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第二章
ピンチ
しおりを挟むインターホンの音で目が覚める。
どうやら寝てしまってたみたいだ。
身体に張り付いた制服が気持ち悪い。
もう一度インターホンが鳴る。
午後六時半。今日はヤスダが来る日だった。俺は慌ててベッドから飛び起き、玄関へ向かった。
「あのさぁ、ちゃんと時間が決まってるんだから、早く開けてくれないと困るよ…こっちも遊びで来てるんじゃからさぁ。そんな事も、分かんないかなぁ。」
玄関を開けると不機嫌な顔をしたヤスダが、ぶつぶつと文句を言いながら入ってきた。
ヤスダの髪は今日も湿っていて、少し近付いただけでも頭皮の嫌な臭いが漂ってきた。
大きい足音をたてて二階へ上がっていくヤスダの後をゆっくり着いていく。
ヤスダはいつも同じ服装をしていて、今日もいつも通りグレーのカーディガンに、薄汚れたベージュのズボンを履いている。
「本当、何回言っても理解してくれないよねぇ亜門くんは。根本的に、普通の人とは頭の作りが違うんだろうね。」
今日のヤスダは一段と機嫌が悪かった。
稲葉もそうだったが、今日の俺は人をイラつかせるオーラを強く放っているのだろうか。
今日も的外れの数式を偉そうに説明しているヤスダ。
ふと稲葉に殴られた事を思い出し、顔の傷を触ってみた。
アーノルドに貼られたテープをゆっくり剥がし、机の上にある小さな鏡で顔を見る。傷がどこにも見当たらない。
テープをもう一度見てみると、何の変哲もないただの透明のテープにしか見えないが、この傷の治り方。
このテープは確実にこの地球上のモノではないようだ。
「ねぇ、聞いてんの?人がせっかく教えてやってんのに。なんなの、その態度。」
「すみません。」
「すみませんじゃないよ、いっつも謝罪は一丁前だけどさぁ。真面目にやんないじゃん。理解も全然してくれないし、疲れるよ、ほんと。」
「じゃあ辞めればいいんじゃないですか?」
「はっ?」
ヤスダは驚いた表情で俺を見たが、俺自身も驚いてた。
ヤスダに口ごたえをしたのは初めてだった。今以上に嫌なことなんて、これまでたくさんあった。怒鳴られた事だってあった。
なのに何故今このタイミングでこんな事を言ってしまったのか。
今日体育館裏であった事。あれで、俺は自分で思っているよりも疲れていたのかもしれない。
稲葉に殴られ、助けられたと思った矢先に殺されそうになり、午後の授業を全部放り出して走って逃げ帰ってきたのだ。
疲れるに決まっている。
頭も上手く働かなかった。
「…亜門くんさぁ、勉強教えてもらって、当たり前だと思ってるよね?だからそんな態度で、何一つ学ばないんだよね?」
「お金払ってるんだから勉強教えるのは当たり前ですよね。それに先生の教えてくれる所、学校のテスト範囲とは全然違うし、正直言って何の役にもたってないです。」
「なんだよ、それ。ボクの事なめてるでしょ。お母さんに言うよ?亜門くんが真面目に勉強しない、言うこと聞かないって。いいの?」
「いいですよ、むしろお願いします。俺からは親に言いにくいんで先生が言ってください。親もそれ聞いたら、先生が合わないんだって気付いて先生変えてくれると思うんで。それに先生、ちゃんとお風呂入ってますか?いつも気になるんですよね、臭いとか。集中できないです。」
視界が揺れる。
気付いたら俺は床の上に無様に倒れていた。
ヤスダが俺の椅子を思い切り蹴ったのだ。
ヤスダは俺を見下ろし鼻息を荒くして肩で息をしていた。
「ナメてんじゃねえぞ、が、ガキ…」
きっと人生で初めて言ったであろう台詞をヤスダは一生懸命口にした。
湿った髪の隙間から見える額には薄ら汗が滲んでいて、湯気がたちそうなほどにヤスダが興奮しているのが分かった。
「…お前こそ仕事をナメるなよ。自分のストレス発散に俺を使うな。ちゃんと給料貰ってんだから真面目に勉強を教えろ、それが出来ないなら辞めろよ。」
「な、なんだよぉ!その口の聞き方はよぉ!ガキが!ボクよりも下の立場くせに!ガキ!ガキ!」
ヤスダは反乱狂になりながら、俺の腹を蹴った。
「お前もボクのこと!見下してるんだろ!ガキのくせに!お前みたいな反抗的なガキが一番嫌いなんだよ!しね!しね!」
髪を振り乱しながら、ひたすら俺の腹を蹴り続けるヤスダの目は集点があっていなかった。俺は腹を庇うのに必死で、立ち上がることすら出来なかった。
今日、俺は何回目かの死を意識した。
稲葉みたいな分かりやすい不良よりも、ヤスダのような奴が一番やばいことは分かっていた。
普段は大人しく、不潔な見た目故に周りから笑い者にされ、俺みたいに自分よりも弱い人間にしか強気に出られないヤスダのような人間が、急に人を殺したりするんだ。
平行世界からやってきたサイコ男に殺されるのも嫌だったが、ずっと嫌いだった家庭教師に殺されるのも同じくらい嫌だった。
「やめ」
「やめんかーい!」
俺が言いかけた時、誰かがそれを代弁してくれた。
見覚えのあるくだりに、またアーノルドが俺の身体を守りに来たのだと思ったが、違った。
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