこれ程までに泣いたことはない。
五歳の時に大好きだった祖母が亡くなった時でさえ、こんなにも泣かなかった。
「ゎ、わか、った、正々、堂々と、やる。やり、ます。もう卑怯な真似は、し、ませ、ん。」
全身の震えが止まらず、声も上手く出せない。
物凄く寒いのに、汗が全身から止まらなかった。
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